512(2008)

2008年も連作や長編を書いていた間は中抜けになっております
2008/03/08(土)

ラ・ラ・ラ!

ひどい事故だった。絶対死んだと思った。でも見て、僕は生きている!
目がよく見えない、耳がよく聞こえない、体もうまく動かせない。でもまた、君に会えたよ。
泣いているの?僕が生きていたことが、嬉しくて?
僕もとても嬉しい!
僕はそう言った。うまく喋れなかったけれど。いいんだ、生きているだけで幸せだから。
ああ僕は生きている!
僕は立ち上がった。君は走り出した。そうだね、走ろう、生きている幸せを感じよう。
きみの走ってゆく先に、何か見えた。何だろう?光った。きれいだな。

警官隊は、逃げてきた女性を保護すると、動く死体に銃を向けた。
2008/03/09(日)

ふたり

シャンプーをしてやっていると、プードルが眠そうな声を出した。
「佐渡よォ…」
なんだよ。
「知ってんだぞ俺は」
何を。いつもこうしてもったいぶった言い方をするのだ、コイツは。
「佐渡は、俺を友達か何かだと思ってんだろ」
悪いかよ。
「悪いよ」
プードルは、ペ、と唾を吐き、僕は少しショックを受ける。僕とプードルは友達だと思っていたのだが、それは僕の一方的な思い込みだったようだ。
「俺の方が絶対先に死ぬんだぜ。そしたらお前、後追い自殺するじゃん。な?だからダメじゃん」
逆だ。コイツ思い上がってる。しないよ。
「ええ!?しろよ!」
しないよ。
僕はプードルを抱き締めた。
2008/03/10(月)

旧式

男は引っ越した。心が壊れる程ひどい出来事があったのだ。だが新しい家での暮らしは、何か足りない。どうやら前の家に、壊れた心の部品を1個忘れてきてしまったようだ。
取りに戻ると、なぜか家のあった場所は掘削され、青いシートが張られている。作業員に尋ねると、恐竜の化石が出たのだとか。これでは見つかりそうになかったが、男は一応部品を探してみた。
あった!
と思ったが何だか古い。違う。
でもピッタリだ。使ってしまえ。
その部品は、男の遠い祖先であるネズミのような哺乳類の心の部品だったが、大してバージョンが違わなかったので全然平気、良好だった。
2008/03/11(火)

MY HERO!

透明牢からは脱走できたものの、建物自体を抜ける道を知らず、再び奴らに捕まりかけていた僕を救ってくれたのは、何だかダーティな雰囲気の男だった。
「ひっひっひ…来な。こっちだ」
彼は怪我をしているようだが、平気で動いていた。
「日に一度、そこの窓が開く。それまでここに隠れてな。ヒヒヒ…やつら、驚くだろうよ」
「ありがとうございます!このご恩は…」
「ひっひ、よせよせ。おれはやつらが嫌がる事が好きなだけだぜ」
僕は一生、忘れない。養殖カブトムシの僕とは全然違う長い長い2本の角をくねらせて、人間どもを震え上がらせる、彼は僕のヒーロー、
ごきぶり先輩!
2008/03/12(水)

八つ頭

養育費の入金後、いつも必ずかけてくるのに、芳郎から電話がない。本妻も了承している筈なのに。
うう何で?と、呻く珠子の背後で、5歳になる六つ子達が風呂敷を被り、キャーキャー騒ぐ。先日、祭で見た獅子舞が気に入ったらしい。
「芳郎のばか!」
珠子は叫んで寝室に閉じ籠もった。六つ子は顔を見合わせる。
「ママどしたん」
「泣いてた?」
数時間後、寝室から出てきた珠子。手には巨大な、頭が8つある獅子舞。
「つくったの!?」
「キャー!」
大喜びの六つ子と珠子、7人入りの獅子舞は外に繰り出す。
「あっ!警察っ」
「キャハー!」
「いひー!」
頭は余らなかった。珠子が2個やったからだ。
2008/03/13(木)

ス魔イル零円

魔物ハンター・永瀬は、人肉を出すファーストフード店の噂を聞き、
これは魔物の匂いがプンプンするぜ
と、その店に直行した。
「いらしゃ~い」
この店員。マスクをしているが、吸血鬼だ。奥の毛深い店員は人狼だな?永瀬はすぐに見抜いた。
「ご注文は?」
永瀬は店員に十字架を突きつける。
「この、めずらしバーガーというのは人肉だな?俺はハンターだ!人喰い化け物ども、観念しな!」
吸血鬼は叫んだ。
「て、店長~!」
するとスタッフルームから、包帯だらけの大柄なゾンビが現れた。
「ボスは貴様か!」
永瀬が怒鳴ると、店長は静かに言った。
「人肉は人肉でもな、それ、俺の肉だぜ…文句ないだろ」
2008/03/14(金)

