512(2006)

512は最初は単に身内に生存を確認してもらうための怪文書的な散文で、物語ではありませんでした。
だんだん物語的なものが増えてくるのですが、この頃はまだあまり人に読んでもらうことを考えていない時期で、調べずに書いた間違った知識がもとになったものや、あまりにも私的な内容のものも混じっていました。できるだけそのまま残してはおりますが、修正や補足を加えたものや、いくつか欠番としたものもあります。ご了承くださいませ。
2006/02/02(木)

すなおな気持ち

すなおな気持ちでとらえてみよう…ほら…世界が違って見えるだろう?
星取り表は力士達が惑星の居住権を取り合っているのさ
筋肉番付は筋肉に番号をつけるのを延々と映してる番組なのさ
ホリデー快速はせっかくの休日がいつもより快速で過ぎてしまうのさ
ミートボールが何の肉かって、何だか解らないけどとにかく肉球の部分には違いないのさ
小便というのは兎の糞みたいなのしか出なかった時に使う言葉さ
イタコの口寄せは僕とイタコの仲が友達以上という証拠なのさ
ローリングストーンズが来日しても2~3個なら恐れることはないのさ…
2006/02/03(金)

ダイヤモンド

ダイヤモンドカットしてみたいものBEST3
第3位 ハナクソ
第2位 こんにゃく
第1位 歯
2006/02/04(土)

違法人

一見違法じゃないけど違法なもの
●トリップ式コーヒー
●大声屋さん(指定先の玄関口で大声でどなってくれる出張サービスだヨ)
●請求ごっこ(ごっこだから本当には利用してないサイトからの請求だヨ)
●手づくりパスポート
●ソックリ銀行券
●東京湾コンクリート脱出マジックにキミもチャレンジ!
●スーハーマリオ(吸い過ぎてゲームオーバー寸前だヨ)
●スーハーマーケット(いつでも買えるヨ)
●スーハーマン(上2つと同じだヨ)
2006/02/05(日)

節分

今年の豆まきの際に父が提案した『落花生を殻ごとまけば、床にまいた豆も汚れずに効率よく食えるのではないか』という画期的なアイデア。実に合理的ではありますが一つ問題がございました。
『本来、鬼をおどす凶器としての豆をカバー付きで撒いてよいのか』ということです。それは我々の感覚に置き換えると、強盗にきちんとケースに入ったナイフでおどされるようなものではないのでしょうか。
議論の末、わが家では『ケースに入ったナイフでも多量に撒いてあると、別の意味で怖い』と結論づける事で、落花生による節分行事を無事敢行するにいたったのでございます。
2006/02/06(月)

天国と地獄

世の中に絶望した男が、命を断った。気がつくと男の前には青鬼が一匹。
鬼「やあ、気がついたな」
男「ココは地獄ですか」
鬼「いや、現世だよ」
男「じゃあ僕は死ななかったのか」
鬼「何を言ってる。天国で死んだから現世に生まれ変わったんじゃないか」
男「え?」
鬼「多いんだよね。自分の生きてた場所を現世と思い込んでる奴」
そう、男が現世だと思い込んでいた世界こそが天国だったのだ。
男「そんな…」
鬼「まあ天国ほどじゃないが現世もイイ所だよ。地獄よりはな」
男「更に下があるのか」
鬼「頭に輪っかを乗せた奴らに気が狂うまで歌を聞かされるらしい」
--終--
2006/02/10(金)

見えない服

怪しい商人から買った『愚か者には見えない服』を着て外に出た王様。
「王様は裸だ!」
という子供の一言によって笑い者になってしまいました。しかしながら花壇を飛ぶ蜂たちだけはニヤニヤしながらそれを傍観していたのです。
蜂A「愚かだな、人間は」
蜂B「仕方ないさ。所詮人間の目は我々のように紫外線の色を見ることができないのだからな…」
蜂A「見事なデザインだけに惜しまれる」
蜂B「キューリッポ星人たちも、俺達ハチだけでなく紫外線の見えない人間にまで売ろうとするなんて、商魂たくましいというか勘違いと言うか…」
蜂A「いかにも宇宙の商人らしい失敗だよなあ」
2006/02/11(土)

言葉。

正確な意味を知らないにも関わらず私が知ったかぶりで使用するおそれのある言葉リスト。
●バングル→オシャレ関係の何かだと思う。
●シュラフ→ミシュランマン関係の何かだと思う。
●アバター→何かをアバト(不明)するものと思う。
●コンサバ→女性の何か。
●チュニック→服か何か。
●ファイナンス→どういう会社がファイナンスなのか不明。
●生き馬の目を抜く→イイ意味か悪い意味か不明。
●バイタル→何かを計測したものと思うが。
●チェンジアップ→野球のルールか何かでは。
●三々九度→酒を飲む時の動きとか何か。
●リクルート→転職のことと思っていたがどうも違うようだ。
上記はほんの一例です。
2006/02/12(日)

悪党のパーティー

世界中の悪党が集まるパーティーが開かれた。酔った悪党達は誰が1番の悪かを競いあい、自分のした様々な悪行の話を披露しあった。
「俺は快楽の為に千人の女を犯して殺した」
「俺は欲望のままに金持ちの老人を500人殺して大儲けした」
しかし、そんな中で唯1人だけ涙を流す男がいた。
「みんな、なんて酷いことを…被害者の気持ちを思うと悲しくてたまらない」
他の悪党達は
「それでよく悪党が務まるものだ」
と、彼を笑ったが、彼の手下の1人が漏らした一言に凍り付いた。
「うちのボスはその悲しみがやみつきになって悪事を重ねているんですよ…」
006/02/14(火)

刑事の世界

刑事は我々にとって非常に身近な生き物である。よく知られている刑事としてはスチュワーデス刑事やあぶない刑事などが挙げられるが、ニューギニアの無せきつい刑事などあまり知られていない刑事も多数存在し、現在発見されている刑事だけでも20万種を超えると言われる。
刑事の多くはオスのリーダーを中心とした2~10頭の群れを形成し、連携して狩りを行い、主にカップメンと犯人を補食する。また、リーダー争いに負けた刑事は、はぐれ刑事として群れから離れることがある。
刑事と近縁の生物として探偵がいるが、刑事は胸に、着脱可能な手帳状の突起があることで見分けられる。
2006/02/15(水)

白雪姫

昔、ある所に魔法の鏡があった。この鏡の精霊は、持ち主である王妃に恋をしていた。鏡の精は王妃を鏡の中の世界へ連れ去ってしまいたかったが、その魔法は王妃自身がそれを望むという条件が揃わないと成功しないものだった。鏡は毎日王妃の美しさを讃えて口説いたが、王妃はうんと言わない。そこで鏡は「貴女より白雪姫の方が美しい」と言って王妃をけしかけた。ナルシストの王妃は鏡の思惑通り白雪姫の暗殺を計画し、そして失敗。処刑が決まりもはや逃げ場のなくなった王妃に鏡は言った。「王妃、鏡の世界へおいでよ。俺達悪党どうし、きっとうまくいくと思うんだ…」
2006/02/17(金)

蟻地獄

子供の頃、働きアリだけを大量に飼育した事がある。別に残酷な知的探求心からではない。ただ女王が捕れなかっただけの話だ。そのうち誰か女王になるだろうと楽観視していたのだが、一週間もすると恐ろしいことに全員発狂してしまった。最初は殆どのアリが真面目に働いていたのだが、1匹また1匹と水槽の壁を引っ掻く動作しかしないアリばかりになり、最終的には一日中全員で並んで壁を引っ掻き続けるようになった。やがて、掃除中に母が水槽を倒し全員逃亡。その後、狂女達がバーサーカーとして蟻社会に再雇用されたと思いたいが、その望みは限りなく薄い。

※注:これ、この約10年後に解決しました。発狂ではなく、働き蟻は年齢の移り変わりによって作業内容が変化するんです。幼虫の世話から始まって、最後の仕事が外回り。だから捕獲した蟻たちが全員外回りの年齢に達して、外に行きたがっていただけなのでした!

2006/02/18(土)

2人の能力者

とある超能力研究所に、他人の心を読める男と、他人の心を読める女がいた。2人はある日、好奇心からお互いに心を読み合ってみようと試みた。そしてその翌日、2人は結婚した。
相思相愛だったお互いの心を知ってしまったからという訳ではない。互いの心を同時に見た瞬間、2人は超音波のような悲鳴をあげて倒れたのだ。相手の心に映った自分の心に映った相手の心に映った自分の心…それを無限に繰り返してハウリングが生じてしまった結果であった。
ハウリングが起こった機械に微妙な故障が生じるように、2人の心に刻まれていた好みのタイプの異性像は、以前とは微妙に、ズレた。
2006/02/20(月))

時効警察

ご存知の方も多いことと思われるが、民放で放送されているドラマに、時効警察という作品がある。私も毎週視聴しているのだが、前回の放送で気になるシーンがあった。登場人物達がごはんを食べているシーンである。
…ごはん茶わんが…
食器棚を振り返って確認したが私のごはん茶わんと全く同じものがドラマで確かに使われていた。馬鹿な…私の、ダイソーで買った唯一無二のネズミ茶わんがテレビの人とかぶっているなんて。好きなインディーズのバンドがテレビに出てしまったような、一抹の淋しさをおぼえつつ、今日もまたネズミ茶碗で飯を食む。
2006/02/21(火)

先輩のバイト1

青年はパチンコ店の前で偶然、高校時代の先輩に会った。
青年:「S先輩!お久しぶりです」
先輩:「…ん~?」
青年:「俺、C尾ですよ」
先輩:「…お~…C尾。懐かしいね」
青年:「何やってんすか」
先輩:「ん…バイト中」
青年:「へ~。何の?」
先輩:「ん~…神の、かな?」
青年:「…神?」
見ると先輩はパチンコ店の前に小石を置いていた。
青年:「…それが仕事?」
先輩:「そう」
青年:「意味は?」
先輩:「んん…風が吹くと桶屋が儲かる、の風の部分」
青年:「…?」
先輩:「しばらくK市には行くなよ」
半年後、K市で暴動騒ぎがあり、死傷者が多数出た事を青年は知った。
青年「まさか、な…」
→明日に続く。
2006/02/22(水)

先輩のバイト2

街角の小さな煙草屋の前、青年は再び先輩と会った。
青年:「アレ、S先輩」
先輩:「おぅ…」
青年:「まだやってんすか?神のバイト」
先輩:「ん…やってる今」
青年:「先輩アヤシイすよ…マジなんすかソレ」
先輩:「さぁ…」
その日の先輩は郵便ポストの下にネコジャラシを散らしていた。
青年:「じゃ、俺もう行きますね」
先輩:「…C尾」
青年:「何です?」
先輩:「…じゃあな」
青年:「…はい?」
それから約1年後、青年は死んだ。単身赴任の運転士の不注意による電車事故だった。原因は離れた妻との不仲による不眠症。その妻は、偶然か、青年が最後に先輩と会ったあの煙草屋の街角に住んでいたという。
2006/02/25(土)

記憶の断片

幼少の頃からずっと腑に落ちない奇妙な思い出が幾つか存在する。それは断片的な映像として、嘘臭い程に鮮明に脳に刻まれている。
●踏切の脇に舌が落ちていた。
●玩具のトランシーバー(距離が短いだけでトランシーバーとしての機能はある)から外人の「ハロ~ウ、バイバ~イ」という声が聞こえた。
●ナメクジを容器に閉じ込めて数日後、再び見ると容器にナメクジはおらず、ハナクソ(?)が入っていた。
●指の怪我の中に綺麗な赤と白のストライプが見えた。
●台風の日、図書館の庭に白蛇が落ちていた。
●頭部が肌色のダンゴムシ。
ぁぁ…冷静に書いてみると多分ほとんど気のせいだなこれ…。
2006/02/26(日)

ダークヒーロー

説明しよう!入院患者・山井完治(25)の正体は、病弱でありながら常人を超えた身体能力を持った、超病人・デビルクランケなのであるッ!
★デビルクランケのひみつ
●通常の病人の100倍の腕力
●そもそも普通なら死んでる病状
●麻酔が全然効かない
●気分が悪くなってもすぐ横になれるようにべッドを持ち歩いている(手で抱えて)
●心電図をリズミカルに鳴らせる(笑点のテーマなど)
●腕から点滴をイッキ飲み(?)できる
●吐血の噴射力は44マグナム並み
●薬の量は常人の10倍(じゃないと効かない)
●医者に怒られた回数、常人の100倍
●入院を断られる確率、常人の100倍

※注:このお話がもとになって架空格ゲー「The Loser」のキャンサー・ガイというキャラクターが生まれました。

2006/02/27(月)

3人の精神科医

医者1「いいですか、この病院では精神科医は私1人なんです。貴方達は自分が医者だという妄想を抱いた患者なのです」
医者2「それこそ妄想だ。医者は私だ」
医者3「…困った患者達だ。私が医者なのに」
医者1「貴方も患者じゃないか」
医者2「貴方こそ」
医者3「貴方もだ」
医者1「…頭が痛くなってきた」
医者3「それこそ病の症状だ!君は患者だ」
医者1「ぅう、そんなはずは」
医者2「君は患者だ」
医者1「ァア私は…そうだ医者じゃない…患者だ」
医者2・3「…あっ」
医者4「どうですまだ見えますか」
患者1「イイエ…2人の医者の幻覚は、もうすっかり消えました」
2006/03/01(水)

タクシー

魔術師が、ゾンビを従え都心を襲撃しようとした。
魔術師「さあ我がしもべよ、人々に恐怖をもたらせ!」
警察「アンタちょっと、車から降りてコッチ来て」
魔術師「な…何ですか」
警察「アンタ死体遺棄容疑で逮捕な」
魔術師「待ってくれ、死体じゃない!アレはゾンビだ!」
だが警官は耳を貸さず、魔術師は逮捕された。残されたゾンビ達は困り果て、墓に帰ろうとタクシーを呼んだ。
運転手「スマンね…死体を乗せる訳にはいかないんだ」
ゾンビ達は途方に暮れた。墓は遠い。遠すぎた。その時、1台の車が目に映った。彼等は叫んだ。
「へイ!タクシー!」
ゆっくりと、優しく滑るように、霊柩車は停止した。
2006/03/02(木)

エレべーター

私の住むマンションにはエレべーターが設置されている。自宅は2階なので本来はエレべーターを使う必要はさほど無いのだが、ほぼ毎日使用している。遊ぶためである。1人で乗るのがよい。エレべーターの中で、扉が開く直前まで変な顔をしてみる。開いた時、他の住人が立っているかもしれないので、開きかけた気配を察知したら直ちに普通の顔に戻す。どれだけ開くギリギリまで変な顔を続けられるかというチキンレース的な遊戯。他人に目撃されれば死(社会的な)が待つというスリルもある。同系の遊戯「マスク着用時、マスク内の鼻と口のみで変な顔をしたまま誰かと会う」は、この季節オススメである。
2006/03/04(土)

見えない者達

若者5人が、廃屋にきもだめしに出かけた。古い洋館は、いかにもな妖気をたぎらせていたが、怖い物知らずの彼等は迷わず扉に手をかけた。その時、背後から1人の老人が声をかけた。
「よせ…この屋敷には目に見えない者達がウヨウヨしている。命を落とすぞ」
だが若者達はひるまない。
「幽霊なんか信じない。寝ボケた爺さんなんかほっといて行こうぜ」
5人は中へ入って行った。そして、2度と出ては来なかった。翌朝、老人が様子を見に行くと5人は既に死亡していた。
「気の毒に…」
老人は涙をぬぐおうとしてウイルス防護服を着ていた事を思い出し、手を降ろした。
2006/03/07(火)

リロード

彼はその暗闇を愛していたわけであって、そこから出るなど考えたことも無かった。未知なる外が怖いから?いや、そんな事は無い。外の事はもう知っている。あんな場所はもう御免だからこそ、ココへ来たのだから。そもそもココからまた外に行かなくてはならないなんて、聞いてない。ココが外と繋がった場所である事すら彼は今になるまで知らなかった。騙された…彼は思った。悔しさと悲しさで自然と涙が溢れ、彼は泣きじゃくった。やめてくれ!またやり直しなのか!?
     
