512(2009〜)

2009年以降は連作ものや長編の更新が多くなり、512シリーズの更新は控えめになっていきました。また、リアルの生活環境の変化や、2010年にTwitter(現在のX)に登録したことにより、活動の中心が次第にSNSへと移っていきました。数が少ないので2009〜2010までをこのページにまとめておきます。
2009/01/01(木)

不可視のポチ

テストに合格し、プロのボクサーとなった政は、真夜中にコーチに呼び出された。
「何すか、コーチ」
「お前にプレゼントがある」
コーチは何故か電灯をつけず真っ暗な部屋で待っていた。
「さあ、行け…」
コーチの言葉に重なって、奇怪な鳴き声が聞こえた。
ギャオーン
「何すか今の!」
怯える政にコーチは優しい声で告げながら電灯をつける。
「ポチだよ。俺が若い頃飼ってた"影"だ。お前にやる。持ち主にしか見えねぇ魔物だから、一般には知られてねえが…」
政の目の前で、真っ黒い生き物が、遊んで!とばかりに尻尾を振っていた。
「本当のシャドーボクシングてのは"影"とやるモンなんだよ…遊んでやりな」
2009/01/04(日)

口先野郎の末路

鹿間は口先だけの男だ。約束を守った事が無い。私は決心した。今日こそ別れてやる。
「あのさ」
ところがそこで邪魔が入った。私達は金属バットを持った暴漢に襲われたのだ。
「任せろ。こんな奴一発だ。来いや!」
言ったそばから鹿間は男に殴り倒された。
「ワーンおまわりさァん、暴漢が~」
携帯電話に泣きつく鹿間。男は警察を恐れたのか遁走した。
「鹿間!」
私は慌てて鹿間に駆け寄る。
「俺レベルならこんなの余裕だよ」
頭から大量の出血。
「口先野郎…」
怒るべきなのか泣くべきなのか。
「言ってる時は俺、本気なんだけどなァ…」
知ってるよ鹿間、だから死なないで。
2009/01/08(木)

派遣のしごと

携帯が鳴る。
「明日、梧桜商会に10時入りで」
「はい」
北見は派遣会社に登録している。社長とは電話でしか話した事がない。仕事が入ると、場所と時間を連絡してくるだけ。北見は社長が本当に存在しているのか時々不安になる。だが実際、現場に行けば仕事はあったし、給料も振り込まれていた。
今日の仕事は、石を見張る仕事。現場に着くとつり目の男にそう指示された。仕事内容が奇妙なのはいつもの事。夜まで見張って、社長に電話をかける。
「終わりました」
「はいお疲れ」
社長は本当に存在するのか。北見はいつも少し不安だ。遠くで狐の鳴く声が聞こえた気がした。
2009/01/09(金)

デザイン

彼は、ある地下施設のデザインを頼まれた。
「でね、こないだできた上階の施設が、テーマ癒やしだったじゃん?それと対になる感じで頼みたいんだよね」
雇い主の言葉に、彼は胸を張って答える。
「最高の作品にしてみせます」
頭の中には既にイメージが出来上がっていた。上階に建設中の"対の施設"が芝生や果樹園を幻想的に配置した自然風景であるなら、こちらはとことん人工的で不自然、斬新な刺激と恐怖をテーマにしてやろうじゃないか。彼はそう考えたのだ。
「まず針で山作って…血の池ってのもアリだな…」
後世、生者たちに"地獄"と名付けられる場所の誕生の瞬間であった。
2009/01/10(土)

花田の数字

花田は変わり者だ。常に温度計、湿度計、万歩計、騒音計測機などを持ち歩き、様々な数値を測っている。その割に数学の成績は中ぐらい。クラスメイト達は、あまり喋らず数字ばかり見ている彼を、ロボット、と呼んで距離を置いており、彼と話すのは唯1人、隣の席の裕子だけだった。
「オハヨ、花田。今日も寒いね。気温何度?」
「5度」
「5度か!」
いつも無表情の花田が少し微笑んだのを見て裕子は尋ねた。
「どした?」
「5は赤の似合う、情熱的で活発な数字だから、」
花田は答えた。
「赤い服を着た君が"5"と口に出すのがあまりにしっくりきてて」
裕子は花田の、そういう世界が好きだった。
2009/01/12(月)

跳び男

ある国の軍が、諜報活動に利用しようと、瞬間移動の能力を持つ男を捕まえた。だが男はいくら拷問を加えても能力を見せない。
「本当に能力者なのか」
問われて男は笑った。
「一見何もねぇ空間にも見えねえ分子が沢山ある。そこに物体が突然ワープしてきたらな、衝突の衝撃で周囲一帯ぶっ飛ぶぜ。完璧なタイミングでワープ先の分子をどかす奴が要る。瞬間移動は2人1組だ。俺は跳ぶ方じゃねえ。呼ぶ方」
男は、弟でもある相棒が"跳びたがっている"思念を感じていた。
兄貴、助けにいくから早く"呼んで"くれよ!
「呼べるか馬鹿」
結局、男は最期まで弟を"呼ぶ"事はなかった。
2009/01/14(水)

ねずみの嫁入り

ある倉に奇妙なネズミの一家が住み着いた。彼らは他のネズミ達に尋ねた。
「一番強い者は誰だ?」
倉のネズミ達は怪訝な顔。
「聞いてどうする。娘を嫁入りでもさせるつもりか」
「まあそんなところだ」
倉のネズミ達は冗談混じりに教えてやった。
「じゃあ太陽にでも嫁がせな」
そこで一家は太陽に尋ねた。
「一番強いのは貴方か」
太陽は答えた。
「私より雲の方が強い」
一家は雲の所へ行こうとしたが、そこで本部から連絡が入った。
「まだ地球人とコンタクトがとれないのか」
一家は銀色の正体を現して返答する。
「どれがボスだか判らないんだ。今調査している」
2009/01/16(金)

柔らかくて透明で

地位、財産、家族友人全て失った男がいた。這い上がろうとしても状況は悪化、再起は不可能。男は故郷の山で死のうと考えた。するとそこに、1匹の蛇が現れた。
「命を粗末にするな。捨てるなら要らない物だけにしろ。要らない物は俺が食ってやろう」
男は少し考え
「じゃあ体を食ってくれ」
と答えた。
「OK。脳はどうする?」
「要らない。欲望も感情も苦しいだけだ」
男の体を食い終えて蛇は再度尋ねた。
「魂は、どうする?」
「それも食べていい」
蛇は慎重に魂を食い、最後に残った、柔らかくて透明で小さな何かに向かって、アディオスとやさしく囁いて藪の中に消えていった。
2009/01/18(日)

あいたい、

実家を出て3年、柚木は最近、部屋にやたらタンポポの綿毛が落ちている事に気付いた。記憶の底で何かが動く。
「ん?」
一方、柚木の実家の庭のタンポポは、かつて彼にマンション建設予定地からこの庭に植え替えてもらった恩をまだ覚えていた。綿毛を次々と東京方面に送り込み、遂に彼のアパートを突き止めて近所の公園に新基地の根を張る事に成功したこのタンポポは、電車の乗客にくっついてきた綿毛の伝令から報告を受けた。
「大量に送り込んでますから、坊ちゃまもすぐお気づきになりますよ」
その頃。"アイツ"の子孫にあがり込まれたと気付いた柚木は、土と鉢を買いに走っていた。
2009/01/19(月)