透明前夜

サトエの頭の中の奇妙な知識や、喋り方が好き。サトエの中身が、すごくすごく好きなんだ。
何でアタシ?と聞かれた日、確かに僕はそう答えた。サトエの容姿は、少し、イマイチかも知れないけど、僕は容姿なんかで恋人を選ぶのはもういやだったんだ。
でもさ、
「あのね、私、明日、透明になっちゃうらしいよ」
とか聞かされたらさ。
「まさかあの薬にそんな作用があるなんてねえ。ごめんね、アユム。透明人間はブスよりタチ悪いねえ」
「やめてよ。透明でもサトエはサトエだよ。ねえそれより、写真撮ろう」
「やだよ、写真嫌いだもの」
「お願いだよ」
ねえ、僕やっぱ、サトエの見た目も好きだったみたいなんだ。
2008/03/15(土)

洗濯物たたみ機

洗濯物たたみ機は、洗濯物をたたむだけの機械だ。
るるるるる
だから、電話が鳴っても出ることはできない。さっきから何度も鳴っているのだけど。
るる、ぴー
留守電に切り替わった。
「社長さんよォ、いい加減にしなよ?逃げても無駄なんだぜコラ」
洗濯物、しわを、のばす。
るるる
また電話。
「人でなし!僕らを見捨てるのか!?畜生、逃げやがって」
ぱさっ
たたみ機は、最後のシャツをたたみ終えた。つやつやしたボディの青いランプが点灯する。
でも社長は
わたしを毎日、磨いてくれたから
すき
洗濯物たたみ機は、洗濯物をたたむだけの機械だけど、そう思った。
2008/03/16(日)

それがぼくらの

だいたいが、柴田は馬鹿な奴なんだ。柴田だけじゃない。俺も、佐野も、救いようのない馬鹿だ。
だから俺も佐野も柴田もこういう馬鹿な死に方をするんだろうなってことは、とっくにわかってた。高校の頃からわかってた。ただ、誰が最初にそうなるのか知らなかっただけだ。
焼香をする俺と佐野を、柴田の親族だとかいう神妙な顔をした奴らが、遠巻きに見ている。場違い野郎どもめ、と言いたげだ。
だけど気にしないね。場違いなのはそっちだって、柴田は言ってる。
花で隠れた柴田の遺体
その左手。
ああまったく、見事だぜ柴田!
死後硬直で握った指、中指だけ残して。
2008/03/17(月)

写真の技術

「駄目なんです。被写体に対する想いはこんなに強いのに、うまく写らないんです」
そう語った新米の彼女に、「写真屋」は、告げた。
「想いがフィルムに写ると思ってる所が、素人なんだ」
その言葉に、え、と驚く彼女。
「勘違いするな。想いは二の次。要は自然と一体になる事だ」
最初は岩とか、砂とか、水で練習するんだ。写真屋は喋りながら頷いた。そのうち、光を操れるようになったら、
「アンタは完璧にその姿のまま、被写体の男の背後に写り込むことができるだろうよ」
頑張りな。
写真屋、と呼ばれる古い幽霊は、その時初めて優しい笑顔を見せて、彼女、新米幽霊を励ました。
2008/03/19(水)

スケッチ、春。

窓際の後ろから2番目の席で、S君は苛々と足を揺すっている。生物の岩井に何か不満でもあるんだろか。アタシも嫌いだけどね岩井。でもその割には生物だけ超点数いいんだよなS。なぜだ。不良のくせに。とか考えてたら突然、
パッキン
お。何だ何だ、キレた。
岩井の口から
「えー、ゾウリムシなどの下等な生物においては…」
という言葉が出た瞬間、彼は片手で鉛筆を握り折り
下等じゃねえよバァカ
と、唇だけ動かした後、舌打ちすると教室から出て行ってしまった。
あはっ。なんだそりゃ。変な不良だ。
アタシは彼のいなくなった椅子と机に差した陽光の中の、ホコリの舞うのを眺めていた。

※注:このSくんは、ワイルドヘヴンに出てきた佐古田の少年時代と思われます。

2008/03/20(木)

ケンちゃんの進路

眼鏡ごしに紙切れを眺めて、ケンが
「まっぴ、コレどう思う?ダメかなぁ」
僕を呼んだ。紙は、学校のPCで見つけた求人情報らしい。
「よりによってその職種!」
「向いてね~!」
僕が何か言う前に、よくケンをからかう女子達が口を挟んだ。彼女らは僕をシカト。僕は俯く。仕方ない。そもそもクラスで僕に話しかけるのはケンぐらいだもの。
「な、何だよう~まっぴもそう思う?」
やおらケンが僕に泣きついた。
「松崎君、コイツ甘やかしちゃイカンよ」
女子達はごく普通に僕を会話に入れてくれて。
僕は思った。
●変身ヒーロー急募!
弱きを助け強きをくじく軽作業です。未経験可。
ケン、やりなよこれ。