医者「元気な男の子です」
女「ええ…亡くなった彼の生まれ変わりと思って可愛がりますわ…」
2006/03/10(金)

放屁について。

尾籠な話で恐縮だが、放屁をするならば、やはり野外が良いと思う。それも車が走行する道路に面した地点で行うのが望ましい。車の通過に伴う空気のカクハンによって臭いが拡散し、走行音と屁の周波数の近似により音もごまかせるからだ。
だが注意すべき点も在る。道路に沿った歩行通路で行う際、車の進行方向が放屁者の進行方向と同じであるか否かに留意してもらいたい。もし放屁者の進行方向と、車の進行方向が逆向きであった場合、これは車の排気によって屁が放屁者の前面に向かって拡がり、放屁者とその同伴者に甚大な被害を与える結果となるからである。
2006/03/11(土)

蜘蛛

ある娘が散歩中、道端の草に巣くう蜘蛛に声をかけられた。
蜘蛛「オイお前、人間、ちょっとイイか」
娘「何よ」
蜘蛛「お前の身体に巣を張りたい」
娘「かまわないけど、何故そんなことを」
蜘蛛「おれは美食家なんだ。人間に集まってくる虫を食べてみたい」
それから娘は蜘蛛に巣くわれたまま健やかに成長し、大企業の御曹子と婚約するに至った。父親は涙を浮かべながら言った。
父親「よくこれまで悪い虫も付かずに、親孝行に育ってくれた」
娘「…そうね…」
不良、ヤクザ、才能なき若手アーティスト、ジゴロ、浮気性の男、悪友…全て蜘蛛の腹の中、とは言えなかった。
2006/03/12(日)

サク○ヤ

滅多な事は無いと思うが、念のため1文字伏せて表記するが、「安さ爆発!みんなのサ○ラヤ」というテレビCMがある。見る度に、安さが爆発したのか…と思う。いや、私とて成人であるからしてそうゆう意味で無いという事ぐらいは承知している。だがなお、心の奥底では
「今日午後未明、サク○ヤ本店において、安さが爆発、炎上し、来店していた客200名が重軽症をおいました。警察では、2階喫煙所での煙草の火が、置いてあった安さに引火した事が原因と見て捜査を進めています」
…などという妄想が溢れ出し、かつそれを止めることができない自分がいる。

※注:2010年に全店舗閉店した有名家電量販店のCMのことです。まさかなくなるとはこの時は夢にも思っていませんでした。

2006/03/13(月)

パトカー

パトカーが気になる。もといパトカーによく驚く。別に悪いことをしているわけではないし、子供特有の無条件の警察恐怖症がまだ残っている無邪気な大人という訳でもない。
パトカーを目にすると、いつも最初の一瞬、トランク開いたまま走ってるように見えて驚くのである。
何故かはよく分からない。形状の問題だろうか。そんなにじっと観察する前に既にパトカーは走り去っている。パトカーを見る度に「うわッ!トランク開いてるよ!開いてるよ!」と叫ぶ自分をどうにかしたいのである。
多忙のため、本日はこれにて了。
2006/03/14(火)

義足

義足作りの技術者のもとに1人の男がやってきた。
男「両足を失ってしまったのです」
技術者「義足を作りたいのですね。患部を見せて下さい」
彼の足のあったはずの場所には煙のようなものがモヤモヤと漂っていた。
技術者「貴方まさか…」
男「すみません…やっぱり幽霊に足を作るなんて無理ですよね…」
技術者「まあ、いいです。やってみます」
数日後、技術者は義足を作り、それを道路の真ん中に放置した。車に轢かれた義足は粉々…
男「折角の義足を何故!」
技術者「イイんですよ…ホラ」
透き通った義足の幽霊が、男のもとに自分で歩いて来た。
2006/03/15(水)

ハトのマメ

ハトのクチバシの付け根に、チョコナンと付いている鼻。子供の頃ずっと、あれを「鳩のマメ」だと思っていた。
慣用句で「鳩が豆鉄砲くらったような顔をして」というが、クチバシにマメが付いている鳩は豆鉄砲とやらで撃たれてマメが付いてしまった鳩なのだと思っていた。公園で、どの鳩にもマメが付いているのを見た幼少期の私は「誰なんだ…こんなにたくさんの鳩を次々に豆鉄砲で撃った奴は」と心を痛めたものである。
むろん今は間違いに気付いている。が、公園で鳩にエサの豆を与えている老婆など目にすると、やはり今だに「マメならもう顔に付いているではないか」と思ってしまう。
2006/03/16(木)

背中の者

産まれた時から彼の背中には、他人には見えないナニモノかが憑いていた。そのモノは彼の人生と共に在り、事あるごとに彼にこう囁いた。
「おい、まだ人生が嫌にならないか」
彼はモノの言葉を無視し続けた。やがて彼は成長しプロボクサーとなった。順風満帆に見えた彼だったが、1度の八百長試合をきっかけにクスリに溺れ、堕ちていき、ついに背中のモノの問いに答えた。
「嫌になった」
モノがニヤリと頷くと、背中合わせに彼とモノとが反転して入れ代わり、モノが彼に、彼がモノへと交代した。モノは好き放題の人生を歩み始めた。そして彼は、モノの背中で再び交代の時を待っているという。
2006/03/17(金)

ハルオ君

女は手痛い失恋をした。男には本命が別に居たのである。自宅で睡眠薬を片手に、死のうかな…と考えていた矢先、ドアチャイムが鳴った。
「誰?」
「僕だよ」
子供の声だった。瞬間、女の記憶が甦る。小学校の頃、隣の席だったハルオ君だ…。ハルオ君は地味な子供だった。だが女は彼の秘密を聞かされていた。将来の夢はオモチャ屋さんではなく「悪の華」だという秘密を。席替えの日、ハルオ君が囁いた言葉を女は忘れない。
「君はコッチ側の人間だ、いつか迎えに行くよ」
女はドアを開けた。子供のままのハルオ君が女に包丁を渡し、笑って言った。
「おまたせ。さあ、あの男を殺しに行こう」
女は頷いた。
2006/03/18(土)

でっかいストーカー

剣士が居た。鬼や竜、或いは魔王の手下を斬るような者だった。ある日、平生通り魔物を斬った彼がふと上空を見上げると、ポツリと黒い板が浮かんでいた。鎖を投げ、板を引き寄せると文字が書いてある。奇妙な事にその内容は先刻の自分の行動そのままだった。何者かが俺の行動を監視し記録している…え、ストーカー?だが板は上空にあった。ストーカーは上空から俺を見ているのか?神が己をストーキングしているとでも?彼は再び板を眺めた。
「ゆうしゃはスライムをたおした!」
何だか急に世界が嘘臭く見えて来て、彼は虚しくも板に唾を吐いてその何者かにわずかに抵抗を試みたことだった。

※注:これをもとにして書いたのが、「RとP、そしてG」という初めての長編です。

2006/03/20(月)

春嵐

都とて言ふに及ばぬ我が多摩やうやう暖かくなりける折、春嵐吹きすさびけるをうらぶれて煙草など喫みつつ眺めたるが、覚えある色の布、目前はばたきけり。
しかと見るに、是まさに洗濯しける我が一張羅なる柄物シャツ也。あなやと臥せるも時既に遅し、我がシャツ隣家の屋根へハラリ舞い降りぬ。
怪しきこと承知で、いみじくも釣竿持ちて隣家の庭に忍ぶるや、嗚々、神仏我を見捨て給ふかな、隣家の主サッシ窓より覗きて「何ぞ」と問いける。我、汗ばみて「尊宅の屋根にシャツ乗りけるを許可無くして奪還せんと…エト、アノ…スイマセンでした」と言うや再び春嵐襲い来て、あはれシャツ地に落ちけり。
2006/03/22(水)

終焉はマッハの速さ

男が死んだ。彼は死後、人は肉体から抜け出して魂のみの存在になると信じていて、事実、彼はそうなった。そして魂となった彼の目の前に現れたのは、白い羽根を生やした者。
男「ではアナタは、天使…」
天使「そうとも言うね。さあ行きますよ」
天使は男を背中側から抱えると、戦闘機のような恐るべき速度で飛行した。
男「チョ…速すぎッ!…ませんか~!」
天使「いやいや、何言ってんのアナタ。ハイ、じゃあ行きますよ~…はいッ」
天使は手を離した。男の魂はそのスピードのまま神秘的な何かに叩きつけられ、粉々に砕けた。こうして彼は肉体も魂も、完全に消滅した。
2006/03/23(木)

一寸の虫にも五分の魂…これによると、体長約3cm(一寸)の虫の魂量はヒトの魂量を基準にした時の五分(5%)であるらしい。そこで、ヒト1人の魂量に相当する様々な大きさの虫の数を測定してみた。
・ゴマダラカミキリ(3cm)なら約20匹でヒト1人分。
・オカダンゴムシ(1cm)なら約60匹。
・オニヤンマ(10cm)だと約6匹。
・アカイエカ(0.55cm)なら約109匹。
・オオゲジ(4cm)約15匹。
・トビイロケアリ(0.3cm)では約200匹。
2006/03/24(金)

ループ

捜査官は政府の密命で、ある男を探していた。理由は秘密。見つけても決して脅かさず、あくまでもそっと連れて来るのだと通達されていた。
そして捜査官は男を見つけた。男は眠っていた。捜査官が眠れる男を上官のもとに連れて行くと、男は目隠しをされ防音無菌の部屋に静かに寝かされた。
捜査官「彼は何者ですか?」
上官「重要人物だ。絶対に彼を起こすな」
だが男は目覚めた。その途端、捜査官も上官も、犬も猫もホワイトハウスも、全てが掻き消えた。世界は彼の夢に過ぎなかった。
目覚めた男「しまった、捜査中なのに眠ってしまった。ある男を探さなくては…」
2006/03/26(日)

対岸の英雄

舞台は時代劇に出てくるような町。ある宿屋の主人が原因不明の病で死に、化け物の祟りだと噂がたった。宿屋の女将は、その宿屋に泊まっていた侍に化け物退治を頼んだ。侍は天井裏に潜んでいた妖蜘蛛を、唾の付いた刀で一太刀に斬り伏せた。
問題はその後。侍が宿から出ると何やら怪しい気配。「何奴だッ」問うと、影のように黒いソイツが姿を現した。「アンタと同じ正義の味方さ。ただし、こちら側の世界の」ソイツはそう告げると抜く手も見せずに侍を一刀両断。横に控えていた女郎蜘蛛が言った。「ああ…これで濡れぎぬを着せられて斬られた夫も成仏できましょう」
2006/03/27(月)

或る問答

臨終の男、神に問う。
男「ああ神様、あなたは一体何故私をお創りになったのですか?教えて下さい!私の人生は何かの役に立ったのでしょうか?」
神「…ねえ君、バクテリアに、バクテリアが水の浄化をしている事を理解させられる?」
男「それは…できません」
神「僕もできない。だからあきらめて」
男「そんな…」
神「困るなァ、人間は人間の中での存在意義を見つけたがるからなァ。それはもう小さすぎて僕には見えない領域のものだよ」
男「…神様は全知全能じゃないんですね」
神「当たり前じゃない。僕だってあるものから見れば一介のバクテリアに過ぎないんだぜ」
2006/03/28(火)

ぬけがら

風が吹いた。瞬間、彼の魂は何処かに吹き飛んで無くなってしまった。残された彼の肉体は途方にくれた。
「困ったなァ」
魂なくとも思考はできる。脳髄も肉体の一部なのだ。ともかく肉体は「この事を他人に知られてはならない」と考えた。何故って、普通は魂が無いのは死人だからだ。死人扱いされればマンションも追い出されるだろうし仕事もクビになるだろう。ホームレスになってしまう。肉体は職も住処も失った自分を想像して、悲しくなった。魂がなくとも感情はある。感情を司るのは脳髄だからだ…
「…って、あれ…?」
肉体は自分が何を失くしたのか解らなくなって来た。
2006/03/29(水)

カウント

ある科学者の家のポストに差出人不明の封筒が一通入っていた。切手は貼られていない。中身は「9999」と書かれた紙1枚。
…何だコレ。
気にはなったが、科学者は自分の研究で忙しかった。彼は10年後、タイムマシンを作り上げた。早速、彼は10年前へと旅立った。もう彼にはあの数字の手紙が何だかわかっていた。彼は「10000」と書いた紙を封筒に入れ、10年前の自分の家に投函して帰って来た。
翌日、10年前の彼はポストをのぞいた。
…何だコレ。
その10年後に彼はタイムマシンを作り上げる事になる。そしておそらく彼は10年前に行き、自分に手紙を贈る。
「10001」
と書いて。
2006/03/30(木)