三姉妹

ゆくえ姉ちゃん、きまり姉ちゃん、そして末が私、とりこ。今日、アタシたち三姉妹は交番に行った。下着泥棒を見つけたからだ。
「角のイトウハイムの一階の窓越しに、私どもが盗まれた下着を確かに目撃したのです」
きまり姉ちゃんが説明すると、警官は直ぐ現場に向かってくれた。
「あ~あれです~。あの~」
モタモタと指をさすゆくえ姉ちゃんの代わりにきまり姉ちゃんが言う。
「他のは判りかねますが、あの真ん中の水色のレースの下着は、間違いなく"私たちの"下着です!」
え、共有!?
警官は明らかにそんな顔をした。くそ、言い忘れてた。アタシたち三人姉妹だけど体は1つなんだよね。
2009/01/21(水)

つばめ

彼はツバメ、と呼ばれる。芸術品のように美しいこの男は、仕事も財産も持たない、ホームレスだ。けれど彼は食に困った事はないし、雨に濡れて寝た事もない。ツバメはただ愛を囁くだけで、生きている。
「過ぎ去ってゆく君の一瞬一瞬に、僕は新たに恋をし続けているのです」
腹が減ったのだろう、ツバメがまた口説き文句を並べている。数分後、彼の足元には魚が跳ねていた。
「グラッツィエ」
ツバメは跪いて川に口付けをする。遠くで雷の音がした。ツバメは空を仰ぐ。雨雲に囁く愛の言葉を考えている彼に、新聞をくわえた猫がすり寄る。
「グラッツィエ、いとしい君」
口付けをされた猫は目を細めた。
2009/01/26(月)

×(かける)

「君は施設で暮らすんだ」
小学五年の冬。児童保護施設の男がやって来た。虐待なんかされてない、僕は両親が大好きだった。行く理由が無い。僕は男を追い返し、その夜両親に泣きついた。すると両親は
「ゴメンね翔。私と父さん、どうも死んでるみたいなんだよね」
「実はこないだ気付いたんだ」
そう告げて煙のように消えてしまった。翌日、施設の男が迎えに来て…
「今に至る。つうわけで、」
身の上話を終えた坂本君は苦笑し、また弁解を続けだした。
「マイナス×マイナスはプラスだろ?同じさ、幽霊×幽霊は生者だ。たまに鏡に映らないだけで、僕は生きてる。ね、だから怖がんないでヨ」
2009/01/28(水)

×(かける)B面

※このお話は、1/26のお話の続編です。
「ダメだった」
A組の沢さんに盛大に怯えられて振られ、坂本くんは肩をすくめた。
「やっぱ男子たるもの鏡にくらい映らないとダメかぁ…」
それより、たまに体が透けてる事の方が問題なのでは?と言ってやると
「え、僕、透けてた?」
マヌケな返答。気づけよ。幽霊の息子だという坂本くんは、生者のようでも、幽霊のようでもある。一般に言うのとは別の意味で"生死の境をさ迷っている"。
「いっそ、幽霊になればいい」
結構、本気で言ってみたのに。
「またまたァ」
坂本くんは、私の血まみれのセーラー服と鬼火を眺めて、へらっと笑った。そんなだからフラれたんだこの男。気づけよ。
2009/01/30(金)

完璧超人サヤマ

狭山は何でも完璧にこなす男だった。試験は常に満点、テニスは大会優勝、料理もプロ並み。頼子はサークルの先輩に騙されて数人の男達に襲われかけた所をその狭山に救われて以来、彼に恋をした。
「狭山先輩、私…先輩のことが、」
「よしなよ。俺はダメな男だよ」
狭山は頼子の言葉を遮った。
「信じられないと思うけど俺、ただ時間を遡る能力があるだけで、」
狭山は言う。先日の試験満点は2852回過去に戻ってやり直した、君を救うのも何度も失敗した。
「むしろ駄目な奴なんだ、俺。普通の奴なら10回以内で救えるよ」
「何回で助けてくれたんですか」
「39482回」
「先輩、好きです」
2009/02/02(月)

叶えてほしい

何者かに両親を殺された少女の元に悪魔が現れた。
「復讐しないか。親殺した奴、殺したいだろ。俺と契約すれば手伝ってやる」
「契約?」
「まァ、魂と交換、て事だが気にするな。やるだろ?復讐」
「少し考えさせて」
その夜、少女は亡き母の手紙を発見した。
愛する娘へ
パパと私はあなたの病気を治してもらう代わりに悪魔と契約したの。私たちは悪魔に魂を抜かれて奇妙な死に方をするだろうけれど、どうか悲しまないで。望んだ事だから。
「ねえ、」
少女は悪魔を振り返る。
「そう。それ、俺」
悪魔は笑った。
「するだろ?復讐。殺しちまえよ」
泣いているようにも見えた。
2009/02/05(木)

チョコレートの無念

各務さんはよくドッキリマンチョコを買った。あの、シールつきの菓子だ。おっさんが子供向け菓子を食うのはまあいい、だが妙なのはシールを即、捨てていたことだ。むしろシールがメインの菓子だ。見もしないなら買う意味がない。と、俺が言うと各務さんは答えた。
「ガキの頃、チョコ捨ててシールだけ取ってた奴いただろ?俺は今、その逆をやってチョコの無念を晴らしてんだ」
各務さんは先週、逆上したストーカー犯の車にひかれて殉職した。軽犯罪の捜査に従事し、派手な事件など担当した事のない各務刑事は、一見ささやかな無念も大事にした。
「あのなァ。チョコにとっちゃ相当無念だぞ」
確かあの時も彼はそう言っていたと思う。
2009/02/06(金)

リサとセネド

「リサはいいな」
セネドにそう言われ、何がいいものか、と思ったリサは
「水分無い方がラクでしょうに」
と真顔で言い返した。
「結構不便だぞ。脆いし。つか、そういう事じゃなく、リサは知り合いが大勢いるから羨ましくてさ」
「いたって会えませんよ。これじゃ」
「いいじゃないか会えなくたって。今この世界のどこかで友や家族が人生を営んでいる、というのはやはりいい」
セネドには彼なりの悩みがある。リサはそれ以上何も言わなかった。
「リサ頼むよ、」
数千年前のミイラ男は、朽ち果てる寸前まで腐敗の進んだゾンビの少女を見つめた。
「溶けちゃう前に、乾燥処理してよ。俺、淋しい」
2009/07/10(金)

地獄に月

「あれ…」
血の池で溺れ続けるのにも慣れた頃、ふと空を見上げて亡者は気づいた。
「鬼ィさん、」
亡者に呼ばれ、見張りの鬼は顔を上げた。
「どした」
亡者の指差す遥か上空に三日月がぼんやりと光っている。亡者は言った。
「地獄にも月ってあるんですねえ」
誰も見ないと思っていたので、鬼は少し驚いた。勿論地獄に月など本当は無い。ただ、上に通じる穴がある。そこから漏れる光が月に似ている、と感じて以来、鬼は月の満ち欠けにあわせてまあるい蓋を少しずつずらすのを密かな趣味にしていたのだ。
「きれいだわぁ」
亡者がまた呟いた。
「うん」
と、鬼は答えた。
2009/07/12(日)