※注:このケンちゃんは、片隅にエレジィに出てきた津賀賢太郎と思われます。

2008/03/21(金)

絶対的絶望の友

親友、恋人、家族、誰も彼を必要としていない事が判り、男は絶望の底にいた。果物ナイフを隠し持ち、今から最初に会った奴を殺そう。と、決めたその時
「…ああ、」
足元から呻き声。見れば角と尾のある妙な生物が死にかけている。
「何だお前」
少し困った彼が声をかけると、生物は言った。
「…信じられないかもしれないが、俺、絶望を食う生物なんだ…お前の絶望、少し、くれ…星に帰る力がもう無いんだ」
呆然とする男に生物は角を突き刺し、ゴクンゴクンと絶望を飲んだ。
「こんな美味い絶望初めてだ…この星にお前がいてよかった」
去り際の生物の言葉に。男は少し、泣いた。
2008/03/22(土)

異次元の恋人

住む世界があまりに違う。それでも彼は、彼女を愛していた。彼女の世界に入ることは出来なくても、その姿を見に毎晩やってきた。
「また、来るよ」
見えない壁を挟んで、彼はキスをする。だがその夜、彼女は悲しい顔で告げた。
「気づかれてしまったの。私の"持ち主"に…。もう会えなくなるわ」
「何だって!?」
その時、彼女の世界が、ぎい、と傾いた。
「逃げて!」
彼女は叫んだが、彼は逃げなかった。彼の羽ならば簡単だったのに。
ぱたん
小さな羽虫を挟んだままな事に気づかず、学者は昆虫図鑑を閉じた。
羽虫は満足だった。彼女と同じ二次元世界の住人となれたのだから。
2008/03/23(日)

幽霊食いの話

悪霊退治。と言っても戦う訳ではない。三柴は霊を食うだけ。何故そんな事が出来るのか、三柴にも解らない。ただ何か、霊を食うとほんの僅か、心の欠落が埋まる気がしていた。
そんなある日、彼は気付いた。目の前の依頼人。この生きた女の魂食ったらもっと埋まるんじゃん?三柴は、依頼人の魂を
ぱくり
「あ…スゲェ」
心に、温度が灯る。埋まった。完璧に。
だが霊を食えなくなった彼は、その場で悪霊に殺されてしまった。
霊たちは三柴の魂をもバラバラに裂こうとしたが、亡骸からは女の魂と、今まで食べた霊がフワリと逃げていっただけで。三柴自身の魂は、どこにも、無かった。
2008/03/24(月)

きらきら

「実に面白い」
月彦くんはアタシが貸した古い少女漫画を食い入るように見つめていた。わずか8歳で、大学生のアタシと同じゼミを受ける程の天才児である彼のそんな姿は珍しい。
「あげるよ、その本」
アタシが言うと月彦くんは
「本当か」
と顔を綻ばせた。
「そんな面白い?」
「薦めたのは君だろう」
「月彦くんはくだらないって言うと思った」
「くだらないさ。ストーリーも絵も」
「じゃ、何がいいのよ」
「星が」
そこでなぜか天才児はツイとアタシから目を逸らし、
「女の人の目の中に、宇宙のように星があるというのは、素敵な発想だ」
本を抱えてパタパタと逃げていった。
…ん?
2008/03/25(火)

鳥、いちわ

長沼の胸ポケットには、インコが入っていた。長沼の完璧な暗殺の手際の中で、インコはいかにも浮いていた。
「あの、のほほんした青二才がこんな復讐を選ぶとはなァ」
10年前、長沼の恋人を殺した組織の男は、銃口を向けられて諦めたように笑った。
「1人1人殺ってく気か?死ぬぜ、お前」
長沼は答えない。
「つーかその鳥、何?」
最後の質問も無視し、長沼は男を撃った。同時にインコが歌い出す。
コンナコット、イ~ナッ!デッキタッラ…
大好きだったドラエ○ンも、長沼がインコに封印したものの1つだった。NHK教育テレビの算数番組のテーマ、猫の鳴きマネ、落語…
長沼の、もとの人格は、もうインコの中にしか無い。
2008/03/26(水)

ストリートマシーンズ

ロボット修理店に、妙なトリオが現れた。足だけの、運搬用ロボ、に乗った、手だけの精密作業用ロボアーム、に抱えられた、頭脳だけのシステム統制用ロボ。持ち主の人間は見当たらない。困惑する店主に、唯一喋る機能を持つ頭脳が告げた。
「エネルギー補充を」
アームがシワシワの千円を出す。
「ど、どちらに?」
店主が訊くと頭脳は。
「分ける。私には200円分、足と腕に400円分ずつで」
途端に足が警告アラームを発し、腕は必死なジェスチャーで抗議。
「いいから!私は大丈夫だ。お前達がお飲み」
憐れんだ店主は内緒で全員に千円分ずつ補充してやった。
だが店を出た後、3体はキャッキャッ、とランプを点滅。
チョロいぜ!
2008/03/27(木)