彼岸

…彼岸。死者が帰って来る日と言われる。
少女はその日、大好きな祖父と逢えるものだと信じていた。墓には新しい花が供えられていた。祖父の好きな菊。
あとは、じいじが来てくれるのを待つだけだね!
少女は母親に言った。母親は、そうねェ来るといいわねと苦笑した。
…夕方。足音がした。少女には祖父の姿がはっきりと見えた。
「じいじだ!」
母親の制止もふりきって、少女は祖父のもとへ駆け寄った。
…ゴトン、と墓石が動いたのを見たような気がした。そして次の瞬間にはもう、老人は、骨壷から勢いよく飛び出した少女の遺骨を全身に浴びていた。
2006/03/31(金)

交流

宇宙研究所が、ある惑星からの謎の電波をキャッチした。科学者達は、知的生物からの交信の可能性が考えられるとして、調査員を乗せたロケットを打ち上げた。
調査報告:「目的の惑星に到着。とても殺風景だ。数種類の鉱物で構成されるジャリが地表を覆っている。残念ながら例の電波はこの鉱物から発せられており、自然的なモノと思われる。また、ジャリの中に小さな虫が生息するばかりで、建物や高等生物らしきモノも見当たらない」
実のところジャリだと思ったモノは建物で、虫だと思ったモノは人間だったのだが、残念な事に調査員は地球人の存在に気付かぬままケパ星に帰ってしまった。
2006/04/01(土)

仙人レポート

仙人は霧や霞(かすみ)を食物とする霊長類である。人類と非常に類似しているため、その分布や個体数の把握は困難であった。だが今回、鼻糞大学研究チームが地道な努力で10000匹分のデータを集め、新たな事実を突き止めた。
仙人は霧や霞の確認数が多い山岳に生息しているものとされていたが、調査の結果そうではなく、山岳地域では仙人の個体数が少ないために、食べ残された霧や霞が確認されやすいだけであると判明した。むしろ都市部にこそ仙人は多数存在し、霧や霞を大量消費していたのだ。つまり、今や霊長類の5人に1人が仙人という1億総仙人時代に突入した訳である。
2006/04/02(日)

メモリー

ある男が事故に遭い、記憶を一部喪失した。だが幸い彼は1台のロボットを所有していた。男の個人情報をインプットされ、家事やスケジュール管理を任されていたロボットだった。男はロボットのサポートのお陰で徐々に社会に復帰していった。
ある日男がTVを見ていると隣で突然、ロボットが壊れた。中枢が焼き切れ、もう使い物にならなかった。廃品に出す前に、男はインプットされていた個人データをダウンロードした。その中に、先程TVで自殺したと報道されていた女の写真が含まれていた。付加データは「恋人」とあった。男はロボットを抱いて泣いた。
「ああ…お前は俺の代わりに悲しんで壊れたんだな」
2006/04/03(月)

自分探し

やっとのことで男は、TSUTAYAの便所に潜んでいた右手と、スタバでスコーンを食していた唇を見つけた。
…これであとは左足を捜すだけだ。だがそもそも何でこんな事に?俺は自分探しをしたかったんだ。好きな事ややりたい事を見つけたかったのに。こんなのは自分探しじゃない…
その時、頭上で声がした。
「では俺はお前ではないと言うのだな」
電柱の上から男を見おろすのは、件の左足。
「ならば自我よ、永遠にお別れだ!」
そうして走る車のボンネットに飛び乗り、左足は去った。
残された男は。
クソッ!一生かけてもヤツを捜し出してやる!
人生の目的はもう決まっていた。
2006/04/04(火)

むくろ子

ハァ~イ☆アタシむくろ子。ゾンビだけどフッ素2中に通ってま-す。ゾンビだから喋れないし時々ウガーってなっちゃうけどクラスでは結構人気者なんだヨ。
こないだも給食のカレーの中にアタシの目玉が落ちちゃって、みんな大爆笑!アチャーやっちゃった!照れ隠しにかじった大好きなハト山くんの鼻オイシイ!
得意な科目は歴史かな?アタシって教室に入って来た犬によくなつかれるの。でも犬に肋骨をとられちゃった時は担任の妻武器先生にこっぴどく叱られちゃったケドね。失敗失敗。
落ち込む事もあるけれどアタシはやっぱりクラスのみんながだ~いすき。クラスのみんなの肉がだ~いすき☆
2006/04/05(水)

それは流れ込む

最愛の恋人を病気で亡くしてしまった男がいた。病室で顔に布をかけられた恋人のなきがらを前にして、男は空虚だった。あまりの悲しみで心がカラッポになってしまったのだ。
一方、同じ病室のカーテン1枚の仕切りの向こう側には生まれながらに身体が動かない女がいた。女は目しか動かせない。それは覚醒したまま昏睡しているようなもので、言ってみれば女には身体が無かった。
カーテンは閉じたまま。それはカラッポの男の身体に流れ込んだ。真空の瓶を見つけた空気が勢い良くそこに入り込むように、とても自然なことだった。
男は席を立った。女のようにしなやかに。
2006/04/06(木)

三ッ眼

三ッ眼は3つの目を持っていた。だが困ったことに、三ッ眼の思い通りになるのは3つのうちのランダムな1つだけで、残り2つはてんでバラバラに動くのである。視覚の問題だけでなく、感情も3個中1つの目にしかあらわせない。ゆえに三ッ眼は社交が苦手で口下手だった。
だが彼には友人が1人だけいた。変わった女で、三ッ眼の気持ちがどの目に出ているか正確に当てた。
ある日、女は言った。
「アタシの事どう思ってる?」
すると、三ッ眼の3つの目はクルクル回り、チーンと音を立て右から順に止まった。目は揃っていた。今、三ッ眼の口からはスロットのコインのように、恋が溢れ出ようとしていた。
2006/04/07(金)

CANADIAN

「CANADIAN WILD LIFE」なのである。
カナダ風野生生活。巨熊グリズリーや鹿、それから雄大な山脈などを背に、いましがた釣ったシャケを豪快に料理したりする…そういう生活のことと思われる。
そんなCANADIAN WILD LIFEだが今は、これから出かけようとしている父の着ている服になど書かれてしまっている。そではぼろぼろだ。そうゆうの気にしないのもワイルドライフならでは。
父56歳、カナダ訪問経験無し、職業・教師、これからコンビニにカキピーを買いに行く所だがCANADIAN WILD LIFEなのである。
着ている本人からは読みづらいのか、「カナディアン何だ、ワイルダーか」などと言われてしまったが。
2006/04/08(土)

野馬狩り

保健所職員・佐古田順三は怒っていた。そもそも彼が野馬狩りをしなくてはならないのは、アホなマニアがアホなぺット業者から、飼えもしない馬を買って逃がすからなのだ。
「それなのにあのクソ上司は、ぺット業界と仲良くしくさってェエ!」
気合い一発、目前の8本足の馬に向けて麻酔銃を発射。佐古田はコロリと眠った馬を抱えて上司の家へコッソリ置いてきた。
「ザマミロ」
少しだけスッとした。だがそれも長くは続かなかった。夜空にはまたぺットショップのロケットが飛んでいる。今度はどの星から生物をかっさらって来たのか。彼は毒づいた。
「UMA(未確認生物)なんか売る奴も買う奴もクソッタレだ畜生…」

※注:このお話をもとにしてできたのが長編「ワイルドヘヴン」の佐古田というキャラクターです。

2006/04/09(日)

ごくどうドリル

●めんちをきる。
下の図を見つめて練習してみよう。

 <●> <●>

慣れてきたら繁華街などでためしてみよう。
●すごんでみる。
大きな声で「どこのもんじゃわれえ」と言ってみよう。慣れてきたら繁華街などで試してみよう。
☆実験コーナー☆
すごむ前とすごんだ後でどんな違いがみられるかな?色々なものにすごんで実験してみよう。
●アサガオの種(昼と夜では反応に違いはあるかな?)
●ちっ素(酸素が混入しないようにすごもう)
●BTB溶液(色が変わるまですごんでみよう)
●布(模様による反応の違いも調べてみよう)

  年  組 名前
2006/04/10(月)

部品

機械しか愛せない男は知らなかった。彼を愛する女がいる事を。
機械しか愛せない男は知らなかった。彼を愛するあまり、女が自ら機械の部品になった事を。
商人「お客さん、今日はイイのが入っていますよ。電子頭脳に高品質の生物神経を使った上物ですよ」
男「なるほど確かに上物だが型が良くない。今日はこっちのロボットを買うよ。これも生物神経モノには違いないだろう?」
機械しか愛せない男は知らなかったが…とにかく、女は選ばれた。
2006/04/12(水)

かっぱ

漁師の網に、カッパが掛かった。可哀相に思い、連れ帰って介抱した。
「済まない事をした。欲しいものはあるか」
「気にしないでくれ。俺は老いてしまった。もうどのみち寿命なのだ…」
ふと、カッパは部屋の隅に目を止めた。
「アレは何だ、カッパの皿か」
「いいや、レコードと言う物で、音楽が聴けるのだ」
「音楽…」
カッパは言った。
「漁師…この俺の頭の皿で音楽は聴けないものかな」
漁師はカッパの皿をプレイヤーに乗せてみた。ピッタリだった。レコード針が通るミゾまである。再生スイッチを押すと、混沌とした、けれども優しい音が溢れ出した。
「アア…河だ」
カッパはそう呟いたきり、目を閉じた。
2006/04/13(木)

曖昧国

その国では人々は皆どこか似ていて、誰が誰だか明確でない。毎日誰かの家で何人か集まって楽しいのか定かでないパーティーを続けている。その明かりで夜も明るく、昼夜の区別も曖昧。男も女も不明瞭、かまわず誰とでも情事を行う。そんな国だった。
そこに旅人が訪れた。彼は人々に尋ねた。
「食料はどうしているのです」
誰に聞いても同じ。
「誰かがどこかで作ってくれてるさ」
だがどこにも畑は無い。
旅人がそれに気付いた瞬間に、全ての生命は死に絶え、腐敗し骨と化した。曖昧だった生と死が今、旅人によって死と断定されてしまったのである。
2006/04/14(金)

長い糸

「運命の赤い糸」が見えてしまう女がいた。身近な異性と結ばれている者。同性と結ばれている者。色々見えたが女自身の小指から延びる糸は空へと続いていた。女は、自分には死ぬまで運命の男は現れないのだ、と泣いた。
ある日女はUFOにさらわれた。UFOは一種の食肉業者で女以外にも色々な惑星の生物が捕らえられていた。女の入れられた檻にも先客がいて、それは大きなカッパのような生物だった。
女と生物は身振り手振りで何とか会話を成立させ、UFOから脱出する為の相談をした。
成功の可能性は低い。だが恐怖は無かった。2匹の小指は赤い糸で繋がっているのだから。
2006/04/15(土)

人間さん

アホな微生物がいた。彼は体の大きな先輩微生物のマネをして長い棒を飲み込んでしまい、セキツイのある魚になってしまった。
魚の彼は、泳ぎがへタなくせにプライドだけは高く、嘲笑の届かない陸上に逃げ出した。
それでトカゲになったものの貧弱な肉体を隠したくて、体に毛を生やして鳥になろうと卵に入ったはイイが外の世界が怖くて母親の胎内で孵化する始末。小さな哺乳類となってしまった。
コレはなかなか具合が良い。欲が出た彼は体を大きくして猿になり、危険な遊びをする自分に酔って、ついに火まで使い出した。
そして今、人間さんはこう呟く。
何やってんだろオレ…
2006/04/16(日)

ピアス

学者がいた。随分歳下の、少女のような女と同棲していた。学者は変わり者で、古風な男だった。女は若く無知だったが学者を愛していたから、彼の理想とする古風な女になろうと努めた。
ところが交通事故で女は死んでしまった。学者は毎日縁側で、古風な庭を眺めながら、悲しんだ。
ある日、庭の柳の下に女の幽霊が佇んでいた。それは白装束に角隠し、とても古風な幽霊姿だった。
「馬鹿だね君は、死んでまでそんなコスプレまでして…だけどやはり幽霊に柳は良く似合う。わかってるじゃないか」
褒められた幽霊があまり可愛く笑うので、学者はピアスを注意できなかった。
2006/04/17(月)

こうもりの味方

鳥とけものが戦争をした。2つの種族の間をふらふら行ったり来たりしていた日和見主義のコウモリは、鳥からもけものからも仲間はずれにされた揚句、眼まで潰され、今では洞窟で泣き暮らしている…という話がある。
だがある日、彼を訪ねる者があった。
「おいコウモリ…お前、鳥にもけものにも相手にされなくなったんだってなあ」
「…誰だか知らないが帰ってくれ…俺はもう誰とも交流しないと決めたのだ」
「なあ…お前、本当は鳥もけものも憎めなかっただけなんだろう?」
「…」
「辛かったのだなコウモリよ、俺はお前の味方だ…」
「…君…名前は…?」
「カモノハシ。」
2006/04/21(金)

15世

彼はアルセーヌ・ルパン15世。代々続く怪盗の血筋。盗みのテクは超一流。レトロなムードのロケットで、宇宙を股にかけた窃盗団のボス。
その日の彼が盗んだモノは、エケメア星のゲートリング。くぐれば時間を楽々越える。15世は15人の部下を連れてリングをくぐって過去の世界へ。
悠久の時を隔てたフランス。偉大なるルパン・ザ・1世。その目の前に突如あらわる軍団。その数総勢16人。リーダー格の男が言った。
「僕は貴方の子孫です」
だが信じてもらえない。なにせルパンの一族は異人の女が大好きで、3世で既に日本の血脈。15世ともなるならば、レグ星、ぺラ星、ルクセナ星、色々混ざって完全に、地球人には見えないのだから。
2006/04/22(土)

二進法の恋

博士「お前がいくら利口でも、人間の恋心は理解できまい」
53号「それを言うならば、僕らロボットの恋心も人間は理解できませんよ」
博士「まさか、ロボットが恋をするものか」
53号「僕は数をカウントする時にはいつだって叶わぬ恋をしているのです」
博士「何だって?」
53号「1か0かの2進法の世界に生きる僕らは、"2"という数字に叶わぬ恋をしています。ねえ博士、1と1が融合して同時に存在するというのは、それはとても素敵な事だ…それを願って新たな1をカウントしても、古い1は新しい1と融合せず隣の位に逃げてしまう。僕はでも、だからこそまた新たな1を加えざるを得ない」
2006/04/23(日)