ザ・コミュニケイション

海の怪物リヴァイアサンは、イカが好きだった。味もいいし、光るし、クチバシが可愛いからだ。
「俺はイカが好きだよ」
と、リヴァイアサンは人間に言った。言語を持っている生物を他に知らなかったからだ。リヴァイアサンはとにかくイカが好きだ、という気持ちを誰かに伝えたかった。
すると人間は船の上でワーワー騒ぎながらリヴァイアサンにモリを投げつけた。勿論モリなどリヴァイアサンにとっては尖ったハナクソのようなもの。リヴァイアサンは、バカだなーと思ったが、怒らなかった。イカの事を話せて嬉しかったのだ。
「イカはいいぞ」
リヴァイアサンは、にんまり笑って、海底に戻った。人間は笑顔で
「わー勝ったー」
などと言った。
2009/07/21(火)

やぶれがさ

男が傘を買った。だがこの傘は長く誰にも購入されず店に放置されていたため、劣化したビニールが癒着しており、開いた瞬間、バラバラに壊れてしまった。男は傘を路地裏に投げ捨てた。
「クッ…笑えるぜ…ひとたまりもねぇとはな」
そう自嘲した傘に、梅雨前線が声をかけた。
「ねえ。私と一緒に行かない?」
「よせよ、傘だぜ俺は。梅雨のアンタから人を守、」
言いかけて傘は、自分が一度もその役目を果たせていない事を思い出す。
「クッ…」
「梅雨の私としてはアナタのその、傘として負け犬な所、好きよ」
「……」
「独り旅が淋しいのよ私」
傘の魂を連れて、梅雨前線は北上していった。
2009/07/29(水)

僕の罪

少し目を離した隙に殺人現場の死体がゾンビになっていた。最近多い。幸い今日の死体は温和で、チョーク縁取りも現場写真撮影もすぐ済んだ。刑事である僕は一応死体に尋ねてみた。
「犯人、見たかい」
死体は現場保存したまま口だけ動かす。
「た、さつ」
「ウン他殺だね」
「けじ」
「ウン、刑事だよ僕は」
大概のゾンビは質問にうまく答えられないし記憶もない。暫く粘ったがやはり手がかりは得られず、僕は諦めて腰を上げた。
「じゃ行こうか」
「ど、こ」
「楽しい所だよ」
「い、く」
僕の嘘に、笑顔に、彼らはコロリと騙される。ゾンビ死体を司法解剖に連れて行くのはいつもかなしい。
2009/08/01(土)

七年遅れ

ミカコさん家はかつてドクロ地獄団のアジトだった場所に建っている。
「あのねー7年前かなぁ、君んとこの…ドクロ地獄団?のボスは仮面レンジャーに倒されて組織壊滅したの。そのあとうちが建ったの。仮面レンジャーも解散しちゃったんだよ」
今朝、庭で羽化した怪人セミ男にミカコさんはそう説明した。
「馬鹿なっ…だって俺…7年も土ん中で準備…」
衝撃を受けるセミ男。するとミカコさんは一旦部屋に引っ込んで、ボール紙で仮面レンジャーのお面を作ってきた。
「じゃホラ、私を仮面レンジャーだと思ってやっつけてどうぞ」
「バカだろアンタ…」
セミ男はミンミンと泣いた後、一週間をミカコさん家で過ごして死んだ。
2009/08/14(金)

菅野くんの痛み

幼い頃から母親に言われてきた。他人の痛みがわかる人間になれって。でもそれは、こんな能力の事じゃなかったと思う。
「おはよう菅野くん」
「おはよう宮崎さ…うわああ目がァア!」
「どうしたの?」
「あ、いや、その、」
言えるわけない。他人の痛みが見えるなんて。痛みが激しいほど患部はより赤く光る。まるで湿布薬のCMだ。宮崎さんを見ると俺はあまりの赤さに目が眩む。誰にも言わずに平気なふりしてるけど、今日も彼女はひどい頭痛に耐えているはずなのだ。
「か、鞄、持とうか?」
「え?いいよう」
決死の申し出もやんわり断られた俺は無力。ああ母さん、俺、心が痛いよ。
2009/08/19(水)

友達の歌

男が死んだ。彼は生前誰からも愛されず、野垂れ死んだ。しかし、5日経っても彼の魂はその場に留まっていた。
「何で行っちまわないんだよ。俺はもう風化するだけだぜ」
もはや動かない物体と化した肉体は、肉体と魂ふたりだけの間で使っていた特殊な言語で、魂にそう伝えた。
「名残惜しくて」
魂は答えた。うまくいかない人生だったが、この肉体だけは25年間唯一の味方だったのだ。
「最期に何か歌おうか」
「馬鹿。声帯腐ってるぜ」
すると魂は肉体の喉を通り抜けた。21gの魂が押す空気によって、風の音に近い歌声が死体から漏れる。ふたりの最後の協同作業だった。
2009/08/29(土)

彼女に溺れてる

漁師の源治は、相棒の様子が妙だという事に気づき、漁に出た時に尋ねてみた。
「お前、おかしくねえか最近。どうかしたか」
「なんっ!何でもないすよ親方!やだなぁ!」
明らかに動揺した太郎丸を見て、源治はピンときた。
「お前…惚れただろ、港に来てる異国の子に」
「ひぃいいい!」
激しく悶える太郎丸。間違いない。
「こっからでも見えるぞ。挨拶してやれよ」
そう言ってやったが太郎丸は無線アンテナを揺らすだけで。
「いいすよ…つりあわねーから…」
くだんの彼女、セントメアリー号の優雅な停泊姿。
「…俺漁船だもん」
しょげる太郎丸の船体を、源治は優しく撫でてやった。
2009/09/03(木)

ポイズン野郎

殿様の毒味役として城に仕えていた男が、老中からある日突然クビを言い渡された。
「今後毒味には訓練されたゾンビを使う。おぬしもう来なくていいよ」
老中の後ろにおとなしく控えたゾンビを指差し、毒味役は断固抗議した。
「俺よりこんな屍野郎を選ぶんですか!」
「しかしゾンビなら万が一死ぬことも無いしのう」
「俺だって毒で死んだことないでしょっ!」
毒味役は半泣きで猛毒テトロドトキシンの瓶をラッパ飲み。
「俺にコイツの味を忘れろって言うんですか!?この、五臓六腑に絡みつく甘い甘い天国の刺激を…!」
「おぬしそういうとこさえ無ければ有能な毒味役なのにな」
2009/09/05(土)

最後の乗組員

「ご臨終です」
と、医者が諦めた。
「だめだ…」
と、心臓が止まった。
「畜生、これまでか」
と、目玉が闇を認める。
「グッバイまたいつか」
と、肺が沈黙に落ちた。
「なかなか楽しかったぜ」
遂に脳までが倒れ、それに続いて手、足、体の様々な部位たちも次々に終焉を受け入れる。しかしたったひとりだけ、まだ諦めていない奴がいた。
「ちょ…まだいけるって!まだ死んでないよ!」
「もういいんだ、彼は死んだんだよ」
見かねた死神が声をかけたが
「死んでない!修三郎は明治から生きてんだぞ!こんなことで死ぬかよっ」
結局、火葬場に行くまで爪だけは伸び続けていた。
2009/09/06(日)