ふくろう

動物園で銃声が鳴った。
と言っても、本物の銃声など耳にしたことの無い私が銃声だと思うものとはつまり、TVアニメ・ルパン●世の中で使われるようなバキューン!という音の事である。
振り向くと、そこにフクロウの檻。檻の中で2匹の白いフクロウが顔を見合わせながら
「バキューン!」
「バキューン、バキュン」
と言い合っていた。
えっ。何それ。ホーホーは?唖然とする私の方を見て、右側のフクロウが、
「ホゥーッ!」
と怒鳴った。あの風情のある静かなホー、ホー、という声ではなく、砂袋を振り回して狩りをする原始的なサンタクロース(注:今考えた)の出すような粗野な声だった。
フクロウは、私を嫌いなのかも知れない。
2008/03/30(日)

九十九一族

昔々ツクモ山の神、ムカデの蒼十は禁忌を破り人間の娘と駆け落ちした。怒った天の神々は2人を岩に変えたが、娘は子を残していた。以来ツクモ山の神の座は、その半人半妖の一族が受け継ぐ事になった。
「それがツクモ一族の始まりです」
秋弘のパーカーのフードに入った小さなヤスデは饒舌に語った。
「ワタクシめは、代々ツクモ山神様にお仕えする馬陸族の、ヒメヤスと申します。ご質問なら何なりとどうぞ!」
脚をワサワサ動かして張り切るヒメヤスに秋弘は済まなそうに言った。
「いや、うん、あの、知ってるよ。それ俺の親父とお袋の話だからね、質問とかは無いんだよ、ゴメンね」
虫の代替わりの周期は早い。
2008/03/31(月)

梯子さん

男は道路に倒れていた。右に避けるか左に避けるか迷ったせいで車にはねられたのだ。
ハシゴ係は、血まみれの男に言った。
「いくのね」
男は、どこに?とは訊ねなかった。あ、俺は死ぬのだな。と理解した。
ハシゴ係が空にハシゴを掛けると、男の魂は、それをどこまでも登ってゆく。
ハシゴ係は雲の中に男の姿が消えたのを見届けた。だがまだハシゴは外さない。そのままじっと、待った。すると
男は戻ってきた。
「ハシゴ、外さないで待っててくれたんだな」
「当然よ」
目に見えなかっただけで、生まれた時からずっと側に居た彼専属のハシゴ係が、男の優柔不断さを知らぬ筈が無かった。
2008/04/01(火)

四月バカ

真夜中。久枝が目を覚ますと、隣で眠る敏晃の脈が無かった。手は氷のよう。
「あなた!」
夫がガンを宣告された時から覚悟していた久枝だが、やはり涙が溢れた。せめて朝まで一緒に、と泣きながら眠った。
その朝
コーヒーを飲む敏晃の姿に久枝は吃驚した。
「あ、あ、嘘…」
「驚いた?一応、エイプリルフールって事で」
と苦笑いする夫を、久枝は抱き締めた。
「生きてたのね!」
敏晃は泣いて喜ぶ妻の勘違いを指摘する事ができず、コッソリ自分の死体を隠した。
生きていた、のが嘘だ。
と言い出せずに幾度目かの4月1日がまた過ぎて、敏晃は、4月バカって俺の事かなぁ、とコーヒーを啜った。
2008/04/02(水)

ホーム

2月の始め頃から、マコの父親は何か、父ではない別なモノに変わってしまった。ブスッたれたマコに、彼は、見た目だけは父そのままの笑顔を向けた。
「でも、マコ。君はきっとあの生き物に育てられるより幸せになれるよ」
確かに彼は優しい、幼稚園のお迎えも遅刻しない。
でもやだ
マコは、前の父がよかった。泣きたくなったその時、
「返せ、福神っ!俺が拾ったんだ、マッコは俺のだ!」
窓の外から懐かしい嗄れ声。
「パパ!」
「仕方ないな…」
福神、と呼ばれた彼はマコに小さな豆を手渡した。
「私が来た時と逆の事を言えば、あれは家に戻る」
マコは豆を投げ、叫んだ。
鬼はうち、福は外!
2008/04/03(木)

だってチームだろ

リーダーは確かにうぜえ。俺もそう思う。
だよね。僕達がいなきゃ何にもできないのに。
我々の事を考えず己の快楽ばかりだしな。
ワタシなんかもうボロボロですよ。
でもさ。でもやっぱ、リーダーが代わるのは、嫌だな。
同感だ。
じゃあ馬鹿なリーダーを救ってやるとするか…覚悟はいいか?
とっくにできてる。
せ~のっ