男が、森へ狩りに出かけた。声はすれどもなかなか、鳥も獣も姿を現さない。
とりあえずメシにするか、と弁当を広げた。
男がそれを貧り喰っていると、目の前に茶色い影。
鹿だ。男はすかさず銃を構える。ところがにわかに空が暗くなった。訝しんで見上げると、飛んでる飛んでる。巨大なあれは…七面鳥。しかも丸焼き。首が無い。
「ウワアアーッ!」
バッサバッサと近づいた奴は鹿をわしづかみ。鹿、絶命。男は失禁。その目の前を悠然と飛び去る丸焼き、王者の風格。
呆然とする男の足元の弁当箱から、チュンチュンと。愛妻作の唐揚げが、丸焼きを追って次々に飛び立った。
2006/04/25(火)

厚意

UFOがやってきた。地球人達は半ばパニックで、全世界に中継されるその映像をただ見守った。やがて5人の宇宙人が降りて来た。手に持っている怪しい物体は武器ではない。楽器だった。5人は地球に無い音楽を奏でた。少しだけジャズのような雰囲気の、とても心地の良い曲。それを聴いた地球人は眠ってしまった。人だけでなく動物、植物、全ての生命が眠りに落ちた。
やがてUFOは眠った地球を後に飛び去った。だが宇宙人の1人は窓辺で、段々離れていく地球をずっと見ていた。
「おやすみ地球」
眠ったままの地球に巨大な隕石が衝突した。それは幸せな最後と言えた。
2006/04/26(水)

召喚魔法

俺はモンスタアやドラゴンなど倒して生活する類の剣士である。俺には仲間の魔法使いがいる。だがこれがどうも妙な女で、召喚魔法とやらを専門としているらしいのだが、とにかく怪しい。召喚魔法とは魔法陣から、呪文で妖精や地霊を呼び出すのが普通ではないのか。
それをこの女は魔法陣に箱(?)を紐で繋ぎ、その箱を何かコチャコチャとやって呪文の代わりとするのである。それが極めてトロい。
先日も目前に敵が迫っていたのに、女ときたら「サーバーが混んでる」だの「今検索してる」だのほざいて中々呼び出さない。頭にくるが、女の呼び出すモノは確かに、常に的確で便利なのである。
2006/04/27(木)

切り身

孤独な男がいた。男は淋しさのあまり、自らの心を切り分けた。そしてその切り身を友として生きる事にした。
切り身は彼を客観視し、なおかつ理解もしてくれる。時には厳しい意見を提示してくることもあった。心の友たる切り身と共に生きる事で、男は仕事もうまくいくようになった。
ある人はそれを多重人格症状だと言い、ある人は神だと言う。
共に正解。切り身は確かに男の分身だが、男とは別の人格だ。そして神のように物理的身体を持たない。
ただ、それらと違って切り身は誰にでも見えるのだ。紙、或いはパソコン上で。
そう、男は作家だった。切り身は主人公とも呼ばれる。
2006/04/28(金)

からかさ

霧雨。女が1人、無人駅の前で雨宿りをしている。タクシーが来る気配は無く、女は小さな溜息をつく。
と、足元からコンと音がした。見ると、傘が1本。柄を下にして地面から垂直に立っている。コンビニで見かけるビニールの傘だ。
その傘が言った。
「…使え」
女が呆気にとられていると傘はイライラしたようにコンコンと柄で地面を叩いた。
「早くしろ」
「ハ、ハイ…」
女はぺコリとお辞儀をして傘をさし、家路を急いだ。玄関の軒下に入ると、傘は言った。
「着いたのか」
「ハイ」
「濡れなかったか」
「ハイ、どうも有難うございました」
「良し」
そう言うと傘はバラバラに壊れた。現代のカラカサ妖怪は、脆い。

※注:この当時、ビニール傘はかなりもろいものが多かった印象でした。

2006/04/30(日)

不在

人間「もしもしちょっと、そちら神様の事務所ですよねえ!もう今、地上ひどいことになってるんですけど!」
秘書「神はただ今、出張中です。おかけ直し下さい」
人間「はあ?出張!?困るよ~事情わかってよ」
秘書「では帰り次第折り返しお電話おかけします」
人間「頼むよ」
秘書「お帰りなさいませ。お取り引き先からお電話がございましたよ」
神「誰から?」
秘書「人間、とか申しておりました」
神「…誰それ、知らない」
秘書「今調べてみます」
神「え~?全然、話した事もないと思うよ」
秘書「ああ…神様が出張に出られてる間に生まれた生物でした」
2006/05/01(月)

ニルバーナ

涅槃(ニルバーナ)という言葉がある。炎の消滅を意味する仏教語で、煩悩の炎が消え、静かな悟りの境地に達した状態を指す。
先日、居酒屋にて学生の合コンと思しき団体と隣り合わせたのだが、そのうちの1人の男の着ているTシャーツに書かれていたのである。
涅槃~ニルバーナ~ と。
和テイストのファッションというやつだ。袖口には炎のデザイン。炎消えてないじゃんと叫びたくなるのを抑える私、男を観察。
男はバハハと笑い、酒を呑み、巻き毛の女の髪など触ろうとして失敗。
ああそれでも男の胸の涅槃の文字は静謐と、じっと耐え、ただそこに在る訳で。言葉そのものの純粋さ、さみしさよ。
2006/05/02(火)

山神様

生い茂る木々。立ち入る近隣住民は皆無。そんな東京郊外のとある山に男が1人。枝を掻き分け必死の形相。強盗をやらかして逃げて来たのだ。
山頂辺りに着くと男は鞄の中の札束を数え、ニンマリ。
イエイこれだけありゃ何でも揃うぜ。
と、そこに一陣の風。男の金はヒュウと吹き飛ぶ。
ああ俺の金が。
追い掛けようとした男に羽虫が群がる。思わず顔を覆う男。足元に狸のアタック。ドウと倒れ伏した男めがけて烏そして雀蜂の群、群。やがて男は絶命した。
男から奪った金を持って山神様は園芸ショップに直行。
イエイ腐葉土、コナラの苗、樹木栄養剤、これだけありゃ何でも揃うぜ。
2006/05/03(水)

自分の亡霊

半年前。男は女に「もう愛せない」と別れを告げられた。
そして今日。駅の雑踏の中で男は女を見かけた。声をかけそびれた。女は別の男と一緒だったのだ。そして2人が電車に乗って目の前を通過していく瞬間、男は「別の男」の顔をハッキリと見た。
あれは俺ではないか。
男は電車に手をのばす。
ーーー虚無。
再び半年前。別れた翌日。
声「お前は飛び込み自殺をし、今、死ぬ所だ。最後に何か望みはあるか」
…やり直したい。女ともう1度。
声「可能だが、それはもう今のお前とは別の運命のお前だ。それでもいいか」
…構わない。
声「ではそれを見届けさせてやる」
2006/05/04(木)

略文学

近年。W杯やらBLTサンドやら、様々な言葉が英字で略されている。若者の活字離れを防ぐ為、文学作品も略して若者に覚えやすくしてみてはどうか。以下幾つか例を挙げてみた。
●YれっちまったKしみに
●N草や TMどもが YのA
●働けど働けど、わがK、Lにならず、じっとTを見る
●Yがえる MるなIS Kにあり
●K食えば KがNN H隆寺
さらに、お馴染みの芭蕉の句「松島や ああ松島や 松島や」などは、
「MSY A MSY MSY」
と全て英字に置き換えても語呂がよい。これは流行るのではないか。
…いえ、ほんのJD(冗談)です。
2006/05/05(金)

青いケモノ

15歳になった頃から、彼の周りをケモノがうろつくようになった。青い、犬のような猫のようなケモノが。
けものは先ず、彼の友人達を襲った。彼は孤独になった。
次にケモノは学校の教師を襲った。彼は勉強ができなくなった。
次にケモノは彼自身を襲った。彼は、駆り立てられるように走り続けた。
走っていると、女が水をくれた。彼は女に恋をした。しばらく並んで走ったが、T字路で女は彼と逆の道を選んで去った。
そして彼がある日ふと振り向くと、ケモノはいなくなっていた。彼はようやく落ち着いて働き始めた。もうケモノの事は、その青さしか思い出せない。彼の青春は終わったのだ。
2006/05/06(土

ハイテンション、羽虫

近頃、まだ梅雨も到来してないというのに夏なみに気温の上がる日がある。
そんな日は羽虫どものテンションも上がっておるようで、夜になってもワァ~ンと大騒ぎの羽音がやまない。奴らは夏本番までにはすっかりへロへロになり、真の夏の到来には乗り遅れる事になるなど夢にも思わずヒャッホウ等とやっておる訳で。
中にはその勢いで窓から室内に入ってきてしまう者もいる。
しばらくは騒いでいるのだが突如はっと我にかえり、アレッ?ここどこ?マズイ所に来ちゃった?ヤべエ?と段々とローテンションになってきた所をはっしと手中に包み、再び外の狂宴へ離してやり、マヌケめと苦笑せし春の夜。
2006/05/07(日)

終わりのあと

つい今し方、死んだ男があった。彼は臨終に
「ああ、終わりだ」
などと呟いたが。それとて生き物時代の終わりなのであって、これから先は長い。死骸という物体としての彼の物語はまだ始まったばかりなのだ。
物体にとって、痕跡はすなわち生き物にとっての記憶である。今、彼が野良犬にかじられたその痕跡は、彼がもう少し死骸として成長を遂げれば、つまり腐食すればいずれ消えていく記憶である。
或いは運命的な誰かが彼を発見し、マトモに火葬にしてくれるという素敵な事件でも起これば、犬に噛まれた記憶など直ちに炭化。彼は焼けた骨に変身。イエイ、サクセス。
2006/05/08(月)

ワルツ

生まれた時から女は<それ>とワルツを踊っている。
アンドゥトロー、アンドゥトロー。
<それ>は言う。
君はとてもワルツが上手。
踊り続けて20年。ある日、女は唐突につまづく。愛した男に振られた事が気になって、上手にステップが踏めないのだ。女は、自然と<それ>のリードに引きずられる形になっていく。
君は今までとても上手に踊っていたのに。どうしたんだい?
問いかける<それ>に女は答えた。
もう、疲れたの。終わりにしましょう。
残念だな。まだまだ序盤なのに。
そう言われて女は、もう少し踊る事にした。
死。それとうまく踊れる者は、最後まで人生というワルツを楽しめる。
2006/05/09(火)

独立宣言

本日、俺は日本から独立した。国土は俺自身。独立移動国家・俺。
国王兼国民兼国土たる俺は現在、軽い経済制裁を受けて外貨を獲得する術なし。何度財布を覗いても、我が国の資産は563円。ふむ、煙草程度なら輸入できる。
我が国はコンビニに移動。無愛想な店員の対応に、国内では若干、開戦の論評が強まるが、穏健派の働きかけで店員に文句を言うのはやめた。
我が国が自販機でなくコンビニで煙草を輸入した理由は、この店員ではなく、棚を整理している方の女店員である。彼女は近年、我が国固有の領土である俺の心を侵略しつつある訳で、俺はぜひ友好条約を結びたいのである。
2006/05/10(水)

かわやのガンマン

連休中、とある観光地の汲み取り式公衆トイレの個室にて、私は1人のガンマンと化したのである。便器横に吊された、一丁の銃。その名は洗浄ガン。
トリガーを引くと、細く鋭い水流が噴出。凄い水圧。どうやらこの水圧で便器内の紙やウンコをブッ飛ばせという事らしい。
ジャッ!と1発。憎き使用済みちり紙を、汲み取りのブラックホールへ葬り去る。超クール。
厠のガンマンたる私は、私以前の人間が便器内に残した汚れまで、次々に撃ち落としていく。
気付くと10分が経過していた。駐車場で待っていた彼に
「ウンコしてたろ」
と言われた。便器の平和を守っていたガンマンに対して何という言い草だろう。

※注:洗浄ガンなどと呼ばれるもので、山のトイレなどでたまに採用されていました。

2006/05/11(木)

死に穴

人生は、落とし穴のボコボコあいた巨大な迷路をさ迷うがごとし。ポカリと開いた死という穴。落ちた事にすら気付かないような者もいれば、わざと落ちる者もいる。
さて、ここに1人の男。彼は自分の歩く道の先に死の穴があるかどうかが見えるという能力を持っていた。穴があれば別の道へ曲がるか引き返せばよい。男は上手く穴を避け続け、とても長く生きた。ところがある日、気付くと彼は四方を穴に囲まれていた。逃げ道は無く、自ら穴に落ちる気も無い。生きてはいるが一歩たりとも動けない、つまり植物人間のような状態だった。
今も穴のふちで彼は、誰かに背中を押されるのを待っている。
2006/05/12(金)

誰も知らない物語

風邪をひいた時、いつも感じるイメージのようなものは無いだろうか。
まず、視界に入る物体の、目に見えない粒子がイガイガした硬いモノに変わり、それで私はいつも「ああ風邪をひいてしまった」と気付く。
それで目を閉じても、その何も無い頭ん中の空間まで見えないイガイガでいっぱいなのだ。うわあたまらん、と私は頭ん中を整理整頓しようとするのだがいくら片付けても、すぐにイガイガで埋め尽くされる反復運動。もう整頓を諦めたいのだが整頓そのものを止める事もできなくて、ああ反復反復。その速度が上がれば熱も上がるのだ。
残念ながら、他人の共感を得たためし無し。

※注:これ、のちにSNS(Twitterこと現在のX。2006年当時、日本版はまだありませんでした)で共感してもらえて、自分の他にもいるんだ!と嬉しくなりました。

2006/05/13(土)

彼は犬を飼っていた。
このところ犬屋には、ずいぶんと様々な犬種が並ぶ。遠方の惑星から取り寄せた珍しい犬、交配して作られた新種の犬。それらは確かに美しい。ファッション的に犬を飼う輩には人気があるのだろう。
だが、やはり飼うなら地球の犬に限る、というのが彼の持論である。地味だが、地球の犬は感情が豊かで奥深い。
「おいで、ぺコ」
彼が呼ぶと、雌犬は喜んで駆け寄って来た。そして歩行には使用しない器用な2本の前足で、彼の青いウロコを優しく愛撫する。
ぺコの犬種はヒューマン。コロン星人による大開拓が始まる前、地球はヒューマン達の天国であったと聞く。
2006/05/14(日)

