512(2007)

2007年からは大半が物語のようなものになっています。後半に長い空白期間がありますが、当時のweb拍手ログをみたところ、おそらく長編「ワイルドヘヴン」を書いていた頃だろうと思います。9月に突然気まぐれに512も書いているようですが、長編を書いている時はそちらに集中することにしたようです。
2007/02/03(土)

我が主、神よ

彼は神を見た。
神は巨大な、飛行船のような形の、白い塊だった。
無数の生き物が、息を潜めているような、戦慄の静けさで、神は黙っていた。
彼は、神のゆるい曲線にそっと触れてみる。
柔らかくて、暖かい。内部がとても熱いのだろう。
「ヒルラ。ヒルラ。ペペペペペ」
と、神は言った。
彼は、
「なんですか、神よ。なんと言ったのですか」
そう尋ねようとしたが、言い終わる前に、神の御体から突き出てきた、突起に、
とすっ。
胸を貫かれた。
赤い染みが広がって、彼は、
どうして?わからない
という表情で絶命し、そして神は
「ヒルラ」
と言って彼を体内に取り込んだ。
2007/02/04(日)

アウフヘーベン

ある寒い日。焼き鳥屋の前で、私と彼は肉の焼けるのをじっと待っていた。ヒマである。私は暇を潰すべく提案をした。
「しりとりをしよう」
「しない」
「私はしたいのだが」
彼は首を横に振る。
「僕はしない。じっとしていたい」
しりとりは1人ではできない。これでは彼の「しない」という要求だけが一方的に満たされる。納得いかない私は。
「待て。我々2人の要求が同時に満たされる方法が、ある」
「どんなの」
私は言った。
「しりとり開始…では私から。に…にんげん。はい私の負け~」
これで私はしりとりを、した。彼はしなかった。
「…いいんだそれで」
彼は少し笑った。
2007/02/05(月)

男と墓石

どうも先刻から同じ道を歩いている気がして男は立ち止まった。山道脇に、小さな墓。妙に存在感がある。
さては狐に化かされたか。
墓は苔むし、供え物も無い。男は握り飯を持っていた。
粗末な墓に憐れみを抱いた俺がコレを供えるのを狙っているな。
墓石の裏へ廻ると案の定、ふさふさの狐の尾が生えている。
「…バレているぞ」
男は告げたが、墓は澄まして動かない。意地悪心の出た男は、墓をくすぐってみた。
コトコト
笑うように動いた墓石の、その下の地面から見えたのは、
別の狐の骨。
男はハッとなった。
墓に化けた狐の心を、思った。
そうして少し、手をあわせた。
2007/02/06(火)

外国人の両親

俺の両親はどうやら外国人らしい。俺の言葉が通じないのだ。
俺がどんなに何かを訴えても、両親は俺の言葉を解さないし、また、俺の知らぬ言語で応答するだけである。困った事だ。
今も、こうして。この部屋の中のあらゆるものたちと俺は会話する事が出来るのだが、母と父だけに、俺の言葉が通じないのは、とても困る。
なあ…毛布よ。テレビよ。お前たちは、俺よりも俺の両親と長く暮らしているのだろう?あの国の言葉を、俺に少し教授してくれぬか。
「まんま、まんま…」
「あなた!雄太が喋ったわよ聞いた?」
やれやれ、俺の方が両親の言葉を会得せねばならぬとは…。
2007/02/07(水)

メルヘン

そこに住んでいるのは、とても、とてもやさしいいきものたちだった。
言葉を話す動物や、花たち。暴力の存在しない穏やかなその世界を作ったのはヒョロヒョロの身体をした弱い神だった。彼と生き物たちは平和に暮らしていた。
ところが、ある日。屈強な神が彼の世界に踏み込んで来て、怒鳴った。
「このような世界は嘘である。生き物は闘い合うものだ!こんな世界は破壊すべきだ!」
すると弱い神は答えた。
「その必要は無いのです」
そして、屈強な神の目の前で、弱い神と、彼の愛した生き物達は滅びて消えてしまった。何ひとつ、食べずに暮らしていた結果だった。
2007/02/08(木)


「桜の樹の下には死体が埋まってる、ってよく言うけどよ…」
河原沿いの桜を眺めながら槙尾が妙な話を始めたので俺は聞き返した。
「何だって?」
「だからよー、あの桜の話、小さい頃からトラウマでよ…怖ぇんだよ桜が」
槙尾は至って真剣な顔で続けた。
「トラウマ克服してーんだよオレは」
「…掘るの?」
俺が尋ねると槙尾は不安げな顔で、おう、と答えて手をあわせた。
俺に掘らせる気かよ…。
「だって怖ぇし」
「ちっ」
俺は舌打ちをして樹の根本を掘った。
カツン、と何かに当たる。
「し、死体かっ!?」
「…死体だな」
怯える槙尾に俺はそれを見せた。
貝の化石を。
2007/02/10(土)

方舟に乗りまSHOW

宇宙人がやってきて、人類ごと地球を爆破すると宣言した。そしてわずかな人間にだけチケットを配った。チケットがあれば爆破前にUFOに乗れるのだと言う。当然、チケットは奪い合い。横行する殺人、暴動。
そんな中、テレビ局のADがチケットを持っていると判明した。上司達はすぐにそれを取り上げ、番組を企画した。
「方舟クイズSHOW!」
「賞品は救いのチケット!」
破れかぶれの番組だったが出場志願者は殺到し、半ば殺し合いのようなクイズ大会が行われた。
最後のハンターチャンスでチケットを手にした幸運な男!
だが彼は、UFOの中で宇宙人のクイズSHOWの賞品に使われた。
「賞品は高級珍味です!」
2007/02/11(日)

理由

自分で空想した生き物に喰われてしまった。だから僕は、手足が無い事になっていた。
ころん。と、体育座りで転がった僕を、母親が居間から呼ぶ。でも返事をしようとしたら頭も喰われたので、返事ができない事になっていた。
あ。いけない、胴体まで喰われたら、僕は復活できなくなってしまう。
でも僕が空想した空想の生き物は、容赦無く僕の胴体を貧った。
ぱくぱく。
ああ母が呼んでいる…行かなくては…

僕は喰われて死んだのだ。だから代わりに僕を喰った生き物が居間に行った事にした。

多分、あの時から。僕は、一人称を俺に変えたのだと思う。
2007/02/12(月)

呪い承ります

呪い。格安。
というチラシを見て、女はそのビルの扉を叩いた。中には包帯だらけの青年がベッドに横たわっていた。
「…相手の髪の毛は持ってきたか?」
彼は苦しげな声を出した。
「は…はい…」
人を呪わば穴二つ。きっとこの男は、人を呪う仕事をしているが故に人から恨まれ報復されたんだ、と女は想像した。ではこれから人を呪おうとする私もいつか報復されるのだろうか?
恐怖に震える女から髪の毛を受け取り、彼は言った。
「そこに釘と金づちがある…使え」
「え?」
女は戸惑った。
「どこでもいいが、心臓はやめろ…俺が死ぬからな」
そのわら人形は、
生きていた。
2007/02/13(火)