死の舞踏

誰も居ないはずの闇から、その黒こげ死体は突然生えてきた。焦げた体が痛いのか、黒こげ死体は激しく身をよじらせ、次第に大きく成長していく。踊っているようにも見えた。何か危険を感じる臭いが鼻をついたが、おれはその場から動けなかった。死んだまま成長してゆく黒こげ死体の不思議な踊りに魅了されていた。
やがて黒こげは成長しきって、グズグズの体を横たえ動かなくなった。おれは急に怖くなり、立ち去ったその足でヤシロの白老の所に行って、あれが一体何だったのか尋ねてみた。白老は言った。
「あれは、ヘビはなび、という。我々とは違う、死の世界のヘビなのだ」
2009/09/08(火)

ゾンビの恩返し

マーケットでゾンビを買った。両腕のもがれたジャンク品だ。客寄せのつもりかゾンビは電極を繋がれ、滑稽なダンスを踊らされていたが、よろけて品物をブチまけてしまい、店主に棒でぶたれていた。
3千円のヒューマニズム。いい人ごっこで僕の無価値な人生少しは価値上がるかなと思ったけど、まあ3千円じゃ無理だ。河原で"噛みつき防止金具"と首輪を外し
「シッシッ、行っちまえ」
と放り出す。しかしゾンビは家までついて来た。僕を喰うのかと期待したが、それもしない。喋らない腕無し死体は、ただ居るだけ。しょうもない。家に居るだけ。
ただそれだけなのに涙が出るのは僕の頭がイカレてるから。
2009/09/09(水)

ナチュラルキラーフルーツ

唖然とする両親に、
「ごめんね。さよなら」
と告げ、彼は奇怪な生き物の首と、金品の詰まった血まみれのトランクを床に放り捨てると、振り返りもせず家を出た。
「何で俺こんな事しか出来ないんだろう」
優しい両親が殺戮や略奪を喜ぶはずがない事は、とっくに気づいていた。雨の中、彼はあてもなく走り出す。獣たちは彼の後を追っては来ない。当然だ。吉備団子はもう無い。
神さま、時間って戻せないですか。
彼は祈った。
ただのでかい桃として、あの人たちに食われて栄養になってさ、
「おいしかったね幸せだったねって、笑わせてあげたかったよ俺は」
彼は泣き崩れた。
2009/09/10(木)

残暑

窓辺でボンヤリと畑を眺めていたアタシは思わず、ダメじゃん、と声を上げた。台所から爺ちゃんが訊いてくる。
「なァにが」
「案山子だよ、かかしィ。ダメだよアレ、頭に鳥とまってるよ」
かかしはもう随分古い物だったが、頑固な爺ちゃんは、まだ使える、と言って窓から身を乗り出した。
「おゥい、根性見せろーィ」
爺ちゃんの声に反応したかかしが、のろのろと鳥達を追い始める。
「あ、つつかれた。ナメられてるなァ」
「鳥め、背後からとは卑怯なり」
結局、アタシと爺ちゃんは奮戦するかかしを夕暮れまで眺めていた。ゾンビのかかしなんて時代遅れだけど、こういう時間は、まあ、嫌いじゃない。
2009/09/14(月)

夏モノ

「夏も終わりますね」
僕がそう言うと、河童は非常に馬鹿にした目で見てきた。
「あのなぁ、終わるとかじゃねえんだよ。ずっとここにあるだろ夏は。お前らが勝手に入って来て勝手に出て行くだけだろうが」
河童は、ヤレヤレ、と、緑の掌で一瞬僕の耳にペタリと触れた。その瞬間だけ、もう聴こえなくなってきていた蝉しぐれに僕は激しく鼓膜を揺すられた。
「行っちまうんだな」
手を離してまた隣に座った河童の姿が薄く透け始めていた。
「また来いよ」
「はい」
お元気で、とお辞儀して、僕は完全に秋に足を踏み入れる。
「よう久しぶり」
モミジが赤い手を上げて待っていた。
2009/09/15(火)

やさしい悪魔

男のもとに悪魔が現れた。
「ある人との契約であなたを殺しに来ました」
ウコッケイに似た、弱々しい悪魔だった。
「やってみろ」
昼間辛い事があって虫の居所の悪かった男は、先制攻撃。悪魔はとても弱かった。やがて男が殴り飽きると、悪魔は壊れた体でキッチンに這って行き、スープを作って、温かい羽毛で少し男を抱き締めてから帰っていった。
その後も、男に辛い事がある度に悪魔は現れた。気の済むまで殴らせ、スープを作り、最後に少し抱き締め、帰る。その繰り返し。17回目に悪魔に抱き締められた日、男はなぜだか死にたくなった。暴力的なやさしさに、男は破壊され始めていた。
2009/09/19(土)

ライトニング号の指輪

訓練したゾンビ同士を闘わせ、どちらが相手を喰いきるか賭けるギャンブル、デスバイツ。そのデスバイツ界でも、ローチ氏の所有するゾンビ・ライトニング号は、連戦連勝、最高のイーターである。そんなローチ氏とライトニングがTV番組に出演する事になった。
「それではライトニング号の凄さを視聴者の皆様に実感していただきましょう」
司会者の合図で安いゾンビが1体けしかけられる。だが当のライトニング号が何故か動かない。格下の女ゾンビに、逆にかじられ始めてしまった。撮影は中止。ライトニングは仕置きを受けた。
ところで、女ゾンビがライトニング号と同じ指輪をはめていた事に気付いたのは、カメラマンの僕だけだろうか。
2009/09/23(水)

ひとつ屋根の下

野菜炒めを作ったのだが余ってしまった。まあ、明日食べればいいのだけれども、せっかくなのであいつに残しておいてやろうと思う。
ざるをかぶせて、台所のテーブルの上に野菜炒めを置いておく。これでよし、と一人頷き、さてもう眠ろうかと洗面所に行ってそこで気付いた。
そういえば、前にテーブルの上に余ったみたらし団子を置いておいてやったのに、あいつ食べてなかったな。
甘いものが苦手なのかなと思ったけれど、もしかしたら食べていいのかどうか判らなかったのかもしれない。念のため、手紙を書いて添えておくことにした。
ハイドへ
チンして食べてね
ジキルより
2009/09/27(日)

最期の夜に

「いい加減どうしようもないので人類を消す事にする」
と、神様が言った。驚いたのは犬や金魚などの、人間が居なければ生きていけない生物達である。
「そんな!とばっちりは嫌です!」
「じゃあ生活を変えられてしまって人間なしで生きられない者たちは、私の庭においで。面倒を見よう」
これを聞き、該当する動物達は皆、神様の庭へと去った。
彼らを除いて。
「何でよりによってお前らと心中しなきゃなんないんだよ」
人間はそう言った。
「嫌がらせに決まってんだろ」
と、"彼ら"は応えた。
「最悪だ」
「ざまあみろ」
人間と家ゴキブリは並んで滅亡の朝を待った。
2009/09/29(火)