遺失物

ああ困った事になった。僕はアレをなくしてしまったのだ。
「アレ」って何かって?アレはアレだよ、ほら。
ああ言葉が出てこないな。よくあるんだ。先日も「切符」という言葉が出てこなくて、僕は「電車の券」という言葉を代用してその場を凌いだんだ。
あの時は本当に焦ったよ。取引先の社長さんと一緒にいた時だったからね。馬鹿だと思われただろうな。
まあ、確かに僕は馬鹿なんだろう。じゃなきゃ、こんな所でくすぶってやしない。昔は夢を持ってたんだけどなあ。僕は画家や作家になりたかったんだ。
え?で、結局何を無くしたのかって?
とりとめだよ、とりとめ。
2006/05/15(月)

色眼鏡

ラムネ菓子を包んでいる色とりどりのセロファンを、目に当ててみる遊び。
まずは赤いセロファン。
赤に染まった部屋の中。それは敵の攻撃を受けて破損した宇宙船を思わせ、私は思わず
「緊急事態!緊急事態!」
と叫びたくなる欲求を必死で堪える。
次にかざしてみたのは青いセロファン。
青は落ち着く。乱雑な我が部屋もどことなくアンニュイな雰囲気。脱ぎ散らしたシャツなど、仏映画のようでべリーお洒落。いかしてる。
そして最後に手に取ったのは黄色のセロファン。
おお、この黄色い世界…。
…部屋中におならが充満してるみたい。べリー臭そう。
2006/05/16(火)

幻覚世界

最近、男は気付いた。深酒で意識を失う寸前に見える幻覚が、いつだって同じ形をしている事に。
それは黄色く、提灯のような歪んだ球体。不規則に、有機的にゆらゆらと男の前を通過する。
ある時、男は戯れにそれに話しかけてみた。
「お前は何故、酩酊する俺の前に必ず現れるんだ?幻覚のくせに律義な奴だ」
すると球体は声ではない声でこう応えた。
「その言葉、そっくりそのまま返すよ、幻覚くん」
重なって存在する2つの世界。感覚も、理念も形も違うので、お互いに見えないし触れられない。たとえ2人が出会ったのだとしても、それは酒が見せた、幻覚。
2006/05/17(水)

アンパン汽車

デパートの屋上にあるチープなプレイランドをこよなく愛する私なのである。
ここ数ヵ月のお気に入りはアンパンマン汽車。百円硬貨を入れると動く乗り物の一種である。
最近のプレイランドは、乗り物自らが客寄せを行う。1人の客も居なくても、それは割れ鐘のような音で音楽を奏で、そして叫ぶ。
「楽しいアンパンマンの汽車だよ!僕らと一緒に冒険しよう」
「カレーパンマンも乗ってるぞ!この汽車はスンゴイぞ!」
その後、しばしの沈黙。音声を巻き戻しているのだ。その間、遠くのパチンコ屋の音や共産党の演説なんかが聞こえてきて…。
淋しい、でも明るい。でも諦めているような。
そこを愛している。
2006/05/18(木)

桃に関する記事

某日、某所に住む年配の男女2人組のうち、男性が山で芝刈り業務中に、女性が洗濯を目的として通う河川にて、新鮮な桃を入手。
男女がこの桃を試食しようとした際、内部に含まれていた男児を発見し、養育したところ、通常より早く成人し、和菓子を請求したのち男女の住居から逃走したもよう。
この桃から生まれた男性(年齢不明)は、離島に住む、頭部に不審なつのを生やした赤色の男性や青色の男性ら数人のグループに対し、犬や猿、新鮮なキジ肉などを使って体罰を加えた疑いを持たれている。
なお、赤色の男性らのグループは、所持していた金品を強奪された件についても追訴する方針。
2006/05/19(金)

空論悲劇

男は気付いてしまった。そして後悔した。しかしもはや、後悔も意味をなさない。
ただ、空虚。
男はそれまで、この世のすべてに意味があると思って生きて来た。しかし今、男は気付いてしまった。
「意味」そのものが人間が後世になって発明した無意味なものであるのだという事に。
意味が無意味なものであるなら、生きる事も死ぬ事も無意味なのだ。ただ、そうなるだけ。生きる意味のある世界など、大脳の考え出した幻だった。
男は意味のあるふりをして通りを歩いた。信号が赤に変わり、さも意味があるかのように立ち止まってみると、何故だか無意味に涙があふれた。
2006/05/20(土)

ヤマアラシのジレンマ

2匹のヤマアラシが互いに身体を温め合おうとするが、どうして近づき過ぎると針で傷つけ合う事になり、離れ過ぎると寒くて孤独。人間関係もまたしかりで、適度な距離というものがある。そういう話。
ヤマアラシA「腑に落ちないね」
ヤマアラシB「まったくだ」
ヤマアラシA「針、針って言うけどね、あれは毛なんだ。毛には流れというモノがある。つまりその流れをお互いに揃えて密接すれば傷つけ合う事は無いんだよ」
ヤマアラシB「…まあ、人間は体毛が退化してるから流れも読めないだろうが」
ヤマアラシA「僕らはそんなに阿呆じゃない」
失礼いたしました。人間関係も流れを読むのが大切、に改めさせて頂きます…。
2006/05/21(日)

ふわふわの…

ツイてない男がいた。仕事はクビになる、女には逃げられる、金も無くなり困り果てていたところ、自称霊能者に声をかけられた。
「あなた、悪魔に憑かれていますよ。お金はいらないから今すぐお祓いをしましょう」
彼にとり憑いているのは、真っ白でふわふわの悪魔だという。
確かに最近の彼は、常に何か柔らかいものに包まれているかのような気分で、いつまでも寝ていたいと思うのだった。そして、物事がうまくいかなくなる理由の全てはそこにあった。
だが、彼は霊能者の悪魔祓いを断った。ふわふわの白いものを憎む事などどうしてできるものか。飼うっつうの。
2006/05/22(月)

仮読み

私には読めない漢字が多くある。
読めるが書けない漢字も数限りなくあるのだが、読めさえすれば調べる事は充分可能であるからして、こっちの方はさほど困らない。しかしだ。
読めないものは勘で読みを想像して辞書を引くしかない訳で。これは非常に時間を要する上に、勘が当たらなければいつまでやっても無駄な場合すらある。必然的に読書中、読めない語が出現した際には、読みや意味を調べるのを後回しにして、仮の読み方をして読書を続けざるを得ない。
そういうわけで私は「マニア垂涎の逸品」を、マニアたれよだのいっぴん、などと読む羽目に陥るのである。
その度に悶死しそうになっている。
2006/05/23(火)

ファンタジー

伝説の剣を使う選ばれし勇者がいた。
魔物にさらわれた姫が居ると聞き、彼は呪われし塔へと踏み込んだ。
様々なモンスターが襲ってきたが、勇者は伝説の剣で次々に打ち倒し、ついに最上階までたどり着いた。
そして塔の主、大悪魔地獄皇帝だか何だかとの激しい戦いにも勝利。
奥の部屋で震えていた姫に彼は優しく声をかける。
「もう大丈夫」
姫は勇者のもとへ飛び込んで来た。
ズブリ。
勇者の心臓にナイフが深々と突き刺さる。
「な…なぜ?」
驚く勇者に姫は言った。
「あなた、悪い魔物が一方的にわたしをさらったと思ったの? 勝手な幻想(ファンタジー)であのひとを殺す前に、わたしの気持ちがどうなのか、聞いてくれたらよかった」
2006/05/24(水)

呪いのビデオ

ボロアパートで堕落した毎日を送る男がいた。男はひょんな事から「再生すればその部屋に居た者は全員霊に殺される」という凶悪な呪いのビデオを入手。
早速見てみると、得体の知れぬ女や古い井戸が映っていて何とも不気味。まさか本物か?などと呟いてふと振り向くと恐ろしい女の幽霊が佇んでいる。
わあ!と叫んで男は部屋から飛び出したが、何故か幽霊は追ってこない。恐る恐る自室に戻ると、
幽霊は、部屋中にわいたダニ・ゴキブリ・クモ・ハエなんかを1匹1匹呪い殺す無限の作業を必死に続けていた。で、男はバルサン片手に。
「手伝おうか」
幽霊はそれを聞いて顔を上げた。男はその所作を愛おしく思った。
2006/05/26(金)

お迎え

変幻自在で不老不死の身体を持つ宇宙人が、地球に探査機を飛ばした。
探査機はランダムに選んだ1人の若い男をマークし、地球人の生活を観察。その映像を宇宙人のもとへ送信した。
男は女と同棲していた。2人は愛し合っているようだ。しかし不死の宇宙人には愛の概念が理解できない。
宇宙人は女そっくりの姿に変身し、地球へ向かった。女になりすまし、男と、その愛とやらを試してみようと思ったのだ。
女の姿の宇宙人が到着すると、男は弱々しく微笑んで涙を流した。
そして絶命。老衰だった。地球までは遠いのだ。最新型UFOでも80年かかる。女も、とっくに死んでいた。
2006/05/27(土)

頭上の輪

無職の男は、公園のべンチに悲しい気分で座っていた。
ふと気配を感じて振り向くと、マヨネーズのパックをくわえたカラスが1羽。フタが開かなくて苦戦している。手を出すとカラスは驚いて飛び去ったが、男がフタを開けたマヨネーズを放置して待っているとすぐ戻って来た。
カラス「ありがとう。あんた、まるで天使のようだ」
男「誉め過ぎだよ、たかがマヨネーズのフタじゃないか」
カラス「でもあんた頭の上にキラキラした輪があるのだもの」
え。と見上げると男の頭上で陽の光を浴びた羽虫が1匹、円の軌道を描いてくるくる飛んでいた。カラスはその輪を愛おしそうに眺めている。
男はほんの少し、笑った。

※注:旧漫画置き場にある「ヒドラ町、過日」という漫画の元ネタの一部になりました。

2006/05/28(日)

ウルトラへブン

ウルトラへブンことウルトラマン・へブンはウルトラ兄弟の一員で、不慮の事故で既に死んでいるメンバーだ!
逆恨みで宇宙怪獣を呪い殺し、結果的に地球を守るぼくらのヒーロー!
この世で活躍できるのは1日3分だけ!3分たつと、さっきまでここに居たはずなのに姿が消えていて、へブンの座っていた後部座席のシートだけがぐっしょり濡れているぞ!
成仏するには100匹の敵怪獣のいけにえが必要だ!がんばれぼくらのへブン!
テレビをご覧の保護者様へおねがい:
ウルトラへブンのビデオ録画はおやめください!万が一録画してしまった場合は絶対に再生せず、神社等で適切に処分して下さい。
2006/05/29(月)

ねじれ

ひねくれた男がいた。偏屈を極めた彼の心は、ねじれにねじれ、人との交流も途絶えた。
だがある日。余りにねじれ過ぎた彼の心は、これ以上ねじれない所まで到達してしまった。そして、
ぶるるるん。
と音をたて、一気にもとに戻った。
ああ俺は何て馬鹿だったのだ。これからは花に水を、貧民にパンを、怒りに慈悲を、心に愛を!
そう誓った彼は、清々しい気分で往来をゆく。向かいから来る、暗い眼をした見知らぬ若者にも挨拶。
その途端、見知らぬ若者は果物ナイフを、ずぶり。男は刺された。
ねじり過ぎて疲弊した輪ゴムを伸ばしたら
ぷちん、
そんな風に、男の人生は唐突に切れた。
2006/05/30(火)

どぶどろの神様 1

世の中に神は大勢いる。そんな中にどぶどろの神という者があった。
彼は、森の民のための神でも砂漠の民のための神でもない。慈悲の神でもなければ怒れる神でもない。どぶどろの神は、駄目人間の神様なのであった。
他の神々は問うた。
「貴方は人間を善い方に導こうと思わないのか?」
どぶどろの神は薄汚れた顔を歪ませ、け。と笑った。
神達は彼を口々に罵った。役立たず!ゴミ!
どぶどろの神はそれでも、ひひ。と笑う。
そう。駄目人間が、ついに世界から見捨てられどん底に堕ちた時。この神を呼べばいい。絶望の中での笑い方を教えてくれるだろう。
2006/05/31(水)

どぶどろの神様 2

僕はついに窮地に立たされた。体育館の裏でこうしてクラスメイトの3人組に、手足を縛られ尻を出され金をせびられ。だが人間を拒絶していた僕を助ける者など皆無。神よ!
ある神がやってきて言った。
「汝、右の頬を打たれたら左の頬を差し出しなさい」
だが、愚かな僕は彼らを許す事などできない。
別の神が言う。
「勇気を持て。汝、弱き自分と闘え」
無理だ、僕は愚かで意気地がないんだ。
また別の神が言う。
「心を鎮め、炎を消して嵐の過ぎるのを待て」
ダメだ。これ以上耐えられない。壊れてしまう!
神よ。どぶどろの神よ来ておくれ!
そして今こそ僕はニヤリと笑う。クールに。キュートに。
2006/06/03(土)

パレード

深夜、窓の外から流れ込んでくるマーチのリズムに、男はひどく心を掻き乱された。
何事だ、と窓を開けると、虫達が手に手に楽器を持ってパレードをやらかしている。男は窓から怒鳴った。
「うるさいぞ!」
ラッパ吹きのカメムシがニヤニヤと笑って言う。
「カタい事言うなよ。仲間が大きな仕事をやり遂げた記念のお祭りなんだ」
虫達は、いつの間にか男の家を取り囲んでいた。男は半狂乱。
「お前ら何のつもりだ!」
と叫び、両手で窓枠をバンと叩いた。虫達がワアッと歓声をあげる。瞬間、男の家はぐらりと傾き、ガラガラと崩れ落ちた。瓦礫の中から出て来た白蟻達を讃えて、マーチは高らかに鳴り響いた。
2006/06/04(日)