薬で脳は眠っている。なのに、奇妙にも男の体は走り出した。
「つ、捕まえろ!…早く」
ボスは部下達に命じながら胸を押さえた。
脳を取り出され、裏社会のボスと呼ばれる老人の新たな肉体とされるはずだった男は、眠れる脳を乗せて全力で、駆ける、駆ける…
2008/04/06(日)

喧嘩屋

男は言った。
「私は喧嘩を売っているんです。あなたに」
凶悪な視線で俺は答える。
「いい度胸だ。買ってやる。奥歯ガタガタ言わせてやるぜ」
男は、お買い上げありがとうございます、と慇懃に一礼し
「ではあなた様の口から拳を突っ込んで内側から肋骨を1本1本へし折らせて頂きます。お覚悟の方できましたら、かかってきて下さい」
ニヤリと笑った。頭に血が上った俺は速攻で男に殴りかかる。男と俺は、ほぼ互角。全力でやりあう。
文献では判らない凄さだ。絶滅した古代地球人の文化を。それも不良、と呼ばれる不思議な民族の儀式を1000円で体験できるなんて、本当に安い。
2008/04/07(月)

刑事バカ一代

津村はふざけた刑事だった。現場マンションに五指ソックスを履いて来るし、張り込み中ガリガリ君を食うし、自作の変な歌は歌うし。
だから
「あらァ撃たれちったよん。俺、ご休憩するから、佐藤、後4649な~」
とヒラヒラ手を振ったさっきも、佐藤は全然心配してなくて。なので戻ってきて、瀕死の津村を目にし、酷く驚いた。
「せ、先輩!」
「…せっかくだから煙草くわえさせてヨ…定番だろ」
震える佐藤が煙草を渡すと、津村はむせて
「げー俺、煙草吸わない人だった…」
それを最後に絶命した。佐藤は、泣きながら憎めない先輩の瞼を指で閉じる。
瞼には、マジックペンで目玉が描いてあった。
2008/04/08(火)

貴公子は踊る

部屋の掃除中、昔、お土産屋に行くとよく売っていたガイコツのキーホルダーが出てきた。蛍光塗料が塗ってあって暗い所で光る、アレ。関節がチェーンになっていて、振るとゆらゆら動く、あのバカバカしくて無意味なアレ。懐かしかったので少し眺めたりなんかした後、僕はそれを、同じように出てきた古いラジオと一緒にキッチンのテーブルの上に置きっ放しにしてしまった。
真夜中。
妙な音に目が覚める。暗闇のキッチンから、音楽?
そっと覗くと、テーブルのラジオがクラシックを奏で、その前で1匹のネズミがワルツを踊っていた。ガイコツをパートナーに。
蛍光塗料も、関節チェーンも、ちっとも無意味などではなかった。
2008/04/11(金)

なくしかない

男が1人、居て。その男は、人生に疲れ果てていて、この世の全てを破壊したいような気分になっているのだけれど、それを実行する力はないものだから、空想をして気持ちを紛らわそうとする。
男は目を閉じ、巨大などす黒い、角のある怪獣を空想する。怪獣は、雄叫びをあげて全てを破壊するのだ。
で、その空想の怪獣が俺というわけだ。我ながら素敵な考えだと思う。そうだったらどんなにいいか、わからない。神様。何で俺を作った?俺は、足元で右往左往している人間たちの中の誰かの空想だった、って言ってくれよ。
国会議事堂を噛み砕きながら、俺は、ギャオーンと一声、ないた。
2008/04/12(土)

ロマンスの一撃

極悪宇宙海賊・ガリアドは、1隻の宇宙船を襲った。乗っていたのは地球星人、1人。しかし。逞しいジェダ星人のガリアドに比べ、ずっと弱い生物のはずのその男は、全く怯える様子がない。なぜだ?と尋ねるガリアドに男は答えた。
「貴方が力で何でもできると自負するのと同じく、僕もまた別のもので何でもできる自信がある」
「じゃあ今、テメエの命を守ってみろよ」
銃を向けられた男は、青い瞳でガリアドを見る。
「ロマンスは、時も場所も性別も、力の有無も、生まれた星の違いすら、超える」
ガリアドは、何故か動悸が速まって、どうしても男を撃てない。
宇宙海賊は、宇宙ジゴロに敗北した。
2008/04/13(日)

明日天気になあれ

毎晩、眠る直前、夕美の頭の中には明日の天気が浮かんでくる。
曇りのち晴れだの、午後から雨だの。
予知能力と言える程ではなく、ハズレも多い。的中率は天気予報とあまり変わらない。
ある日、夕美の能力は「午後から暴風雨」という予報を出した。デートなのに困ったな。と夕美は思ったが、幸いにも予報はハズレ。午後も快晴だった。ただ、その日の午前、夕美は彼氏に別れを宣告されてしまい、デートはナシになったので意味がなかった。
その夜。泣き荒れた夕美は気付く。
あ、暴風雨。
夕美は空模様ではなく、自らの心模様を予知していたのだ。
てかアタシ、空模様と同調しすぎだろ!
2008/04/14(月)