乾さんのピース

乾さんは、遠い星に住む宇宙人・マンモさんとなぜか思念が繋がっている。テレパシィのようなものでお互いの思考が筒抜けなのだ。乾さんはマンモさんに会ってみたかった。それはマンモさんも同じらしく、ある日乾さんはマンモさんのこんな思念を受信した。
そうだ望遠鏡で乾さんを見てみよう
マンモさんの星の望遠鏡はとても優れている。2人はワクワクした。
けれどマンモさんの星と地球は45億光年離れていたので、マンモさんに見えたのは45億年前の原始の地球の風景だった。
45億年待つかぁ…
残念そうなマンモさん。一方、乾さんは空に向けてピースをした。マンモさんが45億年後に見るピースである。
2009/10/02(金)

ペロのこと

バンドをやっていた頃、僕はヤクザが経営するK町の店で少し働いていた。物騒な客も来るのか、SZ(セキュリティーゾンビ)まで居る店だった。とは言えSZは直接の暴漢撃退用でなく、単に牽制、威嚇として置くのが普通らしく、そこのSZもマスコット同然だった。当時の僕の仕事は、グラス洗いとSZの餌やり。愛嬌のあるヤツで、噛みつき防止金具からはみ出た長い舌でペロッと豚肉を食うので、僕はヤツを勝手にペロと呼んでいた。
先日、会社の付き合いで久々にK町に行った。店はもう無かったが、路地裏で錆びた噛みつき防止金具を拾った。僕は長い舌を垂らして走る、野良になったペロを想像し、少し笑った。
2009/10/05(月)

月光

秋祭りを手伝った帰り道、月光のそそぐ隣家の畑に佇む、かかしの姿が目に入った。
隣家のかかしは現在主流のロボットかかしではなく、調教の施されたゾンビを使った古いタイプの物である。防腐処理の限界を越して騙し騙し使っているらしい、年代物だ。
虫の声が覆う闇の畑の中央に、かかしは居た。半ば白骨化した躯(からだ)がゆらりと此方を向く。
月光、
目が合った
まともに鳥も追えぬと隣人にぼやかれる頼りないかかしが恐ろしく美しく見えて、私は思い知らされる。かかしがゾンビである事を。
月の光を浴びて、かかしはその時初めてゾンビとして私の目に映っていた。
2009/10/11(日)

スパイのパ

ある国の諜報部の男が処刑された。彼は、スパイ疑惑のあるA氏の身辺を探っていたのだが、土壇場で決定的な証拠を隠蔽し、A氏に手紙で逃亡を促したのである。
「なぜヤツを庇った?」
処刑直前、上司はそう尋ねた。男とA氏は面識など無い筈だった。彼が知るのは盗聴器ごしのA氏のみ。

たっだいまァ~って一人暮らしでしょ俺!淋しーっ。歌うか畜生。スパイのうた。作詞作曲、俺。ででっで~、スパイのパ~はパジャマのパ…ぐは!うぉば…足ぶつけた!

盗聴していたこの1年、男はずっとA氏の傍にいたようなものだった。
返事の代わりに男は歌う。電気椅子の上で。スパイのうたを。
2009/10/16(金)

不肖の子供達

吸血鬼がいた。この吸血鬼は、咬んだ者をゾンビにして使役するという恐るべき力を持っていたのだが。
「棺桶取ってくれ」
「むがー」
「ひー違う!それ風呂!」
「もがー」
「わー投げんな!割れちゃう!」
ゾンビ達の使い勝手は大変悪かった。しかも吸血鬼が食事をする度に増えてゆくので、城はゾンビだらけの荒れ放題。ついに吸血鬼は、ゾンビ達を捨てる事に。アシがつくので、数匹ずつ違う墓場に分けて置いて来る。
「これでいい…」
だが城に戻った吸血鬼はなかなか眠れない。やがて雨が降ってきたのを見て
「ううッ…」
結局、ゾンビ達を迎えに走った。
「ごめんお前たちー!」
2009/10/30(金)

バスケットマン

バスケ部3年、清水先輩は、生まれてから1度もシュートを決めた事の無い奇跡の人だ。単なるシュート練習や遊びですら、無い。しかし先輩はふてぶてしい猫のごとく部に居座り、古い簡易ゴール相手に毎日1人勝手にシュートだけしていた。本日、卒業式前日までも。
「先輩、時間が、」
「じゃ、コレが最後のチャンスか」
先輩は深呼吸して、
「ハニーのアソコに…ブチ込んでやんよォオ!」
最低な叫び。でもフォームは美しかった。いける、
思った直後、ボールはリングをくぐり、
老朽化の進んだ簡易ゴールが音をたて、
壊れた。
「……」
その時、先輩はゴールの残骸に向けて、確かにこう呟いたのだ。
愛してた、と。
2009/11/09(月)

せこむ

恵は見知らぬ男に追われていた。マンションに逃げ込むが、男はまだついて来る。ストーカーか、通り魔か。とにかく、誰か助けを、
恵の目にセコム、と書いたシールが映る。すぐ下に設置された非常ボタン。このマンションに住んで1年、今まで漫然と、ああセコムか、と思って眺めていただけのボタンだ。セコムがどんなシステムなのか、恵はよく知らない、考えた事もなかった。けれど今は助けが、欲しい。
透明なカバーを割り、ボタンを押す。
瞬間、
黒い巨大な何かが通り過ぎ、男の姿が突然、消えた。恵の顔にピチ、と何かが跳ねる。
1滴の、血痕。
なに、いまの、
恵は考えたこともなかった。
セコムって、なに、
生き物なの、
2009/11/29(日)

最終回の空

俺は、超能力を持った主人公、の、同級生。非戦闘要員の脇役だ。世界を救うのに忙しいのかあまり学校に来ない主人公に、
「いい天気だな」
と声をかけるのが主な役割。だから天気予報だけはチェックしている。つうか俺、天気予報見んの結構、好きなのね。まあそれがこのバトルファンタジー漫画の中でコマとして描かれる事は無いが。
「今日の天気は、快晴。ところにより…」
今朝のTVの予報を聞いて、俺は少し驚いた。
え、うそ
まあ俺がそれを知ったからって何も変わらない訳だが、
ところにより主人公の顔が浮かぶでしょう
てことはこの漫画今日最終回なのか。少し、淋しかった。
2009/12/11(金)

本の海、飛ぶ魚

ちまちゃんは毎日図書館に来る。職員の僕を"司書"と呼ぶ9歳の彼女は
「司書わかる?図書館はね、海なんよね」
などと語る少し変わった子だ。ある時彼女がこんな遊びを教えてくれた。
「トビウオごっこ、ての」
ちまちゃんは手近な棚から適当に本を引き出し、適当にめくって一文を朗読した。
「水は人々の大切な資源でした」
説明された通り、僕も手近な本の一文を、ランダムに読む。
「タカシは、お母さん、と呼んだ」
ちまちゃんは目を細めた。
「いい飛び方するぅ、司書」
「今の何が良かったの」
尋ねるとちまちゃんは言った。
「だってタカシは水をお母さんだと思ってんだよ」
2009/12/16(水)