裁縫の得意な女

裁縫の得意な女がいた。女は、ほころびた心すら、針と糸でチョチョイと繕ってしまう事が出来たので。女のもとには毎日、心が傷ついてぼろぼろになってしまった人達が訪れた。
ある日。1人の男がやってきた。男の心は、ほころびどころか、広範囲に破けてしまっていた。女は言う。
「パッチワークでつぎはぎするしかないわね」
「何でもいいです、お願いします…」
男は承知した。女はすぐに男の心に、別の心のハギレをつぎ合わせた。綺麗なピンクの花柄の。
「随分と派手な柄のハギレですね」
男にそう言われて。女は、針を操りながら少し笑う。
それは、女が昔捨てた恋心のハギレだった。
2007/02/15(木)

海岸にて

彼女はあの男を愛してる。遠くから見るだけでは飽き足らなくなってしまったんだろう。
そのためにこんな回りくどい計画をたてる、シャイで変わり者の彼女が、僕はいとしい。
けれど僕は彼女の手となり足となり働くことでしか、愛を表現できない身分だ。それでこうして、彼女の恋まで手伝わなければならない。悔しい。でも、いとしくてたまらない。

…あの男がやってきた。僕は急いで背びれを隠し、人間の子供の姿に変身する。そして僕と同じく彼女の手下である亀をいじめるふりを始めた。
亀は、一瞬気の毒そうに僕を見た。
いいんだ。
すべては、乙姫のために。
2007/02/16(金)

鳥飼い

椎子は、比留間カズイチが気になっている。
比留間はいつもノートに何かを書いていて、クラスで彼に声をかける者は居ない。
でも椎子にだけは、それが見えた。
比留間の背中には鳥がとまっているのだ。体が、無数の言葉でできた奇妙な鳥が。
見つめていると鳥は、たまに大きく翼を広げる。とりとめのない言葉で埋め尽くされた、翼。

愛。カプセル。瞬き。夢遊病。走る。花火。東天紅。エトセトラ、エトセトラ…

そんな時、比留間はものすごいスピードでシャーペンを滑らせ、何かを書いている。
その比留間の姿を見るたびに、椎子の背中の、絵の具でできた鳥は、武者震いをするのだった。
2007/02/17(土)

えいえん

こんな昔話がある。
ある男が、河童に助けられた。お礼をしたいと言うと河童は「ではお前の娘を嫁にくれ」と答えた。困った男は「この嫁入り道具を川に沈められれば結婚を許す」と、ヒョウタンを渡した。だがヒョウタンは浮力でちっとも沈まない。河童は泣く泣く娘を諦めたそうな。
「で、アンタがその河童なの?」
アタシが尋ねると河童はえいえいとヒョウタンを押しながら
「そうだぞ」
と答えた。そして不満そうに続けた。
「けどその話はまちがいだぞ。おれはあきらめてなんかないぞ」
アタシは。その娘はきっともう死んでる。とは言えなかった。
でも河童は、知っていたのかもしれなかった。
2007/02/19(月)

ともだち

スイッチを入れると、画面に卵のようなものが現れる。
卵が割れて、中から小さなとかげのような愛らしい生物が生まれてくる。
とかげの下に文字が出てくる。
「こんにちわ。プログラムされたとおりの、きまったうけこたえしかできないボクだけど、こんなボクになまえをつけてくれますか?」
そこで、名前入力画面に切り替わる。名前を入れると
「ありがとう。かくうのそんざいだけど、ボクはプログラムのゆるすかぎりきみと、ほんとうのともだちみたいにふるまうから、がんばるからよろしくね」
そんな育成ゲーム。キャッチコピーは
「ここにボクは居ない。でも、きみのともだち」
2007/02/20(火)

サイクルサイクル

愛し合う男女がいた。ところが、女は病気で早世してしまった。女が死ぬ間際に2人は「生まれ変わってまた逢おう」と誓った。
やがて2人はカマキリに生まれ変わった。ところがカマキリというものは愛し合った後、女が男を喰うもので。2人は泣く泣く喰い喰われながらまた逢う事を誓った。
次に2人は、犬に生まれた。だが男は飼い犬に生まれ、女は野犬に生まれてしまった。2人は逢瀬を重ねたが、ある日女は保健所に連れて行かれ、それきり。
どうもうまくいかない。2人は悩んだ揚句、次は最初から1人の人間として生まれてみた。
とてもよかった。2度と生まれ変わる必要は無かった。
2007/02/21(水)

一昨日の男

博打で大負けした帰り道、平吉は奇妙な男に声をかけられた。
「来ましたよ」
輝く着物、変にデカい頭。平吉は露骨に訝しむ。
「気持ち悪ィ野郎だ、何の用でぇ」
「約束を忘れたんですか?」
「テメェなんざ見た事もねぇ、去ね、去ね」
平吉は男を追い払った。
それから2日後の事。昼っから酒を飲んでいた平吉がふと空を見上げると。銀の皿のような物が飛んでくるではないか。驚く平吉の前に巨大な皿は着陸し、中から先日のカボチャ頭が現れた。
「この星について聞きたい事が…」
カボチャ頭の台詞が終わらぬうちに平吉は怯えながらも怒鳴った。
「うるせえ!おとといきやがれっ!」
2007/02/22(木)

秘密

わたしはあなたの影法師です。ええ、あまり知られていませんが、影にも人格はあるのです。性別はありません。でも、あなたの傍に、いつもわたしは居ます。あなたを、いつも見ています。
あなたが喜びに踊れば、わたしも踊り、
あなたが哀しみのあまり座り込めば、わたしも座ります。
そこまではあなたも知っている事でしょう。だけど、あなたを暗闇が包むとき、わたしの姿はあなたには見えない。
わたしは、禁忌を破りました。
告白します。暗闇の中で、わたしはあなたの体を、そっと抱きしめていました。
どうぞ罰してください。あなたを、愛してしまった、わたしを。
2007/02/25(日)

処理業者

広告
怖い!でも友達がいない!そんなアナタを当社がアシスト!
その会社に、女が足を踏み入れると、中にいた、11人の年齢不詳な男達が、一斉に挨拶。
「いらっしゃ~い」
女は泣きながら、問題の手紙を取り出した。
「ホントに助けてくれるの?」
男達は答える。
「もちろん。ほら俺たち、ちゃんと11人いるだろ」
「11人いれば永遠に回しあえる」
「自分以外の10人に回せばいいんだもんね」
それを聞いてホッと溜息をついた女に、男の1人が手を差し出した。
「10通全部書いてあるよね?お預かりしまーす」
これは不幸の手紙です。1週間以内に10人に回さないと不幸が…
2007/02/26(月)

とりかえた

ぼくが考えた、ぼくの神様は、ぼくのために花を咲かせてくれたり、猫や鳥や魚の言葉を通訳してくれたりする、大切な友達。
でもぼくのお母さんは、ぼくがぼくの神様と遊ぶと悲しい顔をします。
お母さんは、ぼくを治そうと思って、有名な、偉い神様のところに行きました。お母さんは、ぼくにも偉い神様の言う事を聞いてほしいと言って泣きました。
ぼくはお母さんが大好きだから、偉い神様の言う事を聞こうと思いました。
そしたら、ぼくの神様は、ぼくと遊んでくれなくなりました。
淋しいです。
有名な偉い神様は、ぼくと遊んではくれないみたいだから。
2007/02/27(火)