適任

母が死に、悟は父親のマンションに引き取られた。犯罪組織のボスである父は全く姿を見せず。護衛の部下もお粗末な下っ端、四村だけ。背が異様に高いだけの頼りない男だった。
「ギャングのボスに父親らしさを期待した僕が、バカだった」
「そんな、ボスはぼっちゃんの事を想っ…」
「きっとパパは僕なんかどうでもいいんだ!」
叫んだ直後
「ス、スイマセン、オレでスイマセン」
悟は四村に抱きしめられていた。異様に長い四村の腕は、小学生にしては随分大柄の悟の頭と体をスッポリ包んでまだ余りある、安心の長さ。
ああ、もしかして、この為に、パパは四村を…
悟は四村の腕の中で存分に、泣いた。
2008/04/15(火)

まちあわせ

20年前から、彼には女の霊が憑いていた。霊の憑いた彼は強運だった。敵対組織に捕まろうが裏切り者に襲われようが、奇跡的な幸運に恵まれ、助かった。
「オマエは幸運の女神だ」
彼は上機嫌で幽霊に囁く。勿論、返事は無い。普段なら。だがその日は違った。幽霊が、喋ったのだ。
「アンタが死んだらあの人に逢えないからさ。でももう終わり。やっと」
幽霊の顔を、彼は初めてまともに見た。
20年前殺した女だ。
その微笑に重なる、銃口。
ぱん
撃ったのは"鳥"と呼ばれる殺し屋。幽霊の、恋人だった男だ。悲しくも、幽霊は知っていた。ここで待っていれば恋人は必ず、復讐に来る、と。
2008/04/16(水)

断末魔探偵

鴨井は渋々、現れた。殺人現場で意識を集中すると、殺された者の断末魔の体験を読み取れる、という超能力を持つ彼は、刑事に協力を依頼されたのである。
「当たるとは限らない」
「いいから、頼む」
仕方なく、壁際のチョークの人型に触れる鴨井。すると彼は白目をむいて、霊が憑いたように喋り出した。
「やめろっ、これをほどけ!く…苦しい!毒かこれは!体が…」
「でかした鴨井、ガイシャは縛られて、毒で殺されたんだな!」
喜ぶ刑事。だが鴨井は。
「いや…今のは、ハズレだ」
死に際の念が強いほど、すぐ読める。ガイシャはどうやら蜘蛛に喰われたモンシロチョウより念が弱かったようだ。
2008/04/17(木)

悪党達の哲学

「つまり、悪事も、見方によっては善行、という訳か…クソッ」
悪の権化・死神大帝と、その手下・暗黒博士、改造人間ハサミムシ男の3人は頭を抱えた。考えれば考える程、一体何をすれば「悪」と言えるのか、わからなくなっていた。
「善を邪魔する行為は悪なのでは?」
「ばか。じゃあ何をもって善の定義とする?結局堂々巡りじゃないか」
「いっそ"善なる存在"を勝手に作って、ソイツのする事を邪魔してく?」
「それだ!」
博士は早速、胸に大きく、善と書いてある改造人間を作った。完成した"善"が最初にした事は、往来の婦人のバッグを奪う事。
3人は"善"からバッグを取り返すべく、走った。
2008/04/18(金)

モノノケ

「や、久しぶり」
見ず知らずの、のっぽの男性に声をかけられた。
「誰?」
僕が怪訝な顔で見上げると、男は
「いけね、もう私は昔の私じゃないんだった…忘れてくれ」
と呟いて、一定のリズムで左右に揺れ動くような奇妙な歩き方で去っていった。
その揺れ方。とぼけた雰囲気。僕は気づいた。あの男、秋吉の家に昔あった古時計にそっくりだ。
おそらく彼は、長く人間と一緒に暮らしたせいで人間になってしまった"もの人間"の1人に違いない。
という事は、だ。
僕は笑った。
あいつ、"もと鏡"の僕を、秋吉本人と間違えたな。秋吉、今70歳だぜ。昔のまま若いわけないだろ。
2008/04/20(日)

とけあうところ

山に憧れる人魚の子と、海に憧れる山びこの子が体を交換した。
人魚は、嬉しくて山を駆け回り、山びこは嬉しくて海を泳ぎ回った。
けれどやがて2人は、それぞれの故郷が恋しくなった。帰りたい、と思ったが、この体ではもう海には、山には戻れない。
人魚はせめて山の中の海で死のうと、山裾の樹海に迷い込んだ。山びこもせめて海の中の山で死のうと、海底の火山に飛び込んだ。
「あら?」
「あれ?」
山のようでも海のようでもある、曖昧な場所で、山のものだか海のものだかはっきりしない2人は、再会した。まるでこの世に、境界なんかないような、不思議な気分で、再会した。
2008/04/21(月)