墓標

飼育していたカブトムシが死んだ。成虫になれずに蛹(サナギ)段階で夭逝してしまった。原因は、線虫の寄生。蛹化の失敗。
昆虫は相互コミュニケイション可能なぺットではないから家族を失った、というようなヒューマニズム的淋しさは無い。
ただ、同化していた。
奴の目線になって日々、土中生活を妄想するうちに親しみとは別の感覚、おれがあいつであいつがおれでというような、つまり奴はおれであった。
それが、死んだ。
小虫の息吹、土の粒、腐葉の匂い。その世界が、さっ。と掻き消え。そしておれは荒涼たるべランダで、茫然と、ただ茫然と案山子のように立ち尽くし、
もう駄目だ。と一声呟いた。
2006/06/06(火)

悪魔または奪う者

盲目の少女がいた。様々な治療を施したが治らない。家族は毎日悲しみにくれていた。それを見た天使が気の毒に思い、神にかけあった。
「神よ、あの娘に視覚を与えてはいけませんか」
「いかん。運命なのだ」
神がそう言うのでは諦めるしかなかった。
その顛末を見ていた悪魔。彼も少女を気の毒に思っていたが、悪魔に治癒の力は無い。そこで悪魔は少女の触覚も奪った。家族は皆怒り悲しんだが、少女は。
「素敵!もうあたし、想像すれば何処へでも行ける!視覚も地面の触覚も無いと、風や鳥の羽音を聴くだけで空も歩けるわ!」
イマジネーションが開花し、少女は作家になった。
2006/06/07(水)

オノマトペ

こうしている間にも世界はどんどんリアリティを失って。先入観の情報。関係の戯画化。真理の嘲笑。
こうした現状を打破すべく私は、先ずあらゆるメディアに氾濫する「それはそんな音じゃないだろう」というリアリティの無い擬音。これを見直そうと思い立ち、真摯に音に耳を傾け、そのリアルな文字表現を試みる。なお動機の部分はまったくの嘘。
よって今後私は、ノコギリで木材を切る音はギコギコからブゴブゴに、バナナの皮で転ぶ音はツルリからクチリに、大型犬の鳴き声はワンワンからボンボンに改める事にする。また、アコーディオンの音は♪マークでごまかさず、ファアアアガァ~と明記することにする。
リアルとは、つまり完全なる主観なのかもしれない…
2006/06/08(木)

ピアノ DEATH Piano

音楽で人を殺せるか。
結論から言うと、それは可能だ。ダミアという歌手の「暗い日曜日」というレコードは、聴いて自殺する者が余りに多かった為、発禁になったという。だがこれは世界恐慌という時代背景のなせる業。ダミアの歌は自殺志願者の背中を少し押しただけ。
では殺傷能力のある音楽はあるのか?それはこれ、僕が作曲したこのピアノ曲、「死の国」。聴くだろ?え、聴かないの?大丈夫、ただ聴いただけじゃ死なないから。そう、いいかい…さあ弾くぞ…
テンポ最速!スフォルツァンド、フォルテシモの連続!
「死の国」の演奏時間は72時間。
曲を弾き終えると同時に、彼は疲労で、死んだ。
2006/06/09(金)

脳が音をたてて

なんでか。私の中で、どくろとパンジーはセットとして認識されているのである。
ゆえに、どくろを見ればパンジーを想うし、パンジーを見ればどくろを想うという条件反射的思考が、常に、なされる。
骸骨の顔、どくろ。それがスミレの改良品種であるパンジーの花と同列に描かれた図画或いは文章を見たという記憶は私には無い。
ならば何故、どくろとパンジーをセットだと思うのかと言うと、これがわからない。脳内では、映画「羊たちの沈黙」と関係が有るらしいと噂されているが真偽は不明。
…という、余りに不毛な思考の所為で私の脳が今。音をたてて崩れようとしている、ああ…暑いね…今日は…。
2006/06/10(土)

ミー大陸戦史

松原義信(18)の中には妄想王国と現実王国という2つの王国が存在した。
2年前、妄想王国の王は現実王国に総攻撃をかけ大陸の統一を目論んだ。奇襲をうけた現実王国は広大な領地を失い、その結果、松原は同級生・岡本祐子が自分に好意を抱いていると思い込んだ。
しかし現実王国は王自ら考案した、鏡を使う新戦法で反撃。次々に領地を奪還せしめた。松原は己の容姿のイマイチさに気付き始める。
翌年、現実王国は更に戦果を上げ続け、妄想王国は衰退していく。松原は完全に祐子に告白する勇気を無くした。
そして卒業式間近の今日。妄想王国が、最後の反撃を開始した……
2006/06/11(日)

箱の中身は何でしょう!

彼は目隠しをされて強制的に箱に手を入れられる。
「うわ、生暖かい。犬?」
はずれ。
「何だろ。すごくもろいな、触っただけで…わあ!崩れちゃった!大丈夫?これ」
どうかな。
「どうかな、てそんな。暖かくて崩れやすい…あ~食べ物!そうでしょ?」
違います。
「え~?じゃあもうわかんないよ。降参、降参」
目隠しが外された。箱の中には何も見えない。
「ズルいよこんなの!」
よく見て下さい。箱には何て書いてありますか?
「…パンドラ」
そう、そこに残っている物ならもう、1つしか、無い。
「希望……え!?崩しちゃったんですけど!」
2006/06/12(月)

計算

数字の計算ではない。時間や手間を合理的に省く、行動の計算である。
エレべーターに乗り込むと同時に右手で「閉」ボタンを既に押している。更に左手で自宅のある「2階」ボタンまでもプッシュ済み。エレべーターが上昇している最中、ポケットから鍵を出し、右手にスタンバイ。足は靴を脱ぎ易いようスリッパ履きに。降りるや否や速やかに大股で自宅ドアーの前に到着。右手で鍵を回している時に既に左手はドアノブを掴んでいる!
開ける、鍵を抜く、入る、の3動作は同時。靴を脱ぎつつ廊下を歩き、またドアを開けながら滑り込み、ズボンとパンツは一度に下げ、便器に座ると同時に放尿。
間に合った…。
2006/06/13(火

梅雨

雨。男は傘をささずに歩いていた。
「何故傘をささない」
と、声がして男は振り向いた。水色と緑色のまだら模様、人に似た、でも人ではない何かが男の背後に立っていた。
「誰?」
怪訝な顔で男が尋ねるとそれは言った。
「おれ梅雨。お前なぜ傘をささない?」
「雨が落ちてくるの見ようと思って」
そう答えた男を梅雨はニヤニヤ眺めた。
「そんな事したらおれと目があうぞ」
え。と、男はつい梅雨の目を見てしまう。
ばちん。
目玉に雨が当たった。
視界が戻った時、既に梅雨の姿はなかった。なるほど…雨を見ててこうなる時は梅雨と目があってたんだ、と男はひとりごちた。
2006/06/14(水)

猿の巣

近頃どうも、猿の気配がする。
と、彼は思う。
天井裏に猿の巣でもあるのかしらん。
彼は頭上を凝視しながら部屋をうろうろしてみたり。落ち着かない。
これまでずっと家族と快適な暮らしをしてきたこの我が家に、猿が入り込むとは何事だろう。不愉快極まりない。これでは仕事も手に着かないではないか。
憤慨した彼はついに自ら天井裏に乗り込んだ。
かくしてそこには、巨大な猿の巣が築かれており、猿は繁殖していた。
おしまいだ…
悲観にくれる彼を猿はつまみあげた。
「まあ、何処から入って来たのかしら。可愛いモグラ。あなた!あなた見て頂戴!」
2006/06/15(木)

逆子

男がいた。唐突に。
彼は自らの出生に関して尋常でない興味を持ち、その事が常に頭の中の大半を占めていた。
彼は、母を知らない。
死んでいるか、生きているか。やさしいか、恐ろしいか。
とにかく彼は母を探した。見つけなければならない。時間は限られている。
男はやがて立派な青年になり、それなりに青春を遊んだ。まだ母は見あたらず。
だが僅かな手掛かりが男を突き動かす。どんどん行動範囲が狭まる。
いつしか男は少年になっていた。時間が無い。
そして遂に。或る病院に母を見つけた。既に赤子になっていた男は、飛び込む。
ただいま!
母の中へ。内部へ……
2006/06/16(金)

タクシーの幽霊

真夜中のタクシー。客は陰気な感じの男。どちらまで、と運転手が問うと、男は。
「その前にタクシーの怪談をきかせてくれ」
怪しく思ったが、客は客。運転手はO湖付近の幽霊乗客の話を語った。ごくオーソドックスな内容の。
「…それで振り返ると女の姿は無くて…」
そこで男が唐突に声を上げた。
「待て!」
「な、何です?」
「座席シートが濡れていたんだな?」
「ええ…まあ」
「場所はO湖と言ったな?そこへやってくれ」
どうも妙だ。
「…どういう事情です?」
男は答えた。
「俺も昔その霊を乗せた。シートにカビが生えて、俺が弁償した!あの霊にその金を払ってもらうまで、俺は奴を追う」
2006/06/17(土)

うつせみ

悪友のN村が妙な上目遣いでニヤニヤしながら俺の肩を叩いた。
「K嶋ぁ、オレすげえ技身につけちゃったよ」
「あっそ」
「忍法うつせみの術。アレだよホラ、忍者が逃げる時の」
「服だけ残ってて中身は逃げてるヤツね」
「まあそんな感じ。それ今からやるから。オレにそれ投げてみ」
あほだ。と俺は思ったが、面倒臭いので言う通りに空箱を投げた。空箱はN村に当たったがN村は反応が無い。
「N村?」
俺の背後からもう1人、下着姿のN村が現れた。
「それ皮だよ」
得意げにN村は言った。驚いた。まさに空蝉。でも。
「お前、少し縮んでねェ?皮の厚さ分」
縮んだN村は上目遣いで俺を見上げていた。
2006/06/18(日)

大事なもの

泥棒がいた。独特の嗅覚で、その家の人間が最も大切にしている品物が判るのだ。つまり、彼は他人の大事なものを盗む事が生き甲斐の愉快犯だった。
マニアから盗んだ知らないアニメのフィギュア。老夫婦の思い出の指輪。少年が初恋の人から貰ったお守り。そういったものに囲まれて、男は笑った。
ざまあみろ。俺から大事なものを奪った世間から、今度は俺が大事な物を奪ってやるのだ。
ある日、富豪らしき女の部屋からロケットぺンダントを盗んだ。開けてみると、中には彼自身の写真が入っていた。女は、かつて金の力で奪われた恋人だった。
泣きたくなった。
泥棒なのに。
2006/06/19(月)

見る物語

男が立っていた。光が、飛んできた。
光は、男の目の前にある何かにぶつかり、反射して男の眼球に飛び込んで来るやいなや、自分が何にぶつかったのかを早口に話し始めた。
眼球の奥の方には、網膜という画家が住んでいて、光の話を聞いていた。そして、その話をもとに画家は絵を描いた。少し急いでいたので、その絵は上下左右が逆になってしまったが。
画家のパトロンである男の脳は、その逆さの絵を反転して修正し、そっと男に差し出した。
できあがった絵を見た男は言った。
「なんて綺麗なんだ…」
これが、見るという物語。男はこの時、目の前の女に恋をしたのだった。
2006/06/20(火)

GoGoネガティブ・壱

猫背の侍が歩いていた。職の無い浪人者である。脇差しは無く、ショボい無銘の太刀だけをひきずっている。と、前方からガラの悪い渡世人達が近づいてきた。
…因縁をつけて金をとる気かなぁ…でもどうせ俺の足じゃ逃げられない…。
観念してその場につっ立っていると案の定、渡世人達は絡んできた。この人数相手に俺なんか勝てる筈がないと判断し、侍は財布を出して愕然とした。金が無い。ナメてんのか!と渡世人が凄む。
もうダメだ…
最後ぐらい武士らしく。と抜刀してみる。どうせ防御はムダなので、よく見もせず斬りまくった。
以来、侍は猫背の剣鬼と恐れらている。
2006/06/21(水)

GoGoネガティブ・弐

猫背の侍は、ションボリと道端に座っていた。
俺はこんなだからどうせ一生モテないし、職も無いんだ…。
無性に悲しくなって、涙が出てきた侍。そこへ女が1人駆けて来た。
「助けて!」
俺こそ助けて欲しいよ…と侍は思ったが、口に出す前に女を追って来た黒衣の剣豪風の人物が目に入り、怖くて黙った。黒衣の男は怒鳴る。
「その女の知り合いか!貴様も斬る!」
こんな女知らない。って言っても信じてくれないだろう…嫌な死に方だなぁ俺。涙で視界がぼやけてるし、やりあっても勝てないしなぁ。
諦めて刀を捨てた。涙で手元が狂って刀は黒衣の男の胸に突き刺さった。
2006/06/23(金)

ポストマン

男が1人うずくまっていた。髪も髭もボサボサ、いかにも怪しい。と思って女が目を合わせず通り過ぎようとすると。
「あの…」
男が声をかけてきた。
「…何ですか」
女は怪訝な表情で振り返った。
「僕、郵便屋なんです。あなたに手紙がきているので受け取って貰えますか」
男は小さな紙片を女に渡した。
「何も書いてないじゃない…悪戯?」
「ち、違います。それ、緑町に住む足の欠けたアゲハチョウからなんです。虫の言葉はフェロモンですから…何なら僕が読ませて頂きますが」
「読めるの?」
男は紙の匂いを少し嗅いで言った。
「くものすありがとう、だそうです」
2006/06/24(土)

てのひらの鬼

生まれ落ちたその日から、彼の左手のひらには鬼がいた。胎児の頃できたアザだというそれは、どう見ても鬼の顔。彼はそれを恥じた。生きるのが辛くなるほどに。
コンプレックスを抱えたまま彼は成長し、30になる頃、ふとしたきっかけで友人から医者を紹介された。優秀な医者は、彼が30年憎み続けた鬼を、30分の手術でいとも簡単に消し去った。
鬼は死んだ!卑屈な自分も死んだ!さぞや世界が美しく見える事だろう。と、散歩に出かけてみた彼。
だが。世界は競争と喧騒に満ちていて、彼に襲いかかってきた。鬼の守護が無い彼を世界は一気に、ゴクリ。飲み込んでしまった。
2006/08/15(火)

ただいま。

彼は思い違いをしていた。その場所で皆に再会するまでは、彼はそこに、吸い込まれるのだと思っていた。
帰ってきた。
久しぶりーっ!
ああ、みんないるんだ。
うん、みんないるよ。君はずいぶん遠くまで行っていたんだなあ。
そうだね。でもまた一緒だよ。
さあさあ、ぎゅっと、固まって、一つになろうよ。久しぶりなんだから。