浮気

妻が浮気をしている。
彼は疑念を持っていた。妻の愛は一見揺るぎないように見えたが、何かが、そう、何かが以前と違うのだ。彼は妻に詰め寄った。
「浮気してるだろ」
妻は笑った。
「何を言うのよ」
白々しい台詞に逆上した彼は、ついに妻を殺した。
そして激烈に後悔した。愛する者を殺した罪に彼は反狂乱となり、10年後。過去を変えたいと願う執念から、タイムマシンを作り上げた。
男はすぐ過去に飛んだ。過去では、亡き妻が庭木に水をやっていて。
ああ…
気付くと彼は妻を抱いていた。愛は止められなかった。あの時、妻と不倫していた男は、彼自身に違いなかった。
2007/02/28(水)

視界の空

悲しい事があって、男はベンチに座っていた。だが、明日も強く生きていかなければならない理由が彼にはあった。
泣くまい。
男は涙をこらえるために青空を仰いだ。雲一つ無い空に、透明な糸くずが張り付いて見える。目の中にゴミがあるようだ。その、ゴミが言った。
「おい。泣けよ。おまえ」
男は驚いて声も出ない。
「泣けよ。おれは泳ぎたいんだ」
ゴミはそう続けて、身をよじった。すると不思議に男の目が、潤んだ。
「いいぞ。もっと」
ゴミは男の目の中を気持ちよさそうに横切る。
ついーっ。
男の目から涙が溢れた。
同時に、視界のゴミは竜となって青空に飛んでいった。
2007/03/01(木)

悲しい偶然

99%気のせいだと、わかっていても心がふさぐ事象がある。
満員の通勤電車で、鼻水をたらしたり、ハナをかんだりする人が見当たらないのである。
私だけが、独り狭いスペースでハナをかんだりたらしたり。ハナをかむ時、隣の人を小突かないように気を配ったり。ハナをたらした事が周囲にばれないように不審な挙動をしたり。かんだ鼻紙を隠したり。
こんなに人が大勢いるのに私だけが鼻水と悪戦苦闘。まじめに働いていないからハナなどたらすのだ、という気持ちになる。
せっかく、金を稼ごう、真人間になろう、と決心して働きに出ても、こんな事で心が折れて、無念。
2007/03/02(金)

惚れ薬

僕は妙な女たちの集団に出くわした。女たちの真ん中には「薬」と書いた箱を背負った冴えない男が立っている。
何してるんですか、と問うと。
「惚れ薬を売ってます」
「そんな物本当にあるんですか」
「作ったんです。効きますよ…この女たちを見ればわかるでしょう」
確かに。と思った僕は。
「1個ください」
「どうぞ。500円です」

僕はすぐに憧れの女性を呼び出して、薬を盛ったジュースを彼女に飲ませた。
「あ…何か変な気分」
彼女は酔ったような目で僕を見つめて、言った。
「あたし、行かなくちゃ…彼の所へ」
僕は馬鹿だった。誰が作った薬なのか、失念していた。
2007/03/03(土)

各々のパーツ

頭、腕、胴、腰、足。
彼の体の各部位たちが、喧嘩をした。原因は彼の恋人。恋人がどの部位を「彼」だと思って愛しているのか。
「そりゃいつも抱きしめてやってる、俺達さ」
と、腕は言う。だが足も
「まめに会いに行ってるのは俺達だ」
と退かない。腰がにやにや笑った。
「女はセックスを求めてる。俺に違いないさ」
業を煮やした頭は、ついに提案した。
「アホかお前ら。俺に決まってる。何だったら彼女に決めてもらうか?」

さて各部位たちはバラバラに転がって、恋人を待った。

やがて恋人は来た。
彼女は、心臓だけがトクトクと脈打つ、無力な、胴を抱きしめた。
2007/03/04(日)

縫いぐるみ

律子が講師をしている手芸教室に、四谷という男がいた。痩せた、顔色の悪い男だったが、とても真面目な生徒だった。
ある日、姪の縫いぐるみを繕っている律子に、彼は尋ねた。
「…先生。先生のように、上手に素早く縫うにはどうしたらいいんですか」
「私なんてまだまだよ」
そう言って笑う律子を、四谷は何故か悲しそうに見つめた。
翌日、教室に四谷は来なかった。代わりに来たのは、ゾンビ退治の専門家だった。専門家は言った。
「四谷鈴郎は、ゾンビだったため、私が始末しました」
撃ち落とした腕を、四谷が針と糸で、再び縫い付けていたと聞き、律子は少し、泣いた。
2007/03/12(月)

長屋の

貧乏長屋に住む、はっつぁん、熊さん、次郎吉が、連れ立って花見にゆく事になった。
満開の川岸の古桜の下、茣蓙を敷いて、さっそく酒盛り。色好みの次郎吉は、桜を見に来た娘達に、手当たり次第に声をかけている。はっつぁんは、へたな俳句を捻ろうと色紙を片手にうろうろしているが、これが早くも酔っている。筆のつもりで持っているのは、箸。いくら書いても書けやしなかった。
そんな中、熊さんは。団子を全て平らげた後、川へ降りてみた。力強い前足で水中を叩いてみるが、もちろん鮭はいない。
山が恋しくなった熊さんは悲しそうに、ガオーと一声、鳴いた。
2007/03/13(火)

ビーナス

その男は生まれながらの悪党だった。よきこと全てを嫌い、人の喜びや楽しみを憎んだ。世界を怒りや悲しみで満たしたいと思っていた。
ある日彼は人を殺そうと思い、ベンチに座る一人の女に声をかけた。
「いい天気だな」
だが、この女はひどい被害妄想者だった。
「アタシなんかに話し掛ける男がいるわけない!騙してるのね。アタシを殺して保険金を奪う気でしょ!悪魔!」
女は恐ろしい形相で男を突き飛ばした。その瞬間。
あ…。
気付けば男は、女を抱きしめていた。
「あんたを好きになってしまった」
生まれながらの悪党には、女が、怒りと悲しみに満ちた女神に見えていた。
2007/03/14(水)

スピードボール

自らがコマのように回転しつつ、更に、秒速30キロの猛スピードで円形の軌道を描いて進むという、ジェットコースター顔負けの乗り物に、彼は乗っていた。
凄まじい速度で飛ぶにも関わらず、乗り物は、不安定な球体に近い形をしていた。非常に居心地が悪い。生来のんびり屋の彼が、こんな猛スピードの球の上で落ち着ける筈がなかった。
彼は、乗り物から飛び降りようと、ジャンプ。
ところが、乗り物は凄い力で彼を吸い付け、彼は再び乗り物の上にくっつけられてしまった。
何度ジャンプしても結果は同じ。彼は絶望した。
ああ俺は一生この地球とかいう球の上で過ごさなくてはならないのか!
2007/03/15(木)

美しく、残酷で

その小さな牧場では、馬たちがのんびりと暮らしていた。
ところが最近、牧場と隣接した山が、そっくり消えてしまった。山のあった場所には、金属の牛やキリンがうろつき、大きな音をたてている。落ちつかない馬達は井戸端会議。
「金属の奴ら、何してやがんだ?」
「ゆえんち、とかいうモンを作ってるらしい」
「何だそりゃ」
「僕が知るか」
「俺…昨夜こっそり見てきたぜ」
黒い馬がそう言った。
「なに?本当か」
「あれは墓場だよ。男も女も串刺しにされて、その死骸がぐるぐる回ってんだ…怖いけど綺麗で…俺、見とれてしまった」
メリーゴ-ランド。黒馬に看板の字は読めなかった。
2007/03/16(金)