ラスティとリベルテ

ラスティとリベルテはここで生まれここで出逢い、愛し合った。短い一生を、2匹は全身で生きた。
「リベルテ、愛してる」
「私もよ、心から」
幕が完全に閉じきる最後の瞬間まで、2匹は固く抱き合っていた。カーテンコールで再び幕が上がっても、舞台に2匹はもう居ない。代わりに居るのは生涯最高の演技を終えた2人の役者。
「これ以上ない名演技、この日の彼らはラスティとリベルテそのものだった」
後にそう評価された千秋楽の公演。その2時間56分の間だけこの世に存在していた、役者の体を持ち歌声で愛を語り合う2匹の生き物ラスティとリベルテ。今は、古い台本の中にその抜け殻を残すばかりである。
2009/12/17(木)

世界の名言集

「粉薬は毒の髭を生やしている。奴らはオブラートなど簡単に突破して、私の舌に直接ほおずりをしてくる」
リサ・ホプキンズ(3さい)

「1日に3回も歯磨きをするくらいなら、ばい菌に脳みそを喰われて死んだほうがましだ」
ヤン・トマイ(4さい)

「見たくなければ目をつぶればいい。何のためのまぶたなのか」
ジェラルド・リー(3さい)※鼻くそを食べた事を非難されて

「もし本当に私が漏らそうと思って漏らしているのであれば、先ず最初に君の顔の上で漏らしていることだろう」
アダム・シュヴァイゼン(5さい)

「それは全く新しい体験だった」
ティナ=ガラテナ(2さい)※クレヨンを食べた際
2009/12/24(木)

カメと総帥

彼は弱った亀を2匹保護した。アルダブラゾウガメという種類で、300年近く生きるとても長寿の亀だった。亀たちは彼の手からしか餌を食べないほど懐き、彼は不安に思った。自分が死んだら誰が亀たちの世話をするのか。
決心した彼は悪魔に魂を売り、魔力と300年の寿命を得た。ところが250年目に子ガメが生まれ、彼は焦る。300年では足りない。
彼は7つ揃えば不死身になれる秘宝を集め始めた。勿論、亀の世話もあるので独りでは出来ない。彼は部下を募り、組織を作った。邪魔する者は魔力で排除した。
彼はのちに正義の味方に倒される運命にある。けれど亀は彼に懐いていた。
2009/12/29(火)

本に成った日

G708が、また本棚から落ちていた。何度入れ直しても落ちてしまうので、この書斎の主であるイーフィー博士はG708を拾い上げて囁いた。
「あのね。おまえには昔々に滅んでしまった人々の文化を伝える大切な文字が書かれている。昔々は、確かにおまえは本棚に入れてもらえなかったのかもしれないが、おまえはもう今は、立派な、"本"なんだよ」
イーフィー博士は蔵書を我が子のように愛する変人であった。本という無機物に彼の言葉が聞こえるはずはない。けれど、作られて5千年経って初めて"本"と認められたその冊子、携帯電話G708取扱い説明書は、もう本棚から落ちる事はなかった。

※注:当時主流だったガラケーの機種名は多くが英文字+3桁の数字でした。昔の取説、ある意味もう既に貴重なものになっていそうですね。

2010/01/06(水)

金の斧

「最初からこんなモン落とされたらアタシの立場ないじゃん」
と、怒る女神の前で、青年は水面を見つめてうなだれた。女神は金の斧を振り回しながらまくし立てる。
「だいたい金の斧落とすとかおかしいでしょ?どんな不思議シチュエーションよ、それ」
「スミマセン…ボク芸人なんですけど、それ、ザ・コント祭ってTV番組で、お題"伝説"の回で優勝して貰った賞品なんです…賞なんか貰ったの初めてで、嬉しくて眺めてたら落としちゃって…」
「TV番組かよチクショー」
女神はため息をつき、泉に戻りかけたが、一旦潜ってから
「あ、」
と頭だけ出して
「おめでと!」
と吐き捨てるように言って消えた。
2010/01/10(日)

337776667777

「ケーブルをマルチコネクタへ接続すると、モニタに、デバイスを読み込み中と表示され、ロメオSS70内の出力データがスピカ0024のデスクトップではなく、ハードディスク内のデータフォルダに直接保存されます」
「うわ」
「保存が完了すると、スピカ0024からロメオSS70へ、データ保存完了の信号が送られ、サイドランプが赤から青に変わります」
「うわはうわっ」
「…ど、どこが?」
大掃除の際に出てきた、古い何かの機械の取り扱い説明書を朗読するのを中断し、僕はシーザーに尋ねた。
「全部ですよ。えろすぎますよ。激エロですよ」
シーザーはそう答えて赤ランプを点滅させた。アンドロイドのそういう感覚が僕には未だに理解できない。
2010/01/11(月)

価値観

「糸ちゃん、イルミネーションいこ」
「やだ」
俺は即答。くそ、まさかコイツがそんなつまんねー事言い出すなんて。俺は言ってやる。
「あんなの浮かれて見に行く奴は、テレビかぶれのゴミ大衆だ。自分の価値観で生きてねー」
「でもキレイらしいよ」
コイツ、彼女のくせに俺がバンドで何を歌ってんのか、全然わかってねぇ。俺は意地になった。
「あんなモン行く奴は全員爆発しろ」
「じゃあ行ってみんなが爆発するの想像すれば楽しいじゃん」
ドーン ワー ギャー
くっ、確かに。
「俺の負けだ…行く」
「わーいジンマシン!」
「ジンマシン?」
「イルミネーションってジンマシンみたいで好き!」
くっ、なにその価値観、良すぎ。
2010/01/21(木)

不死身の藤見くん

「俺、不死身なんだー」
などと言うものだから、私は最初藤見ユズルのことを、悪党であるこの私を滅ぼしに来た不死身のヒーローなのだと信じた。だがそれは間違いだった。コイツを倒すのは簡単だ。何しろ藤見はおそろしく弱い。頭も悪いしそそっかしくて空気も読めない、センスもない、ただ不死身というだけでそれ以外本当に何にもできない男なのである。
「お前って無意味だな」
そう言ってやると、今日も私のチェインソーでバラバラのミンチと化した藤見は答えた。
「ホントだよねェ」
でもコイツは多分、明日も現れる。藤見は無意味を悲しまない。私は悪党だが、彼のそういう所に時々救われる。

※注:これは間違いなくのちの「しをちゃんとぼく」の発想のもとのもとだと思われます。

2010/01/23(土)

あのこの律儀なチェインソー

(昨日のお話の続編とゆうかB面のようなものです)

「お前って無意味だよな」
ミンチになった俺を見下ろすあこさんは、悪党だ。
「私に傷一つつけられないくせに、何をしに来てるんだ?」
俺は正直に言った。
「あこさん俺ね、不死身だから好きな子できてもみんな先に死んじゃうの。昔は悲しかったけど、今はもう楽しかったねバイバーイって思うだけなのね。でもあこさんは俺のこと毎回律儀にミンチにするじゃん?俺死なないのに意味ないのに、あこさん必死でチェインソー振るじゃん?それが、なんかいいの」
「意味がわからん」
あこさんは俺の頭を更に切り刻んだ。痛かった。俺、あこさんが死ぬ時は150年ぶりに泣こうかなって思ってる。

2010/02/04(木)

人造人間・Z(ゼド)