そうなのだ。あの頃彼らは皆一緒だった。それがあの、ビッグバンで、一気にばらばらに、散ってしまったのだ。だけど、昔の仲間はやっぱりまた集まってくる。
いつもの場所へ。
ブラックホール。
怖がる事はない。これは、再会なのだ。
2006/08/16(水)

2体のゾンビ

肉体はいつだって心と逆の考えを持ってきた。そうする事で均衡を保ち、心の主張が異常に強い生物「人間」を何とか成り立たせてきたのである。
さて、ここに2体のゾンビがいる。1体は心が死んで肉体が全てを支配するゾンビ。もう1体は肉体が死んで心が支配するゾンビ。
心が死んだゾンビはとりあえず動くものを何でも食べてカロリーを摂取したかった。肉体が死んだゾンビは、生前うらみのあった者達に復讐したいと考えた。
そうして2体は同盟を結び、1人の人間のように完璧な連携プレーで町を襲撃。
2体は思った。ああ生前も、この肉体/心とコンビを組んで生まれりゃよかった、と。
2006/08/17(木)

気配

私的な話で恐縮だが、最近、"物体"に気配を感じてしまう事が頻繁にあって、困っている。
先日も、背後に気配を感じて振り向くと、そこにあったのは「サービスデー」と書かれた、赤い旗であった。
また、混雑の駅にて何者かにぶつかりそうになり、慌てて横に避け、あっすいませんと言ったところ、相手が黙ったまま立ち尽くしているので、相当な激怒を予想しつつ恐る恐る顔を上げると、それは駅名の書かれた看板の下げてある柱。謝り損である。
その他、机上の珈琲カップに、お母さんと呼び掛ける事、数回。カーテンに、あのさあ、と話を切り出す事、数回。
私は私の脳が心配で仕方ない。
2006/08/18(金)

死神

お前を迎えにきた。来てくれるな?
「いいよ。あたし、あなたがくることわかってた」
お前はまだ若い。病室から出る事無く命を散らすのは本当に、つらいだろうに。
「気にしないで。うんめいなんでしょ」
すまない。
「あやまらないで」
何か最後に望みはあるか?おれでできる事ならかなえよう。
「…じゃあ、あたし笑ってしにたいの。笑わせてくれない?」
……。
「むずかしいか。ごめん」
…ま、待て。今考えている。いくぞ、いいか…

少女のなきがらは、何だか幸せそうに見えない事もなかった。
あたたかい、日なたのような、苦笑い。
2006/08/19(土)

ラフマニノフの亡霊

亡霊を、見てしまった。
伊豆オルゴール館、自動演奏楽器のコーナーにて。その片隅の古いピアノは、パンチ穴のあいた紙製のロールを挿入することでロールから情報を読み取り、自動で演奏を行うという代物であった。
ロールには弾いた演奏をそのまま記録する事ができたらしく、当時の音楽家達はこぞって自分の演奏をロールに残していた。
著名な作曲家ラフマニノフもその1人。館長は丁寧な手つきで「エレジー」という曲のロールをピアノに挿入した。
誰も弾いてない鍵盤が、独りでに上下し、当時のラフマニノフそのままに音を紡ぐ。
100年前の亡霊が、ピアノを弾いていた。見えないラフマニノフが、目の前で。
2006/08/20(日)

転向

巨大な男がいた。彼は、小さな人々を脅かさぬよう、雲の上に住んでいた。楽器を弾いて淋しさを紛らし、唯一の友はぺットのニワトリ。
ある日男は、床の雲の隙間から突き出た豆の木に気付く。その豆の木の遥か下方を、小さな少年がつたい降りて行くのが見えた。それも、彼の大事な楽器とニワトリを盗って。
「お願いだ!返してくれ」
叫びながら彼は少年の後を追って豆の木を降りる。しかし無常。先に降りた少年は、豆の木を切り倒した。
落下しながら、男は。
今度生まれる事ができたなら、絶対に搾取する側になってやる…
そして男は、生まれた。どんぶらと、川面に漂う桃の中から。
2006/08/21(月)

たまたま…

人類がたまたま押してしまった核ボタンで、地球の生命が死に絶えてしまった。慌てた人類の魂たちは、神に訴えた。
「もう1回歴史を巻き戻してやり直させて下さい。」
「いーよ。」
神は歴史を巻き戻した。でも、不注意で巻き戻し過ぎてしまった。
「ごめん。カンブリア期まで行っちゃった。」
「まいったなも~。」
魂達は、再び生物が人類にまで進化するのを待つ羽目になった。だが、一向に人類は現れない。それどころか、地上は全然知らない生物だらけ。
「人類が現れない。どうなってるんだ。」
神は言った。
「まあ、こないだの進化は、たまたま…だったからね。」
2006/08/22(火)

神脚

あらゆる武芸の足ワザを極めた男がいた。ある日、彼が海岸を走っていると。
「あんた、まだ甘いな。」
足元で声がする。
「何だと?」
見ると、小さなフナムシ。
「オレたち節足動物からしたら、あんたはまだまだ脚の可能性に気付いちゃいないよ。」
ピクピク、とフナムシは触角を振り回した。
「オレのこれ、元々は脚なんだぜ。」
横からカニが現れた。
「我輩のこれも。」
と、ハサミをシャキシャキ。男は、ふうむ、と呟き、節足動物の研究を始めた。
カマキリの鎌。ムカデの顎。オケラのシャべル。すべて、もと脚。
男が、史上最強の「神脚」と言われて恐れられるようになるのは、それから数年後の事である。
2006/08/23(水)

博士は無表情

天才だが、冷淡な女博士。その博士に、恋をした青年がいた。彼は努力を重ね、遂に博士にYESと言わせる事に成功した。ただしその時も博士は無表情のままだったが。
青年は有頂天。しかし、博士は青年との恋に時間を割く事を全くせず、研究に没頭している。青年は悲しくなってきた。
ある日博士が言った。
「あなたを実験に使いたいの。協力して。」
僕はモルモットか…。
沈んだ顔で実験室に行くと機械を頭に装着した博士が待っていた。
「何の機械?」
「任意の相手に対し、どれだけ好意を持っているか測定するメーターよ。」
博士は無表情。でも、メーターは振り切れていた。
2006/08/24(木)

主不在

空き家がひとつ。誰もいない。夜逃げでもしたのか、家具はそのまま。あるじ不在のその家は、言わば、もの達の天下。
机は、だんだんと積もるホコリの層を面白がった。カーぺットは、虫にくすぐられてパタタと笑った。テレビはそれをじっと見つめていた。
ビニールのスリッパが、不安定な姿勢から、ゆっくり倒れていく遊びに夢中になっている。その隣では床板が慎重に水分を飲み込んで、前からやってみたかった腐食を試していた。
屋根は静かに月夜を眺めながら、ことん。瓦を1枚ずらしてみる。面白い。屋根は屋根語で呟いた。
家はやっぱり廃屋になってからが本番だよなあ…。
2006/08/25(金)

とげ

彼のサボテンは特別なサボテンだった。毎日語りかけてくるのだ。
「痛い。」
と。
日光も水もちゃんと与えているし、虫が付いた気配もない。でもサボテンは言う。
「胸のあたりが、チクチクするんだ。」
ある日彼は、遂に気付いた。サボテンが自分のトゲを刺してしまっている事に。コレか、と彼がトゲを摘むとサボテンは。
「あっ痛いよやめてよ。」
と身をよじる。男はピンセットで優しくトゲを抜いてやった。
すると途端にサボテンは普通のサボテンに戻ってしまった。
男は淋しくて、再びサボテンにトゲを刺した。何本も。
それでもサボテンは喋らない。
やがて、トゲで傷ついたサボテンは枯れてしまった。
2006/08/27(日)

恋人達の星

その星の人々は精神だけの存在で、肉体が無かった。精神の彼らは、精神の街で、アイデアやイメージを交換し、時には恋をした。もちろんセックスも精神的なモノ。彼らは精神的な子供を産む事で繁殖した。
だがその平和な街が、ある日唐突に、消失した。
最初の祖先が死んだのだ。その星の、たった2人の祖先は、座ったまま点滴で栄養を摂るだけの肉体を持っていた。人々は、2人が精神的なセックスをして生まれた、精神的な子供の、精神的な子孫だった。ゆえに祖先の死と共に、全て消えた。
祖先は星の北極と南極に遠く離れて座っていたため、2人の肉体は結局、1度も会う事の無いままだった。
2006/08/28(月)

ショージさん(1)

「でも、あそこは元々ぼくの家じゃないですか。」
「そうは言っても、あなた。もう別の人に貸してしまったんですから。」
「ぼくの家具も処分したのですか。」
「そんな、だって、当たり前でしょう?私だって道楽で大家をやってるんじゃないんだ。」
ドアの閉まる音。アタシは気になって、コッソリ、もと隣人の姿を覗く。
「…やあ。」
ショージさんは、窓の隙間のアタシに淋しい笑顔を向けた。
「まいったよ。死んでると、住む所もないんだねえ。ははは。」
そよ、と風が吹き、ショージさんから強い防腐剤の香りがした。
「どうしようねえ…。」
ショージさんは白骨化しかけた腕を眺め、途方に暮れた。
2006/08/29(火)

ショージさん(2)

ショージさんは河川敷に青いシートでテントを作って住んでいた。ある日アタシが遊びに行くと、ショージさんは片足を無くしていた。
「いやあ野良犬にね…持って行かれてしまって。」
間抜けでしょう、とショージさんは例の、消えてしまいそうな感じでアタシに笑いかけた。
数日後、ショージさんは河川敷から居なくなった。野良犬がショージさんを食べてしまったのかも、とアタシは思い、めちゃくちゃに泣いた。
死んじゃったショージさんがまた死んじゃった。
ああ、でもアタシは泣くタイミングを間違えたのだ。アタシは、半年前のショージさんの葬儀の時に、泣けばよかったのだ。こんなふうに。とめどなく。
2006/08/30(水)

おばあちゃんの…

「ミイコちゃん、ちょっといらっしゃい。」
寝たきりの祖母に呼ばれた少女は、テテテと走って来て老婆の寝室に正座した。
「なーにおばあちゃん。」
老婆は微笑みながら、
「いいものをあげようね。」
古びた、紅い袋を取り出した。
「わあ。」
はしゃぐ少女に老婆は言った。
「この事は誰にも内緒だよ。でも、いつかお前がお婆ちゃんになったら、誰か女の子にこれを受け継がせておやり。」
「女の子だけなのね。」
以来、老婆は物忘れがひどくなり、ぼけ始めた。
袋の中は、まだからっぽ。だが少女が老婆になるまでには知恵が蓄積され、立派な知恵袋に育つ事だろう。
2006/08/31(木)

よこづな

よこづなせんべいという煎餅がある。揚げ煎餅をねじったような形の煎餅なのであるが、先日これがポトリとひとつ、道に落ちていた。
それ自体はたいした事では無いのだ。問題は、それを見た時、私の心の中に反射的に浮かんだ感情。
おや、おいしそう。
そう思ってしまったのだ。勿論すぐさま打ち消す。人としてマズイ。
しかし、よく考えるとこれは…ある意味何かが開花したような気もする。道に落ちたよこづなを美味そうと感じるという、文明から脱却した生物としての感情。将来家を失っても私は生きていけるのではないかとすら思う。
自分をポジティブにとらえる練習。
2006/09/01(金)

ねがい

あの時、俺は餓死寸前だった。それを助けてくれたのが、あなただった。くれた干し肉は、うまくはなかったけれど、あなたの優しさはうまかった。俺はあの味を忘れない。
だから俺は、あなたのねがいを叶える。このまま病に長く苦しんで、やがて石の下に埋まるなんて、確かにあなたには似合わない。俺の中で、俺と一緒に、森を走る事を選んでくれて、嬉しいよ。
ばあさん。俺はあなたが好きだ。あなたを喰う事ができて、嬉しいんだ。
「ありがとう。さあ、早くやっておくれ。でないと孫が来てしまう。」
老婆はそう言った。
赤い頭巾の孫娘は、まだ森で花を摘んでいる。
2006/09/02(土)

正義の味方

正義の味方がいた。特殊な能力を持っていて、世界のためにその力を使って悪を滅ぼそうと考えた。
さしあたって、まず。彼は最初のターゲットを、秘密結社・悪魔どくろ団に定めた。世界征服を企んでいると聞いたからだ。
激戦の末、彼は、見事にどくろ団を壊滅させた。
それからしばらくして。どくろ団の遺族が刺客を送って来た。正義の味方に刺客を送るとは、何という悪党であろうか。なので彼は、これも滅ぼした。
すると、何故だか警察が襲って来たので、仕方ない、これも滅ぼす。
悪は、地球にまだまだ大勢いそうである。正義の味方は決意を胸に、真っ黒な夜空を仰いだ。
2006/09/03(日)

王の墓

ある朝。永遠の眠りについたはずの王は、ふと目を覚ました。身体はすっかり乾燥してしまって、うまく動かない。あれから何百年たったのだろう。
王は棺桶の外に出る。驚いた事に、そこは広い部屋になっていて。すっかり古くなってはいたが、金の壷、蛇の取っ手のティーカップなど、彼のお気に入りだった物であふれている。そして壁いっぱいに、王の好きだった神話の一節、それから愛する妃や、大臣達の姿が描かれていた。
死後もあなたが淋しくならぬように…。
王は、みんなのその気持ちが、嬉しくて。でも、ここにそのみんなが居ないのが哀しくて、砂の涙を流した。
2006/09/04(月)

きみしかいない

「君の為なら何度でも死ねる。」
そんな陳腐なセリフでマフィアの娘を射止めた男がいた。彼は言葉通り、娘が危険な目に遭うたび身代わりとなって何度も死んだ。
ある時はナイフで貫かれ、ある時はマシンガンで蜂の巣。屋上から落とされたりもした。そして、100回目の死。とうとう彼は爆弾でバラバラに吹っ飛び、さすがにもう戻って来なかった。
娘は数年泣き続け、悲しみのあまり走るトラックの前に身を投げ出す。だが何かに押し出され、娘は助かった。見ると道路には、散らばった、骨。娘は問う。
「あなたなのね?」
頭蓋骨が言った。
「な、何でわかるの!?」
娘は答えず、骨を抱きしめた。
2006/09/05(火)