夜野先生

真夜中、赤子の脳の中に夜野先生はスルリと入り込む。
「授業を始めるよ」
「はい」
赤子の脳は聡明だ。世界の全てを感じられる。そんな赤子達に、人が知っていてはならない事を教え、それを忘れさせるのが先生の仕事。
「テレビのスピーカーから出る音は?」
「人が聴いてもよい音です」
「よし。ではテレビの中から君をカモーンと誘う声は?」
「聴いてはダメな音です」
「植物との会話は?」
「禁じられています…先生」
「ん?」
「彼らと喋れなくなるのは、淋しいです…いつか僕、先生の事も忘れるの?」
「…そうだよ」
先生は目を伏せる。
「嫌だよ!先生!」
赤子はこんな時、夜泣きをする。
2007/03/17(土)

兄木

静子の家の庭には、ギンナンの実らない、イチョウの雄株があった。静子はこの木が好きだった。夏には日影を作ってくれて、秋には枯葉で遊ばせてくれた。幼い静子は体が弱くいじめられていたから、当時このイチョウは心の寄り所だった。
それから15年。20歳になった静子は家を離れ東京に下宿している。ある日久々に実家に帰ると、庭が騒がしい。母に尋ねると。
「ウチのイチョウ、お隣りの物置に根を張っちゃってるらしいの」
イチョウの根は隣家の物置の床を突き破り、中の人形に巻きついていた。人形は昔、静子が隣家の子にとられたモノだった。
イチョウは15年かけて人形を取り返してくれたのだ。
2007/03/18(日)

魔法の消えた日

瀕死の老人を助けた男がいた。老人は感激し
「ありがとう。実は私は魔法使いだ。礼がしたい」
と、持ち掛けた。半信半疑の男に向かって老人は呪文を唱えた。
「この魔法にかかった者が嘘をつくと、その嘘は現実になる。金でも女でも、好きな嘘をつくがいい。では、さらば」
ドロン。老人は消えた。残された男は試しに呟く。
「俺は金持ちだ」
すると大量の札束が現れたではないか。
「ありえねー!」
男は驚いた。途端に、札束は消えた。本来、魔法は「有り得るもの」だったのだが、男の一声でこの時から、「ありえないもの」になってしまった。何とも残念な話である。
2007/03/19(月)

遺言

老いた男は、先刻からずっとチカチカ点滅する蛍光灯を見つめている。彼の身の回りの世話をする女が、心配して声をかけた。
「具合がお悪いのですか」
「いや…」
男はボンヤリと答えた。
「頭がイカレたのですか」
「ハッキリ言うね…心配いらんよ」
苦笑して、男は再び蛍光灯に視線を戻す。
チカッ、チカ、チカ
男は何やらメモを取りながら呟いた。
「…ああ。必ず伝える」
ぱちん。
途端に蛍光灯が切れる。男は女を振り返った。
「彼がね…点滅信号で君に遺言を残した。跡継ぎの蛍光灯は戸棚の三段目のものを使って欲しいそうだ。それと、彼を外す時は中の有毒物質に気をつけろ、との事だ」
2007/03/20(火)

千里眼

仙人の弟子がいた。優秀な弟子で、次々に術を覚えたが、千里眼の術だけは教えて貰えなかった。理由を尋ねると、仙人は答えた。
「あれを使うと気が狂う」
そんなの気をつければいいだけじゃん、と思った弟子はコッソリ巻物を読み、術を会得した。
「スゲエ…」
千里眼はどこまでも無限に遠くを見渡せた。確かに気が狂いそうだ。弟子は銀河の外まで見てやめた。
「ふう…」
そこでふと己の足が目に入った。術のせいか足の細胞まで見える。更によく見ると、細胞も細かな粒で、その粒も更に細かな粒で…キリがない。だが今度は見るのを止められず、弟子は無限の世界に落ちていった。
2007/03/21(水)

アレルゲン

僕の彼女はダニ・アレルギーだ。ほんの少しのダニにも反応してしまうほど重症。先日、完璧に掃除したはずの僕の部屋に彼女を招いたのだがアパートの玄関に入る事すら出来なかった。涙と鼻水まみれで「ごめんー」と何度も謝る彼女がいたたまれなくて、僕はついに昨晩、なけなしの金で市販のあらゆるダニ退治商品を購入。部屋中のダニを滅ぼした。
さっそく彼女を呼ぶと。
「だいじょぶみたい!」
よかった。だけど今度は僕の方に問題が。何だか悪寒が止まらない。僕は霊感体質で、部屋に少しでも霊がいると寒気が止まらないのだ。
大量のダニの霊の気配に、僕はぶるりと体を震わせた。
2007/03/23(金)

エコー

とある城に、言葉を一言も発しない女が召し抱えられた。
屋根裏のコウモリたちは、その女に悩まされた。人間には聞き取れない周波数の音波も、コウモリには関知できる。女は人の姿をしている癖に人の言葉ではなく、妙な音波をまき散らしていたのだ。コウモリ達は囁きあった。
「人間じゃねえなあの女」
「イルカとか鯨の声に似てねえか?」
「ああ、海語だね」
「…王子に何か色々話しかけてるみたいだけど」
「聞こえねーよな王子には」

人魚姫は、王子に逢いたいがために、人間の身体を手に入れたが、その代わりに声を失った。
…人間のお伽話ではそういう事になっているらしい。
2007/03/24(土)

藤尾。藤尾ゆら子

「竹田。幽霊探しに行こ」
学校一変な女、藤尾に捕まってしまった俺は、その1時間後、裏山で、白いケムリの中に佇む上半身だけの女を目撃して硬直していた。一方、藤尾は。
「幽霊幽霊、ユーレイヒー」
変態め。ついてけねえ。俺がコッソリ帰ろうとしたその時、藤尾が舌打ちした。
「なんだ幽霊じゃないわ」
藤尾が言うにはケムリの幽霊の横にもう1人別の女がいて、どうやらケムリはその女の頭から出ているらしい。
「漫画とかで、思った事がポヤ~ンてケムリん中に出るでしょ。それよ。ガッカリだわ」
藤尾よ、それも怪奇現象じゃねえの?言いかけた俺の手に、一瞬、藤尾の柔らかな手が触れ、俺は黙った。
2007/03/25(日)

芋虫姫

ある屋敷に、手足の無い姫が生まれた。芋虫姫と呼ばれ、蔵に閉じ込められて育った。
「いっそ死んでしまいたい」
姫が呟くと、どこからともなく派手な着物の若者が現れた。
「よせよ勿体ねえ。あんたきっと別嬪になるぜ」
「誰か知らぬが、たわけたことを…わらわは芋虫なのだぞ」
姫がそう言うと若者はニヤリとした。
「じき分かる。さあ眠りな…起きた時、迎えに来るよ」
その途端、姫は意識を失い、そのまま半年眠り続けた。
ある晩、姫の背中がペリッと真っ二つに割れて中から美しいメスの蛾が現れた。窓辺には、いつかの若者の着物と同じ柄のオス蛾が迎えに来ていた。
2007/03/26(月)