世界征服を企む悪の組織・ダークブラッド。その幹部たちが作成会議を開いていた。議題は、宿敵・Zをいかにして倒すか。Zは地球防衛隊のジョイス博士が作った正義の人造人間である。だが異常な点が多すぎた。
「反則だよあの破壊力。怖すぎるよ。ヒーローのくせに無言だし」
「足の鉄球、あれ足かせだろ?あれでまだ全力じゃないって事?」
「どうやって倒すんだあんなバケモン」
「エネルギーを絶つ、とか」
「Zのエネルギー源って?」
幹部たちはスパイを放ち、Zのエネルギーの秘密を探ることに。
「判明しました!」
帰還したスパイは震えながら報告した。
「憎悪です、Zは人々の憎悪を吸収してエネルギーに…」
2010/02/05(金)

Z(ゼド)の鎖

(昨日のお話の続きというか蛇足的なお話です)

「博士、毎日大量の憎悪を吸収して、Z自身が憎悪の感情を抱いてしまう危険はないのですか」
「無いよ。Zは正義の人造人間だ。指定された悪の魔造怪獣だけを倒すようプログラムされているし、足かせで力もセーブしている。Zは平和のために戦ってくれているんだ。信じてやりたまえ」
「ではなぜ、Zに会話機能を搭載しなかったのですか。絶対安全なら、言葉ぐらい自由に喋らせてやっても良いではないですか」
「………」
「博士は怖かったんじゃありませんか?いつかZに、あなたが憎い、と言われることが」
ジョイス博士とその助手の会話を、物言わぬZは虚ろな目でただ聴いていた。

2010/02/18(木)

ちいさいゾンビ

筆箱の中でゾンビを飼ってみよう。2cm程度のちいさいゾンビだ。
フタを緩くしておけばゾンビは筆箱から自分で這い出る。近づいて来たら指をかじらせてやろう。
多くのゾンビと同様に、ちいさいゾンビも逃げるという動作が出来ない。ちいさいゾンビはゴキブリとなら互角の勝負ができるが、ゲジやムカデには負けて食われてしまうので、それらが絶対に筆箱に入らないよう注意しなくてはいけない。犬、猫にも気をつける。
毎日指をかじらせてやれば、ちいさいゾンビはきっとあなたを、やさしくて偉大な肉として信頼する。それは海の生物が海を、陸の生物が陸を愛する様子と似ている。
2010/02/27(土)

彼女が世界を味わう日

生まれ落ちたその日から、少しも世界に触れることなく、ずっと昏睡状態だった彼女を眠り姫に例えるならば、今、その眠りを覚まそうと、傷ついた足で必死に彼女の元へ向かう彼は、王子という事になる。
銃創はひどく、彼は何度も倒れた。けれど、急がなきゃ、彼の頭にあったのはそれだけ。延命装置が切られてからでは遅い。王子のキスは死んだ姫には効かないのだから。
血まみれた腕で病室の扉を開く。延命装置を切ろうとしていた医者と彼女の家族たちは、彼の姿を見て逃げ出した。
おはよう
彼、ゾンビは彼女の首筋に歯をたてて口づけた。彼女はゆっくりと起き上がり…
2010/03/02(火)

守り神

「先祖代々伝わる"守り神"だ。肌身離さず持っていなさい」
と言って父は僕に彫像を託した。マヌケた顔の像だが凄い力があるそうで、この守り神が無ければ僕の家系はとうに死に絶えてるとか。以来僕はおんぶ紐で常に像を背負っている。しかし重い。それに怪物みたいな奴が像を奪おうと度々襲って来るのがすごい負担。
先日、モップで怪物と戦ってたら、バイト先の店長に言われた。
「大変だねぇ。それもう守り神っつうか守られ神じゃん」
像がドキッと震えた気がした。
「店長もそう思います?」
薄々わかってんのに結構必死にモップを振り回してしまう僕は、割と自分が好きです。
2010/03/04(木)

猛犬注意

タオルを噛んでいたプードルがふと頭を上げ、言った。
「そうだ佐渡、アレ買ってくれ!」
正直、面倒だが一応訊いてやる。
「アレって何」
「プレートだよ、猛犬注意ってやつ」
「いらない。猛犬いないし」
「失礼な事を言うなよ!つうかお前のじゃねえよ俺が使うの!俺の家に貼るんだ!」
「なにそれどういう事」
「洒落てるだろ!」
「…そうかな…」
だいいちお前の家って僕の部屋にあるこのケージだろ。洒落たところで誰が見るんだ?僕か?
「猛犬不注意、てのがあったら買ってやるけど」
「い、今のは傷付いたっ」
飛びかかって来ようとしたプードルがタオルを踏んで転んだので撫でてやった。
2010/03/21(日)

ひとりの、

あなたは自分の意思で肉体を動かすことが出来ない。指も、目や口でさえも。あなたは病室のベッドにただ横たわる。意識だけはあった。
あなたは想像する。空飛ぶ姿を。すると不思議な事にあなたの意識はスッと壁を抜け外へと飛び立った。
あなたの意識は、人々の間を高速ですり抜け、適当に選んだある男の後を追う。
彼の家には無数の銃器。あなたは彼が計画する恐ろしい事件を知る。だが、それを誰かに伝える術は無い。
あなたは想像した。彼の部屋の全ての銃が溶けてなくなる様を。強く強く想像した。あなたの心電図が妙な音を立て始める。
ああ銃の輪郭が、僅かに──
2010/03/23(火)

個体番号005号

何をやらせても平凡、平均レベル、僕はそのようにできている。博士は人間と寸分違わぬ完璧なアンドロイドを作るのが夢だったのだと言った。その技術の結晶が僕なのだと。天才の考える事は凡人の僕にはわからない。けど、これだけは判る。僕の代わりは幾らでも作れるってこと。
僕は今、実験の一環としてアンドロイドである事を隠して社会生活を送っている。今日はミスをしてしまい、お前の代わりは幾らでもいる、と上司に言われた。人並みに落ち込む。帰り道、くよくよしながら歩いていたらトラックにひかれた。
壊れた僕を見て、博士は泣いた。何故だろう。僕の代わりは幾らでもいるのに
2010/04/17(土)

片目のひとでなし

やさしい男が居た。彼は全人類の幸福を願っていた。自分が傷つけられたり略奪されたりしても、それで誰かが満たされるなら構わなかった。そのためやがて全財産と片目を失ってしまったが、それでも世界はまったく不幸に溢れたままだった。彼は考える。
どうやら人類は常に憎しみを持て余し、攻撃できる相手を探している。その攻撃対象になった人間がまた憎しみを持て余し、攻撃相手を探す悪循環になっているのではないか?
そこで彼は攻撃を一手に引き受ける事にした。
片目のひとでなし
全人類から憎しみを向けられる日を夢見て、彼は今日も悪事の限りを尽くす。
2010/04/24(土)

佐藤さん

昨晩アパートの自室の前に吐いたブツを、バレないうちに掃除しようと、二日酔いに耐えつつ5時起きして玄関先に出たのだが、隣室の女性が既に俺の部屋の前を掃いていた。
「す、すみません!自分でします!」
当て付けだ。と、思った。ところが彼女は俺の手を押さえ、言ったのだ。
「ジャクソン・ポロックという画家を知ってますか」
「い、え…?」
「ではコンクリートに咲く大輪の華を想像して下さい。美しい光景を自分だけのものにしたくて、私は他人の目に触れる前にこれを片付けようとしただけです」
「あなた…名前は?」
嘔吐ブツを美しいと言い切る隣人に、気付けば俺は名前を訊ねていた。
2010/05/03(月)