ここで始まる

男は皆、自分を追い回すもの。それが当然の賑やかな世界に彼女はいた、昨日までは。
宙を飛ぶように連れてこられたこの淋しい場所は、彼女の常識が一切通用しない所。目の前の、恐らく遠い国から来たと思しき唯一の男は、時折悲しい眼で見つめるだけで、彼女の体に触れようともしない。
なんで?
自分の水槽と、彼の居る隣の水槽との間にガラスという透明な隔たりがある事を、まだ理解していないメス金魚に、彼女を祭で買ってきた少年は教えてやった。
「この子は君と違う、海のお魚だから、一緒にはできないんだ、ごめんね」
だがもう、遅かった。恋は、始まっていたのだ。
2008/04/22(火)

可哀想

可哀想なものしか愛せない男がいた。魚の形を留めないほど改良された金魚、脚のない蟻。そういうものしか愛せなかった。
そんな彼が、見せ物小屋のヘビ女と結婚した。とても幸せだったが、「見せ物小屋を出て結婚までできたヘビ女」は可哀想ではなかったから、彼の愛は次第に薄れ始めた。
ヘビ女を愛したいのに、心が言うことをきかない。愛が薄れてゆく。男はその苦しさに耐えられず、ヘビ女のウロコを削いだ。
ウロコが落ちる度に愛は回復した。けれど同時に、愛するものを傷つける悲しさもつのる。泣きながらウロコを削ぐ男をヘビ女は長い長い体で抱きしめ、
可哀想、
と言った。
2008/04/23(水)

曼珠沙華

彼の地元では、曼珠沙華(彼岸花)を、歯っかけババアと呼ぶと聞き、私は憤慨した。失礼な。曼珠沙華にまつわる伝説を知らぬのか。
貧しい村があった。曼珠沙華だけはやたら咲いていたが、昔から「毒がある」と伝わっており、村人達は、食えないくせに邪魔だなァと思っていた。ある年、村を大飢饉が襲った。もうおしまいかと思われたその時、長老が言った。
「本当に困った時が来るまで、皆には内緒にしてたけど、曼珠沙華は水にさらせば毒が抜けて食べれるよ」
村は曼珠沙華と長老の機転に救われたのだ…。
あれ?
私は気付いた。まさか、その長老こそが、
歯っかけババア…?
2008/04/24(木)

労働亡者

通りには、僕の他にも亡者達が大勢並んでいた。やがてトラックが来る。
「30名、来い」
仏頂面の天使が、前から順に30名を現世に連れて行く。僕も久しぶりに仕事にありつけた。
「ファイル確認したら、着替えて作業始めちゃって。規定もしっかり読めよ。違反者は厳罰あるからね」
天使が告げる。僕はファイルを見ながら黒装束に着替え、レプリカの鎌を持つ。死神が足りなくなる時期、僕ら地獄の亡者はかり出される。賃金はないが、退屈な血の池生活よりはマシだ。
割り当てのファイルに、僕の子孫の名があった。厳罰覚悟で身内を見逃してやるってのも、悪くない。
どうせ、ただの暇つぶしなんだ。
2008/04/25(金)

さよなら、王国

なぜドラゴンは空を飛べるの?
火の魔法使いはなぜ火傷しないの?
王女はとても知りたがり屋だった。
ある日、城で悪魔が捕らえられたと聞き、王女はこっそり見に行った。すると悪魔が話しかけてきた。
「お前、何でも知りたがるそうだな?」
王女は答える。
「好きなの。この世の秘密を解き明かすのが。みんなそんな事しちゃダメって言うけど」
「そうか。お前はやはり向こうを選ぶか…。ならば、おいで」
パチン
悪魔が指を鳴らすと、世界は反転した。
そして50年。宇宙の仕組みを解き明かした物理学者は、幼い頃、魔法の世界を選ばなかった事を、もう思い出せはしない。
2008/04/27(日)

スクラップ

賞金稼ぎのカートライトは、懸賞金500万ドルの強盗・スクラップが潜む廃屋ホテルに踏み込んだ。だが部屋には包帯だらけで寝たきりの男がいただけ。
「アンタが、スクラップ…?」
唖然とするカートライト。男はニヤニヤ笑う。
「お前、スクラップは頭と右腕しか動かせない寝たきり患者だって知らなかったのか?」
「それなら…なぜ部下がいないんだ?」
「お前と撃ち合って部下が減るのは困るんで退席させた。奴らがいなきゃクソもできねえからな俺は」
そして、スクラップは言った。
「遠慮はいらねえ。決闘といこう。かかってきな」
気の毒、と少しでも思ったら、スクラップには勝てない。カートライトはこの噂を知らなかった。
2008/04/28(月)