おばけ

TVでは、どの局も昨日の話題で持ち切りだった。
「今!私は!300人以上が同時に超常現象を体験したF市に来ておりますッ!」
興奮したレポーターが、がなりたてている。
俺もアレを見た1人ではあるのだが、一体なぜ、世間がここまで騒ぐのか理解に苦しむ。確かに、白昼堂々あんなにも大勢の前でおばけが目撃されるのは、人類史上初かもしれないが、それにしても。体長30cmの白い人魂にぺンギンそっくりの腕の付いた、漫画のようなおばけから、悲鳴をあげて逃げ惑う大衆が。そしてそれを緊急ニュースにするマスコミが、わからない。
あ、俺の街頭インタビュー、何チャンネルでやるんだろ…。
2006/09/06(水)

地球人のオス

旅先で、地球人と知り合った。地球はつい最近、宇宙連合に加盟したばかりで、他の星に比べて文明も遅れた未開の星というイメージがあるが、このアラタという地球人は、ごく紳士的だった。
カフェに入るとウエイトレスがジロジロと不躾にアラタを眺めまわした。悲しい事だが宇宙にはまだこのような偏見や差別が存在する。
「君、失礼じゃないか。」
私がウエイトレスに注意するとアラタは
「なに、構いませんよ。」
そう言ってウエイトレスから何やら紙切れを受け取った。
「それは何です?」
「はは、電話番号みたいですね。」
原始の魅力という奴だろうか。地球人はやたらにモテるというのもまた事実だった。
2006/09/08(金)

植物と暮らす

女は樹木に恋をした。観葉植物にではない。女が愛したのは、森の中の巨木。ブナの樹。女は毎日、ブナのもとへ通い、幹を抱きしめ囁いた。
「あなたが好きなの。」
樹は言った。
「君は、植物になる覚悟がある?」
女は即答。
「アナタと暮らせるなら人間なんかいつでもやめるわ。」
そうして、女は樹木になった。ブナに抱きついた格好のまま。女は幸せだった。
しかしやがて、ブナは枯れ始めた。女は嘆いた。代わりに自分が枯れてもいいと思った。
「まさか…植物が自殺するなんて。」
驚く植物学者の目前で、その寄生木は、宿主のブナからパリパリとはがれ、崩れていった。
2006/09/09(土)

冷血

彼には感情が無かった。喜怒哀楽も、欲望も。
そんな彼が、路地で殺人を目撃した。彼はただ傍観した。震えもせず。
「み、見たな!」
犯人の怯えた威嚇。
「見ました。」
彼は無関心な返答。怖じけづいた犯人は逃げた。彼は女の死骸に一瞥をくれ、その場を去った。
数年後。同じ路地で彼は再び犯人に遭遇した。不安に駆られた犯人が襲って来たので、彼は犯人を殺した。思う事は無い。ただ、彼の脳裏に、なぜか死骸の女の顔が浮かんだ。理由はわからなかった。自分が、あれ以来毎日、ナイフを携帯してわざと路地に足を運んだ理由も。今、涙を流している理由も。彼にはわからなかった。
2006/09/13(水)

ふたりが泣いてる

悲しい男が居た。何故自分はこんなに悲しいのか、彼は考える。
金が欲しかった、でも彼は貧しかった。
努力を評価されたかった、でも彼の努力は水の泡。
親切を感謝で返されたかった、でも彼は裏切られた。
誰かに愛されたかった、でも誰も彼を愛さなかった。
いつだって体は、心が欲していたものを知っていたのに。1つも望みを叶えてやることができなかった。体は自分のふがいなさを、呪った。心は、自分の欲望のせいで体を苦しめた事を悔やんだ。ふたりは、苦しくなるほど抱きしめ合ってお互いを慰めた。
ごめんね、ごめんね。
それが、彼の悲しさの原因なのだった。
2006/09/14(木)

夢喰い

あんまり悪夢ばかり見るので、男は夢喰い屋に電話した。やってきた夢喰い屋は凶悪そうな貘(ばく)を連れていた。
「アンタ初めて?」
「は、はい。」
「貘が夢食ってる時、目ぇ覚ますなよ。コレ注意事項。」
「はい。」
男は眠りに入った。貘は夢の中の怪物達を、貪り食ってゆく。男は、自分も食われるのではという恐怖から目を覚ましてしまった。
「目ぇ覚ますなっつったじゃん…。」
夢喰い屋は消えた。夢喰い屋だけではない、それまで男にとって、ごく当たり前に見る事ができていた河童や妖精、神獣達も姿を消した。
貘は、彼が起きながら見ていた夢まで食ってしまったのだった。
2006/09/16(土)

彼の城

彼の心の中には、小さな城が建っている。それは大事な、彼だけのプライべートな城。
小学校に上がった頃から、彼は、城が他人に踏みにじられ傷つけられる事の無いように、騎士を配置した。騎士は、城に近づく者は誰でも攻撃する。おかげで彼には友達ができなかったが、彼は構わない。城が守れればそれでよかったのだ。
だが年を重ねるほど、次第に城は守りづらくなってきた。疲弊した騎士の前に、
「手伝おうか」
と、現れた援軍は、詐欺師。詐欺師は、城に近づく者を愛想笑いと舌先三寸で追い返した。
上っ面のコミュニケイション。城を持つ子供は、このようにして大人になっていった。
2006/09/17(日)

うさぎとかめ

兎と亀が、再び競走した。
あの時の屈辱を胸に、ひたすら修行を積んだ兎は、時間が流れる速度を超越したスピードで走る事を可能にしていた。この時、兎は、スタートの瞬間、同時にゴールにも存在しているように見える。これは時間が兎に追い付いていないために起こる見かけ上の現象である。
スタートの合図。兎は既にゴールに居る。だが、またしても兎は敗北した。亀は3日前からそこに居たのである。
時間の流れを追い越した兎に対して、亀は限界まで遅さを極め、逆に、時間の流れに追い越されていた。その結果、亀は過ぎ去ったはずの過去に戻る事を可能としていたのだ。
2006/09/18(月)

だまされて

彼は本当はもう、ずっと前に死んでいた。でも彼女の前では生きているかの如く振る舞っているのだった。
時にはお節介な誰かが、彼女に余計な事を吹き込んだりもする。
「アンタと暮らしているものは幻だ。目を覚ませ!」
微かな不安。彼女は帰るなり彼にこう尋ねる。
「ねえアナタが死んでるなんて嘘よね?」
彼は答える。
「勿論じゃないか」
実際、騙している事になるのだが、罪悪感は微塵もない。信じさせ、思い込ませる詐欺のテクニックを、幸福の為に使うのだ。一体誰が咎めよう。
…と、彼女は、思った。
これからも彼が、自分の死に気付かぬように注意しなくては。
2006/09/19(火)

あやつり

目に見えないもの達が強大な力で全てを操っている。それらは空気中に漂い、脳に入り込む。
男はそう信じていて、常に怯えていた。彼だけには、それが見えてしまうのだと言う。医者は、好奇心から、男に尋ねた。
「今もいるのかね?」
「ええ、先生。1匹、貴方の脳に、入ろうとしている!」
「ほう、どんな奴が?」
「恐ろしい、右腕に傷のある…ああ怖い!」
男の激しい痙攣に、医者は思わず1足下がった。かつて興奮した患者に怪我をさせられた事があるのだ。
「先生!奴がアナタを操っている!」
医者には見えなかったが、患者に右腕を切られたという過去が、確かに医者を操っていた。
2006/09/21(木)

ロビン

ロビンは改良と学習を積み重ねた、超高性能の電子頭脳を持つロボットである。だが博士は満足していなかった。博士はロビンに人間のような心を持たせたかったのだ。
「おいでロビン」
「何です博士」
「これからお前を破壊する」
「なぜです」
「理由は無い。さあそこに寝たまえ」
「わかりました」
ロビンが無感情に従うと、博士はため息をついた。
「ああ、やはりお前には、理不尽な死に反抗する心は無いのだなぁ」
「博士、これは理不尽な死ではありません。アナタがもたらす死に従う事が、ワタシの利益になります」
「なぜだ?」
ロビンは答えた。
「あなたが、好きだから」
2006/09/22(金)

かたち

昔々、荒涼とした砂漠のような所に、「何か」が、ポツンと座っていた。
「僕は一体誰で、そしてここで、何をすればいいのだろう?」
彼は闇の空を眺めて、ただそこにいるだけだった。
さて、ある日。そこから遠く離れた、とある場所に住む名もなき人が、月を見上げながら。月の模様って何かに似てねぇ?などとボンヤリ考えいて、
「あ」
と、閃いた。その瞬間。遠い砂漠の「何か」に変化が起きた。今まで自分の体の一部だと思っていたモノが、彼に話しかけてきたのだ。
「始めよう。道具は揃っているよ」
この時から、月の模様に過ぎなかったものは、2匹の兎として餅をつき始めたのだった。
2006/09/23(土)

走馬灯

屋上から落ちていく女。その心に、記憶の泡が沸き上がる。
これが走馬灯かしら?でも、変ね。これは幼稚園の遠足の思い出。お弁当を分けてくれたのは祐子ちゃんのはずなのに。この男の子、誰だっけ?
今度は中学の教室。でもまたあの男の子が居る。誰なの?
高校の記憶にも大学の記憶にも。いないはずの彼がそこに居る。これ本当にアタシの走馬灯?
女は目を開けた。逆さになった向かいのビルで。偶然にも時を同じくして自ら死を選んだ男が落ちていくのが見えた。
アンタのと混ざっちゃったのね。
地面にぶつかる直前に、男と目が合った。不思議と、懐かしいような気がした。
2006/09/24(日)

まぼろし

陸上選手の男が事故にあった。両足がズタズタになってしまい、切るしかなかった。手術は成功したが、男は泣き暮れた。忘れて新しい人生を歩もうにも、無い足が痛む気がして、やりきれない。
「幻肢痛です。まぼろしの足が痛むだけです」
という医者の説明も、男には意味が無かった。男は悩み、荒れ、彼を支えてきた恋人までも捨てた。男の心は、足以上にズタズタになってしまった。そして、ついに男は医者に頼んだ。
「お願いだ、俺の心を摘出してくれ」
手術は成功した。男の心はもう、無い。男は自分に言い聞かせた。
大丈夫…これはただ、まぼろしの心が、痛んでいるだけだ。
2006/09/26(火)

僕の隣の彼

何と言うか、彼は不思議な存在だった。
そもそも彼は随分後になって僕らの仲間にひょっこり入って来たわけで。お前のような奴は俺達の仲間じゃない、なんて最初は言われていたけれど、最近ではそんな事を言う奴は誰もいない。
いつだって彼は飄々としているんだ。
僕は彼のようになりたかった。整数の中でもとりわけ小さな、1である事を僕は恥じていたのに、彼ときたら。足しても引いても僕より無力なはずなのに、そんな事にはお構いなしなんだ。
「君になりたいな」
僕は彼に言った。すると彼は
「なれるよ」
そう言って。
1×0=0
僕は彼、ゼロになった。
2006/09/27(水)

眠れぬ夜の

父方の実家に泊まった時のことだ。
真夜中。家族と布団を並べて寝ていた私の耳に、突然、地獄の底から沸き上がるような恐ろしいうめき声が飛び込んで来た。
ぉおおぉォォォォォォ~~~
心臓が砂袋で殴られたような驚きで寿命が縮んだ。そして目を開けた私は、更に驚愕した。
声は、隣に寝ている母の口から発せられていたのだ。目は閉じたまま、口をオーの字に開けて。母は大声で悪魔のサイレンを鳴らし続けていた。必死で揺り起こすと、母は言った。
「夢の中に悪霊が出て来たの」
確かに、とり憑かれたみたいな声だった。
「違うの。お母さんその悪霊をおどしてたの」
2006/09/28(木)

あくまでも偶然

どうして、それを始めたのですか?
「最初は偶然だったのです。そんなつもりは無くて」
きっかけを教えていただけます?
「キスです。キスが全ての始まりでした。私は戦場に赴かねばならなくて、彼女とはこれが最後になるかもしれない、と思ったのです。激しいキスでした。で、彼女の唇がほんの少し、切れたのです」
それで?どうしたんです?
「お構いなしに吸いましたよ。当然じゃないか、最後のキスなんだから」
でも、何も積極的に吸って飲み込む必要は無かったんじゃないですか?
「…最後と思ったら、つい」
結局、先天的なモノなんじゃないですか?ドラキュラさん。
「……」
2006/09/29(金)

蜘蛛の糸

男が地獄に落ちた。
男は悪党だったが、生前に1度、道端の蜘蛛を助けた事がある。彼は知っていたのだ。地獄に糸を垂らされた悪人の、有名な物語を。
やがて、彼の前に蜘蛛の糸が降りて来た。迷わず昇り始める。他の亡者も昇って来たが、男は彼らを蹴落としたりはしなかった。慈悲ではない。蹴落とせば糸は切れると知っていたからである。
男は極楽にたどり着いた。すると、巨大な蜘蛛が現れて男を喰い始めた。
「恩を仇でかえすのか!」
という悲鳴も虚しく、男は蜘蛛に喰われた。蜘蛛はそのカロリーを使って沢山の卵を産んだ。男は思った。
ああ、やっぱ俺、救われたんだ…
2006/09/30(土)

故郷、連鎖、幸福

宇宙生物の捕獲・売買を生業とするハンターが、メルル星から肉食獣ガタラと、草食獣ミマリを捕まえてきた。ミマリは毛ヅヤが悪かったため、ハンターはガタラの餌にしようと思い2匹を同じ檻に入れた。
ところがガタラはミマリをまったく食おうとしない。それどころか、ある朝2匹は一緒に脱走してしまった。
ハンターは不思議に思いつつも2匹を追う。しかし2匹の完璧な連携プレーでなかなか捕まらない。そこで、ハンターはメルル星の草原を映した立体映像を再生し、罠を張った。
映像の故郷を、本物と思ったのだろう。2匹は走り出した。そしてハンターが網を投げるよりもさらに速く、ガタラはミマリを、食った。
初めて書いた長いお話「RとP、そしてG」はこの年の8月ごろ512と並行して書いていたのですが、その次の長いお話「片隅にエレジィ」はこのあと2006年10月〜2007年2月ごろまで512シリーズをお休みして書いていたので、この年の分はここまでとなります。
ABOUT 2007年→