山の上の頭

「そもそもヤッホーというのはアレは欧米人、スウパア・マリオなどが、最大値に上がったテンションゆえに思わず吐き出す、イヤッホーーゥ!!という叫び声が形骸化して感情を排され、無機質な言い方に成り下がったものではないか。頂上に到達した私の喜びをヤッホーなどという単調極まりない抑揚で充分に表現できるとは思えない。ここはひとつ、ヤッホー形骸化以前の古代人に倣い…、うああもう我慢できない、失礼させていただく!ィイヤッフゥウウウ!!!」
頭だけの人工頭脳として作られたリッキー33号は、昨日つけてやったばかりのキャタピラの足をキュンキュン鳴らし、盛大なやまびこを堪能し尽くしていた。
2010/05/11(火)

武器をとれ

昔々、自らの無能を嘆き悲しむ男がいた。その男に1匹の悪魔がとりついた。
「ハロー。俺の名は狂気。お前を救ってやる。辛いだろ?狂えばラクになるぜ」
「帰れ!僕は狂わない!」
男は必死で抵抗したが、狂気は執拗に彼を攻撃してきた。
「狂えよ、お前が正気でいても誰も褒めちゃくれない」
「……」
追い詰められる男。だが彼はギリギリの所で、笑ったのだ。狂人のそれとは違う、ささやかで正気な笑み。狂気は驚く。
「今のは何だ?」
男は答えた。
「自分を客観視して笑ってみたんだ。そうだな、"自嘲"とでも名付けようか」
昔々。それは狂気と戦い正気を保つ武器として発明された。
2010/05/25(火)

死に物のミュージック

襲い来るゾンビ達を撃ちつつ荒廃した町を歩いていくと、音楽が聞こえてきた。恐ろしく透明で、狂おしいほど無機質な曲だ。
音のする小屋を覗くと、中にはゾンビが1体。誰の悪戯か、そいつは頭と爪先に釘を刺されており、その釘同士を数本の針金で結ばれていた。ゾンビはそれを引っ掻きもがいているのだが、その音が弦楽器に似ていた。また、そうして暴れるものだから、剥き出しの折れた肋骨が他の骨を叩き、マリンバに。床に転がった一斗缶や木箱に当たる足がビートまで刻んでいた。
要するに死体の雑音。これが音楽に聞こえる私は、既に生き物より死に物に近いのかも知れない。

2010/07/06(火)

おめでとう

学者はPC画面に向かって
「やった」
と呟いた。助手は作業の手を止めて、学者のもとに駆け寄る。
「ついに観測できたのですか!」
「うん、確かに原始星の赤外線だ」
二人はうっとりと画面を眺めた。
「可視光が観測できればいいのになぁ…新しい星をこの目で見たいですよ」
「暗黒星雲に隠れているからな…ま、とにかく今夜は祝杯だ」
その頃、遥か天空で彦星は、一年ぶりに逢う織姫からある告白をされていた。
「できちゃった」
「えっ…?」
「子供。まだ原始星だけど」
「いやったぁあ!!」
地上では学者と助手が乾杯する。
おめでとう
おめでとう
7月7日の夜の事。
2010/08/04(水)

海の子

両腕と共に腰から足首まで鎖でグルグル巻きにされ、彼は海辺に立たされた。暴力組織と金銭トラブルになり、海に沈められる羽目になったのだ。
「何でもします!助けて下さい!」
懇願するも、組織の答えはNO。
「テメェの利用法はもう見せしめに死んでもらうしかねェんだよ」
海に落とされる彼。だが偶然にも、海底にゾンビが1体沈んでいた。絶命寸前に彼は噛まれた。
やがて彼の死体は泳ぎ出した。鎖に巻かれた下半身をくねらせ、最初は不器用に、徐々に滑らかに。海面にジャンプした姿を見て、通りすがりの漁師が呟く。
「あ、人魚」
腐った人魚は生前の故郷の海を目指していた。
2010/08/12(木)

未満世界

膨れる森と同化しながら母は言った。
「本当は僕はお母さんではないのです」
母は柔らかいピンクの体をすまなそうにすぼめる。
「残念ながら、この世界も僕も、きみの脳の中にしか存在しないものなのです」
やさしい母だった。
「きみは体が弱く、本物の世界に生まれる事ができない可能性があったので、僕が少しだけ世界のふりをしていました」
温かい世界だった。
「でもどうやらきみは生まれる事ができる。お別れです。すべて忘れて、」
そして外から本物の世界が私を引っ張り、やさしい私の世界は薄れ消え、私はなぜ自分が声を上げて泣いているのか忘れて生まれた。
2011/02/07(月)

10秒

かつて芥川龍之介がぼんやりした不安、と呼んだものを、俺の博士は怪物と呼んだ。
「誰も信じないがアレは抽象的な存在じゃない。優しい人間を選んで殺す、形ある怪物だ。目に見えないだけで」
博士はそれを倒す為に俺を作った。だが残念ながら完成前に博士は死んでしまったので、俺は80cmのチューブで培養機と繋がっていなければ命を維持できない。仕方なく今日まで半径80cmの世界で、放置された博士の亡骸を20年ただ眺めていたのだが。
ああ、いま俺の目の前に
確かに
それが
「待ってた」
俺はそう言ってチューブを引き抜く。体液が飛び散る。床を蹴る。
もって10秒、
2011/03/11(金)

天使のようなもの

人気の無い道でバイク事故を起こし、重傷で動けなくなった俺の前に天使が現れた。だが頭上の輪っかがどう見てもバウムクーヘン。実は昔、霊能者に、貴方には守護天使がついていると言われた事があるんだが、まさかそれがコレ?俺はガッカリした。だが天使は黙ってバウムクーヘンを俺に差し出す。
食えって?
天使は頷き、更に羽も食わせてくれた。羽は砂糖菓子だった。体が少し温まってくる。輪も羽も失った天使は俺の体を人里に向かって懸命に引きずり始めた。
「…あんた守護天使なの?」
声を絞って尋ねてみると、息切れしながら天使は答えた。
「違、う…私はお前自身の…生命力だっ」
2011/03/12(土)

いわしさまのご利益

鰯の頭も信心から、という言葉がある。清水シズオが実験的に鰯の頭を信仰してみた事で生まれた彼だけの神・いわしさまは、信仰する者が彼1人だからか、神通力も無い非力な神だった。
「今夜のお供え物はシチューがよい」
だの
「アニメがみたいぞ。チャンネルをかえるのだ」
そんなお告げしかしてこない。けれど彼が高熱を出した日、いわしさまは言った。
「清水、お前が信じたから私はうまれた。今度は私が、お前が治ると信じるからな。お前は治る、ぜったい治る」
そんな深刻にならなくてもただの風邪だよ、と清水は言いかけたが、何だか元気が出たのも事実。ご利益、と思う事にした。

※注:このお話は2008年の512で書いた「いわしさま」の続編です

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