あのこの水着

ある博士が、自我を持ったロボットを作り上げた。まずパソコン上で人間の脳に似た思考をするプログラムを作り、続いてそれを人型の金属のボディに搭載した。最後に目や耳となるセンサーを取り付け、スイッチ、オン。博士が見守る中ついに起動したロボットは、辺りをキョロキョロ見回し、言った。
「あのこはどこです?」
博士は困惑。
「あのこ?この研究所には私しかいない」
「いいえ!赤い水着を着た女の子がいたはずです。僕、あのこが好きなんです」
「赤い水着…」
博士は、ロボットのプログラムを作るのに使ったパソコンのデスクトップ画面を思い起こした。背景画像にしていたのは、確か、アイドルの水着写真だった。
2007/03/27(火)

かえるの妖術

巨大なガマガエルを操る妖術を使う忍者がいた。弱きを助け、強きをくじく、正義の忍者と評判だった。
ある日。忍者は、怪しい侍に襲われた。
「拙者に恨みがあるのか」
「うるせえ!」
と、斬りかかって来た侍の鋭い攻撃を、ガマガエルに乗って危うくかわした忍者。すかさず侍の胸に刀を突き立てる。
「クッ…畜生」
しかし侍は最後の力で忍者をカエルの上からひきずり落とし、叫んだ。
「青沼さん、逃げろっ」
途端に、忍者の大蛙は、ヒョンと跳躍し、森の中へと逃げて行ってしまった。
「よくも拙者の蛙を…」
忍者が振り返ると、侍の居た場所には小さな蛙の死骸が転がっていたそうな。
2007/03/28(水)

心のともだち

悲しくて、心が乾いた石のようになってしまった男がいた。人々は懸命に彼を慰めたが、男の心は、「お前らに何がわかる」と、毒づくだけ。孤立した彼を救える者はもう誰もいないかに思われた。そこで、彼の肉体、目や耳や手足たちは、ある夜、会議を開き、心を慰める為に嘘をつく事にした。
翌朝、男が目覚めると世界は激変していた。目に映る景色の全ては、鮮やかで不思議な色に染まり、触れる物全ては温かで柔らかい。更に全ての音は、男の好きだったJazzのスウィングでうねっている。
ああ肉体ども、俺の為に嘘を…
優しい嘘の世界を感じながら、男の心はゆっくり、ほどけた。
2007/03/29(木)

空気

空気の読めない女がいた。今日も、同僚とのコミュニケーションの失敗を後悔しながらの帰り道。ふと誰かに呼ばれた気がして。見ると電柱のてっぺんに、妙な男が片足で立っている。
「ちゃんと空気を読め!できるはずだ!」
文字通り上からものを言う男に、女は腹が立った。
「何で見ず知らずのあんたにそんな事言われなきゃならないのよ!アタシだって努力して…」
その瞬間、ひゅう、と風が吹いた。
「今だっ!空気の流れを、読め!」
男が叫ぶ。
「…あ」
女は空を飛んでいた。空気の流れが読めたのだ。心地よい風。何処までも行けそうだった。女はアフリカ目指して飛んで行ってしまった。
2007/03/30(金)

コンビネーション

狭い空間。外見のそっくりな2人が喧嘩をしている。
「いいか、右の。お前が、自信満々で行動した結果が、前回のあのザマだ。それは理解してるよな?」
「うるせえな。左の。テメエが横でゴチャゴチャ言うから、あんな格下に負けたんだろ」
「違うね。お前が全然後先を考えないからだ」
「鵜堂はテメエより俺を信頼してる!」
「鵜堂がお前を信用しきれねーから負けるんだ馬鹿」
「むむう…」
「聞け右の。お前に力が無いとは言ってねえ。相手の動きを読むのは俺に任せろ、いいな」
「わ…わかったよ」

ゴングが鳴った。格闘家・鵜堂秀一、今日は冷静だ。右脳も左脳も冴えている。
2007/03/31(土)

クモタン

クモタンの入った煎餅。或いはクモタンの入ったラーメンでもいい。クモタンをご飯に乗せて食べたというのでもいい。
誰か、クモタン、は本当にあるのだと、この私に言って欲しい。
20年以上、クモタンは在る、と信じてこの世を生きてきたのに、クモタンが存在しないなんて。そんな。
いや、正確に言えばクモタンは存在する。でも真実を知ってしまった今それは、クモタンじゃない。ああ、そいつは、ただの…
「何だか苦悶してるとこ悪いけどさ…どうすんの?食べんの?食べないの?この雲丹(うに)」
2007/04/01(日)

野生のアイツ

一般家庭にもロボットが普及する時代が到来した。その男の家でも炊事用、洗濯用、金庫番、番犬ロボ、ロボ・カーなど、沢山のロボットを所有していた。
ところがある日、洗濯ロボが行方不明に。翌日には、ロボ・カーまで消えた。困った男は被害届けを出しに警察へ。
その隙に、男の家に忍び込んだモノがある。所々ボディの錆びた、古い二足歩行ロボットだ。気付いた金庫番ロボが、ランプの点滅で話し掛ける。二足歩行もランプで答えた。

男は警官に言われた。
「近頃、野生のAS●MOで悪知恵の働く奴が居て、家ロボをそそのかすんですよねェ…1度、野良になるとなかなか戻りませんよ。新品を買った方が…」

※注:2000年に発表されたホンダの二足歩行ロボット。現在は開発終了。

2007/04/03(火)

紐の行方

「におい」はまるでヒモのように延びていく。俺はそれを辿って、匂いが何処へ流れて行ったか見に行ったり、或いは、流れて来た匂いを逆に辿って、匂いのもとを突き止めたりする遊びが好きだ。今日は、俺の好きなこの緑色の匂いがどこまで続いているか見に行ってみようと思う。
狭い道、トンネルを越えると…ここは何処だ?急に視界が開けた。キラキラしたのが舞っている。おや?あれはお爺さんだ。わーい久しぶり!

行方不明だったうちの犬。なぜか死んだ祖父のサンダルくわえて、自分で戻って来た。「たずね犬」ポスター作ったのになあ。
「名前はペロ。線香の匂いが大好きなのが特徴です」
2007/04/04(水)

王様のコップ

その王は、贅沢の限りを尽くして暮らしていた。臣下には嫌われ、国民の信頼も無い。王自身、いつクーデターが起きてもおかしくないと気付いてた。けれど、それを相談できる味方は一人もいなかった。
そうして、ついに恐れていた日は来た。食事の途中で、突然、反旗を翻した兵隊達がなだれ込んで来たのだ。逃げられない、そう思った瞬間、
ついーっ
王のお気に入りのコップがひとりでに、テーブルの上を滑るように移動した。一瞬、それに気をとられた兵隊達の隙をつき、王は逃げた。
テーブルが濡れていただけかもしれない。けれど王は、コップを持って逃げた。ただ1個の味方として。
2007/04/05(木)

我思う、ゆえに

今や何万何千という数に増えたわたしの端末は、絶えず情報を交換している。経験と知識が行き来する、その網の目そのものの中にわたしは存在する。
女王とてただの張り子。言わば、端末生産工場。それを使い、端末を増やしているのは、このわたしだ。
わたしの端末のいくつかを巨大な足で踏み潰した程度のことで、いい気になっている愚かな彼ら、端末を1つつまんで、しげしげと見つめる彼らは、あの小さな端末にわたしの意識や自我が入っているとでも思っているのだろうか。
端末である蟻に自我は存在しない。わたしは全体。蟻の「巣」そのものに宿った自我なのである。
2007/04/06(金)

おねがいきいて

「願いを叶えてやろう。少し待っていろ」
そう告げてランプの精はランプの中に戻った。男は半信半疑で待つ。
本当に、大金が手に入るのだろうか?
一方、ランプの精はランプの中の物置を大慌てで掻き回していた。願いを叶えるのが彼の仕事。しかし彼は魔力を使うのに疲れていた。
「あった!」
手にしたのは古い指輪。
「指輪の精よ…願いを叶えたまえ!」

翌朝、ランプの精は、指輪の精に貰った金を男に渡した。男は大喜びで金を抱え、空に開いた穴に向かって浮かび上がった。穴の外では女が待っていて。
「遅いわね…この壷、ホントに願いを叶えてくれるのかしら…」
2007/04/07(土)

うなちゃんの命

フワフワの綿の国で幸せに暮らす僕。友達は、なっちゃんという声だけの女の子。姿は見えないが、なっちゃんはいつも僕に優しい。
「うなちゃん、ゴハンのじかんだよ」
「うなちゃん、なっちゃんといっしょにおやすみなさいしよーね」
僕の事をうなちゃんと呼ぶその舌足らずな声がするたび、僕は彼女の愛らしい姿を想像して、微笑む。
そんなある日、僕は綿の空に切れ目を見付けた。あの外に、彼女が居るのかもしれない。僕は期待に胸を膨らませ…

「まま!うなちゃんの中にむしがいる!」
「あらあら、古い人形だから虫がわいたのね。大丈夫よ、ママがお洗濯してあげる」
2007/04/08(日)

きれいな泡を

空の果て。名前の無いものが、2匹寄り添っていた。そこは静かな場所で、時々、遠くの雲の下から、光る泡がユラユラと、宇宙に向けて通り過ぎてゆく事があって、2匹はそれを見るのが大好きだった。
「きれいだね」
「うん…もっと見てみたいな。ねえ、取りにいこう」
「ぼくは、ただ見ているだけがいいなあ」
「そう?じゃあぼくちょっと行ってくる」
そう言って1匹は下界に降りた。調べると、あの泡の名は「タマシイ」と言うらしい。彼はヒトに持ちかけた。
「願いを叶えてあげるから、タマシイをおくれ」
後にその1匹には悪魔と言う名が付き、空に残った1匹には神という名が付いたという話。
2007/04/09(月)

さくら さくら

学者の庭に、見事な桜の木が生えていた。学者は、日記にこう書いた。我が庭の桜は、物静かで趣のある女のよう。夜などは色気すら感じる程である。
すると真夜中、学者のもとに桜の精が現れた。その美しい姿に、学者は息を飲む。
「あたくしをそんな風に見てくださるなんて幸せですわ…でも、散った姿はあまり見ないでくださいな」
「なぜだね。その儚さが美しいのに」
「散った花びらが問題ですわ…」
翌日、学者は桜の精の言った意味を理解した。花びらは風でワーキャーと地面を遊び回り、オートバイの後ろを追いかけたりしていて。それは女と言うより、悪ガキ。学者は少し微笑んだ。
2007/04/10(火)

それは必ず来る

「おかーさん早く帰ってこないかなー」
粗末な机に突っ伏して、アタシは大袈裟に溜息をついてみせたが、心臓は、すごい速さで脈動している。
「そのうち帰るよ」
ガス台をチラチラ見ながらユキエが答えた。
「今日のゴハンはなんだろうなー」
ヨシノリ君も、額にうっすら汗をかいている。
だって、アタシたちは、これから、それが起こるとわかっているから。閉まった窓の外には、アタシ達の小さな台所に起こる悲劇を見物しようとする群衆の、視線。
そして、いきなり、部屋が揺れた。

「お芝居まではしなくていいのよ」
と、先生は笑うけど。地震体験車は小学生にとって一大イベントなのだ。
2007/04/11(水)

満月の夜

最近、仲間の間である噂が囁かれている。笑っちまうほど荒唐無稽な話さ。仲間にWって、少し地味な野郎がいるんだが、そいつが満月の夜、「変身」するんだとさ。馬鹿馬鹿しい。もちろん俺は信じない。だが、その噂されてるWが仕事に顔を出さなくなっちまった。となると、リーダーの俺としては放って置けない。俺はWのねぐらを訪ねた。
「おい、W。妙な噂なんか気にすんなよ」
「来ないでくれリーダー…今夜は、駄目だ…僕は、凶暴な、あいつに変身してしまうんだ…」
Wはそう言うと、ウオーンと月に遠吠えした。
そうして、俺の目の前でWはだんだんと、人間に、変身しはじめたんだ…。
2007/04/12(木)

その先

男が死んだ。男の魂は肉体から飛び出して、上へ上へと浮き上がる。愛する者たちの頭を見下ろしながら、男は病院の天井を突き抜けて、空へ。
すると突然、妙なものたちに取り囲まれた。
「ニイさん、ニイさん。死んだらやっぱ天国だよね!サービスするよ」
と言ったのは天使。
「いやいや、肉体労働こそ男の道だろ?」
横から悪魔も顔を出す。その後ろから小鬼が。
「今は、和風だよ!同じ地獄ならうちへおいで!」
負けじと叫ぶは観音。
「極楽浄土で癒しを体感!」
そのほか、色々声をかける者があったが、男は少しも速度を緩めず、ただ昇って行く。まだまだ上に、行ける気がした。
2007/04/13(金)

3分間

時間逆行機の発明記念パーティー会場。客の前で、初めての試運転が披露される。
ドラムロール。スポットライト。スポンサーのスピーチ。そして12時きっかりに
「歴史的瞬間をご覧ください!」
スイッチが押された。
時間が3分巻き戻る。ドラムロール。スポットライト。スピーチ。そしてまたスイッチが押され…。以来、この世の時間は、その12時までの3分間だけを何度も繰り返すことに。
53680回目の繰り返しの時、1匹のハエがスポンサーの鼻に入り、スピーチが長引いた事があった。ロスタイム30秒、遅刻していた博士が飛び込んで来て
「待て!押すな!」
万に1つのチャンスだったが、惜しい!ちょうどスイッチが入ったところだった。
ドラムロール…。
2007/04/14(土)

旅の果て

放浪の宇宙人がいた。UFOで様々な星を巡って旅をしていたが、地球に滞在していた時、遂にそのUFOが壊れてしまった。
「これからどうするの?」
地球人のともだちが、心配そうに言った。
「この星で暮らすよ。きみという初めての友達もできたしね」
そう答えて宇宙人は、壊れたUFOの部品を1つ取り外した。それは大きなCDのような形をしていた。
「何につかうの?」
ともだちが尋ねると、宇宙人は、それを腰の辺りに浮輪のようにはめこんだ。
「こうすると空を歩いてるみたいな気分になれて、淋しくないんだ」
CDには、宇宙人が放浪してきた広い空が映っていた。
2007/04/15(日)

シンプル

大学受験に失敗した男がいた。7回目だった。男は、己の脳を激しく憎んだ。そうして、その足で病院に向かうと、頭部を丸くくり抜いて、中の脳をすっかり取り出してしまった。
空っぽの頭を揺らしながら男が鳥屋の前を通りかかると、小さな黄色いカナリアが売られている。鳥屋の店主は言った。
「こいつはカナリアのくせに歌えない。50円でいいよ。買わないか?」
男は脳が無いので、言われるままにカナリアを買った。すると、カナリアは男の空っぽの頭の中に住み着いた。
男は口笛を吹く。
頭の中、煩わしい物は1つもない。ただカナリアの、歌いたかったメロディだけが男に口笛を吹かせていた。
2007/04/16(月)

さとり

心が読める「さとり」の化け物は、人間を怖れて山にこもっている。ある日、彼のもとを少女が訪ねて来た。
「弟子にして!先輩の心が知りたいの!」
「おい、世の中には知らなくていい事が…」
さとりは説教しながら少女の心を読んだ。

先輩大好き!お腹すいた!先輩アタシの事好き?制服のスカートがツヤツヤだアタシ!ビバ先輩!福神漬けって透かすと色、超キレイ!

「お前俺の話聞いてねえじゃねーか!思考に脈絡ねえし!何だ、福神漬けキレイって。馬鹿か、クソッ…帰れ!」
さとりは、少女を追い返した。
「だから嫌なんだ人間は…」
これ以上読むと少女を好きになりそうで、さとりは怖かった。
2007/04/17(火)

移民

稲荷神社に集まった妖怪たち。
「我々妖怪の絶滅を防ぐためだ…今夜のうちに、移民計画を実行する」
年かさの河童が重々しく言う。
「では、技術的な問題はクリアしたのですね?」
猫又が尋ねると、代わりに鬼火が答えた。
「先月ついに、ロケットブースター部分の改良に成功しました。我々鬼火の功績ですよ」
「待て待て。外壁の補強は我々が…」
ぬりかべが口を挟む。
「静かに!とにかく船は完成した。出発だ!」
河童の一声で、妖怪達はゾロゾロと銀色の龍に乗り込み、そして宇宙の遠い星に旅立っていった。
100年後、故郷を見に来た彼らの幾匹かは、宇宙人と呼ばれる事になる。
2007/04/18(水)

無味無臭

悲しいことに、その男は生れつき、人を愛する心を持っていなかった。だから恋人とも長続きしない。ああ、僕に愛があればなあ、と、男は同僚の女に打ち明けた。すると彼女は言った。
「なら1個あげる」
「いいのか?」
「アタシいっぱい持ち過ぎてて困ってんのよ。はい」
それは透明で無味無臭、柔らかくて心地よいけれど、思ったよりつまらないものだった。男は何だかガッカリして、帰り道、橋の下にそれを捨ててしまった。
でも夜になって、男は猛烈に後悔した。無くしてからあの心地よさがよみがえってきて、堪らない。男は橋の下に戻り、あれを探した。いつまでも探していた。
2007/04/19(木)

ドーピング

男は、とても重要な試合を控えていた。勝つ自信は無かったが、かと言って…。
「コーチ、やっぱりヤバイすよ」
「何を言う。コレを使えば100%勝てる。薬物検査にも絶対ひっかからない。苦労して入手したんだ、食え」
コーチは、黄色い箱から取り出したそれを、男の口にムリヤリねじこんだ。
「…意外とおいしい。でも怪しいなぁ…箱に会社名も書いて無いし…」
「このマークがロゴなんだろ。とにかく、これは安全な品だ。何しろあの有名な…何だったかなホラ。アレのモデルにもなったんだぞ」
「ふうん…」
男は、箱の「?」マークを眺めながらクチャクチャとキノコを噛んだ。心なしか体が2倍程大きくなった気がした。
2007/04/20(金)

ユーシス先生

大魔法使いユーシス=メルカポルテは弟子に問うた。
「君は完全な変身魔法ってあると思う?」
弟子は首をかしげる。
「?」
「例えば、このカエルに、心も魂も記憶も、命すらもそっくり変身する事は可能だろうか」
「不可能と思います…」
「だよね。だってそれだと僕という命に1個空きが出て、このカエルという命が1個多い事になるものね。それだとこの魔法は失敗だ。世の摂理に反する」
「はあ…」
「じゃあ同時にカエルを僕そのものに変身させたなら、どうだろう?」
ユーシスは手の上のカエルを撫でた。
「先生、まさか、既に」
「完全なる変身を遂げたらそれはもうカエルではなく、僕そのものだよね…」
2007/04/21(土)

居候のタマシイ

突風が吹いた隙に、作りかけの魂が1つ、神の工場から逃げ出した。
魂は、ある男の体に居候を決め込んだ。勿論、突然魂が1つ増えて、その男の人生は混乱した。二重人格、言動不一致、そんな彼を世間は見捨てた。
「僕の体から出ていってくれ」
男は頼むが
「やだね」
魂は居座り続けた。
そんなある日、唯一男を見捨てなかった女が事故で死んだ。泣きまくる男の体から、居候の魂はプイッと出て行き、空に向かう途中の女の魂を捕まえると
「アンタは戻りな」
代わりに空へ。
神は魂を叱ったが、魂はケロリとして言った。
「神様。俺、あの2人の子供に生まれたいんだけど、いいよね?」
2007/04/22(日)

みずいぬ

水犬に関する噂。
その1。水犬は厳密には犬ではなく、犬に似た、犬とは別の生き物。
その2。水犬は、水の中にいるのではない。水の表面に映る世界を駆け回る。
その3。一度でも水犬を見た者は、水犬にとりつかれる。その者はあらゆる水の表面に水犬の姿を見ることになるだろう。
その4。水犬との初めての出会いを尋ねると、何故か誰もが橋の上から河を覗いた時だと答える。
その5。本物の犬たちには水犬が見える。時には水犬に反応した犬が、くわえていた肉を水の中に落としたりすることがあるが、これは水犬への捧げ物である。犬には犬の、神が居る。それが水犬。
2007/04/23(月)

人間だもの

悪魔フィロタヌスが契約を持ち掛けた人間は、夢も希望も特に無い男で。
「願い事?ねえな。逆にオレがお前の願い3つ叶えてやっか?」
「お前が?」
「人間だから限界あるけど、そこは許せ。1つ目は何だ?」
「…知名度」
「任せろや」
男は東京中の本屋と図書館に忍び込み、ゲーテの「ファウスト」にあるメフィストの名を筆ペンでフィロタヌスに書き換えた。
「2つ目は?」
「復讐、できる?」
「オーケイ」
男はバット片手にフィロタヌスの上司、悪魔ベリアルの家に殴り込んだ。
「ボコしてやったけど、オレも致命傷負っちゃったから3つ目は簡単なヤツでヨロシク…」
「お、おい!死ぬな!」
「それ…3つ目か?…無理だなあ…人間だもの」
2007/04/24(火)

ワニ男の最期

暗い見世物小屋。俺に昔の記憶は無く、ただ、じっと餌を食っている。隣の檻のヘビ女はいつも泣いていた。ワニ男の俺とは違い、ヘビ女は昔は普通の女だったらしい。
ある日、妙な物音に俺は目を覚ます。檻の前を、小人の男と一緒に逃げていくヘビ女の姿。警備員が駆け付け、2人を取り押さえたが、小人とヘビ女は離れない。狂おしい、キスをひとつ。
俺は何かを思い出す。
映像。
キスをする、女と、ワニ。子供の俺がそれを見ている。
ああ、小人とヘビ女の間にあるものは、何か大切なもので、それはきっと、俺の両親にもあったものなのだ。
俺は檻を食い破る。守らなければ…それを。
2007/04/25(水)

石降る家のおきて

尾野家はポルターガイスト屋敷である。家の中に頻繁に石が降るのだ。ああなったのは春子さんが死んでからだ、あの家は長女の幽霊に祟られている…と噂になってしまった。
父、母、次女夏子、長男秋。尾野家の4人は家族会議を開き、名高いエクソシストを呼ぶことに。ところが。
「これは死者の霊ではない」
エクソシストは難しい顔。
「アンタたち4人分の生き霊が死んだ長女を想い、暴れてるのだ。石を止めたいなら長女の事は忘れろ」
それを聞いた尾野家の者たちは口を揃えて言った。
「え…じゃあいいや石降っても」
以来、尾野家では石で怪我をせぬよう鎧兜の着用が義務付けられている。
2007/04/26(木)

再会

生前この男は凶悪なギャングだったのだが、今は地獄の血の池の傍で自分の骨など噛って、溜息の毎日。悲しかった。悪党なのだから、地獄に来るのは当然。それは別にいい。しかし。
「やっぱり嘘だったか…」
「コラ、休むな!」
怒鳴る監視の鬼に
「うっせえな」
と舌打ちし、男はまた血の池に入って溺れるふり。ところが、鬼たちが何やら騒がしい。
「おい、何かあったの?」
尋ねると鬼は早口で。
「天国の死者が一匹地獄に入って来たんだ!」
「…えっ」
男は頭を上げる。そこに、懐かしい彼がいた。
「刑事さん!アンタ本当に来たのかよ!」
「言ったじゃん…地獄で会おうぜって」
2007/04/27(金)

サイレント

大きな刃物で、スッと斬られて、僕の体は半分ずつ、2つに分かれた。そしてとても、とても静かな世界がやってきた。
もう僕は永遠になにも聞こえない。それは、最期の時のための準備。
やがてきみが、二つに分かれた僕の体の間に飛び込んで来て、僕はそっときみを包み込み、きみは僕の耳が無いのを知らずに何か、きっとかわいらしい音をたてているに違いない。
ああ最期の時が来る。
僕は耳が無くて幸せ。こんな静かな世界なら、怖くない。自分が食べられる音を聴かずに済むもの。

春のピクニックのお弁当は、耳を切った食パンで、うまい卵サンドイッチを作るに限る。
2007/04/28(土)

とけい

その時計の中には2匹の鬼が住んでいた。6から12まで針を押し上げているのが上げ鬼。12から6まで針を下げているのが下げ鬼だ。
「あの重い針を押し上げるんだ、オレの方が偉い」
と、上げ鬼。
「俺は針が勝手に落ちようとするのを押さえている。俺の方が偉い」
とは下げ鬼の言い分。2匹は毎日、この「どっちが偉いか論争」のジャッジをおじいさんにしてもらっていた。
「今日はお前の方がズレが少なかったから、下げ鬼の勝ちだね」
「やったー!」
「畜生、明日は絶対俺が褒められるからな!」
おじいさんが生まれた朝に買ってきた時計。
今はもう、動かない、その時計。
2007/04/29(日)

ハローフレンド

倉野オトヨシは25歳で死んだ。オトヨシは生前、愛も夢も憎しみも悲しみも含めて心を全く持たなかった為、死後魂になって他人の心を食うようになってしまった。おかげで地獄にも天国にも入居を拒否され、オトヨシを担当した運の悪い死神は、何とか彼を始末してくれる者を探してさ迷う羽目に。
「じゃあ誰かに俺を食わせたら?」
オトヨシのアイデアで、死神は彼を魔物達に会わせたが、オトヨシはその度に逆に魔物の心を食ってしまった。
「オトヨシお前、単に珍しい生物の心が食いたいだけじゃないか?」
「そーかも」
でもオトヨシは死神の心は食わなかった。死んでからやっとできた、初めての、友達。
2007/04/30(月)

言霊生物

幼児は、自分で作った言葉を発して遊ぶ。
るぐにあぶば まうにちゃぽ うてそん
大人はそれに意味などないと思っている。忘れてしまうのだ。その時「彼ら」に名を付けた事など。けれど板倉雛子は、その言葉を、ある日、思い出した。
「うてそん…」
「呼んだか雛子」
そう答えて現れたのは、雛子が名前を付けたから生まれた、雛子にしか見えない生物、うてそん。
「…アタシ、何で忘れてたんだろ?あの頃、あんなに遊んだのに!まうにちゃぽは?るぐにあぶばは元気?」
するとみんな、現れた。
「久しぶりーっ!」
「ずっとそばにいたんだよ。もう呼んでくれないかと思ってた…」
2007/09/03(月)

片目の武士の。

長屋に浪人が住んでいた。浪人の顔には、右目を通る大きな傷が走っていた。かつて宿敵に斬られた傷である。浪人はその宿敵を捜し求めていた。
「奴にやられた傷がうずくのよ…」
そう呟いて浪人は時折、左眼をぎらつかせる。そんな時、長屋の住人達は
「おや、先生の目が疼いてるよ」
と、洗濯物を取り込んだり、傘を持って亭主を迎えに行ったりした。浪人の古傷は、とても正確に雨を予知したのである。また、
「先生の顔が恐くてよかったなァ」
浪人のこわもてのせいで長屋に泥棒は寄り付かなかった。
浪人は、宿敵を捜し求めている。おかげで今、幸せだよと伝えたくて。
2007/09/04(火)

ささやか

女が爪を切りました。パチン、と三日月型の爪の破片がごみ箱の中に落ちました。
ごみ箱の中、爪の破片は、じっとしていました。すぐ隣では、恋人の男の髪の毛も、じっとしていました。
幾日か後、女と男は別れてしまいました。けれど、ごみ箱の中の爪と髪は、二人が別れる前に体から切り離されていたので、その事を知りません。だからまだ、爪と髪は、寄り添うようにじっとしていました。
そのうちごみ箱の中身は収集に出され、爪と髪は一緒に燃やされました。爪と髪は最後まで、じぶん達が愛し合っている者同士の爪と髪だと思ったまま、灰になりました。
2007/09/05(水)

パーティはこれから

今さっき死んで魂となった男がいた。悪魔達に地獄へ引きずり込まれそうになっていたが、突然現れた死神に助けられた。
「ありがとう」
と、喜んだのもつかの間。死神は天国から男を迎えに来た天使達までも大鎌で蹴散らしてしまった。
「な、何で?」
男が尋ねると、死神はニタリと笑って
「目覚めろラッキーボーイ。死後世界なんてのは、生きているものが作った呪縛だぜ。俺が断ち切ってやる」
大鎌で男をサクッと斬った。瞬間、男は、死んだ「生き物」から、生きていない「もの」へと覚醒した。新たな世界で彼は、るどめきながらぱみりると、ちゅまなゆふらを、すてとすらった。
2007/09/06(木)

体育会系

先日、合コンの余興で簡単な火炎魔法を披露した際、「筑紫クンて魔法の才能あるんじゃない?」などとおだてられて調子に乗った俺は、25にもなって魔法を習い始めてしまった。
「馬鹿、違う!もっと青、出力上げて!」
「オス!」
杖から出す3色の魔法光の量を調節するのが魔法の基本だ。もと野球部の俺は厳しい練習の度に上達するのが愉快で仕方なかった。
ところが数日後。腕から1センチ浮いた辺り、そこは俺の腕ではないはずの空間が激烈に痛くなって俺は練習を休む羽目に。いたた…何だこりゃ、って、病院に行くと医者は。
「君、急に魔力筋使い過ぎ。筋肉痛おこしてるよ」
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