バッドフェローズ

変人で無精。当然、恋人もいない。そんな須川マヒトの家に明日、奇跡的に女の子が遊びに来るらしい。
「確かかよ」
クモが尋ねると、ハエは胸を張って答えた。
「ああ、確かだ!」
「でもきっと女の子、この部屋見たら帰っちまう」
とはダニの発言。蚊とナメクジも頷く。
「だな」
「絶対そうだ」
「仕方ねェ。一肌脱ぐか」
ゴキブリの意見に、虫たちは皆賛同した。
「ホイホイも線香も殺虫剤も使わない人間なんて、そういないもんな」
虫たちは夜のうちに部屋のゴミやホコリを全て食べ尽くし、全員、目につかぬ所に隠れた。翌朝、
「え…何で?」
驚くマヒトに、壁の隙間から誰かが、頑張れよう、と囁いた。
2008/04/29(火)

泣いていた

学者のクセに霊感体質の沙村は研究室で、先日採取した化石を調べていた。気づけば深夜。帰るか、と腰を上げた瞬間、彼は何者かの思念を感じた。
霊だろうか?怯えている。
「ここはどこ?眠ってる間に何があったの?こわい!誰かいますか!助けて!」
「ど、どうすれば?」
沙村が語りかけると霊は答えた。
「アナタの中にいれて欲しい」
凄まじい寒気。とり憑かれた!と沙村は思う。
だが。高熱に3日間寝込んだ後、TVで新種のインフルエンザのニュースを見て解った。声の主は霊ではない。きっと、化石の中に眠っていた古代のウイルス。
「泣いてたな…」
沙村は、完治した事に少し罪悪感を覚えた。
2008/04/30(水)

モラトリアム

「子供じゃないんだ。もういい加減な期間は終わりにして決断しろ」
親父に言われずともそんな事、俺が一番わかっている。
「何をそんなに迷う?お前のお祖父さんも狼男、父さんだって狼男だ。お前も狼男でいいじゃないか」
そりゃあ、その方がきっと楽な生活だ。でも…
「まさかお前、好きな子がいるのか」
満月が近いからか、親父は鋭かった。
「うん…」
「狼、なんだな」
「…そうだよ」
俺が頷くと親父は。数秒の間をおいて、
「ならばそっちを選べばいい」
と淋しげに告げた。
こうして俺は、狼男ではなく、男狼、として満月の夜以外狼の姿で生きる事を選んだ。
2008/05/02(金)

ルーツ

100体セットで売られたロボット兵器の1体、85号は、ある日突然意思を持ち、購入先から逃亡した。
自分を産んだ親に会いたかった85号は、設計者の博士を訪ねた。
「お前・ママか?」
博士は答えずに85号を眺める。
「コイツか、意思がどうとか言ってた個体は。電子頭脳に狂いが出たな…見せろ」
「了解・ママ」
調べると85号の電子頭脳の中には虫が1匹入っていた。
「虫がキッカケでこうなったのか…」
ティッシュに包んで虫を取り除いた博士の腕を85号が掴んだ。
「痛い!何をする」
「理解した。私のママ・お前じゃない・こっち」
握る力が強まる。
「お前・ママ・殺したな?」
85号の赤ランプが、光った。
2008/05/03(土)

あきらめの話

何かを諦める時、ブラックホールに吸い込まれたのだと思うと、諦めやすい。
去年、妹になくされたマフラーが渦状になびきながらブラックホールに吸い込まれてゆくところを想像したら、今まで思い出す毎に悲しんでいたのが嘘のように心が静まった。
先輩に貸したきりのCDはきりもみ回転しながら、行けなかった音楽会は楽団ごと歪みながら、吸い込まれ、今は白鳥座に近いブラックホールの中、圧縮。ブラックホールじゃ仕方ない。無理。爽やかにそう思える。
だから今日、商品券で買ったせいで返ってこなかった本のおつり220円もチャリンチャリンとブラックホールに吸い込まれたのだと思おうと思う。うん、思おう。
2008/05/05(月)

目印

リフォーム直後の家に、読めない文字のような落書きがなされていた。何度消しても同じ壁に同じ落書き。怒った家主は犯人を待ち伏せた。
「ふざけるな!」
犯人の若者は、飛び上がった。
「ご、ごめんなさい!もうしません」
だが翌日。若者は壁の前に旗を持って立っていた。旗には、あの落書き。家主は、溜め息。
「何なんだ君は。その落書きに意味があるのか」
「鳥語です。あなたリフォームしたから、あの夫婦が迷うかなと思って…」
若者がすまなそうに指差した空に、つがいのツバメ。家主は思い出す。リフォーム前、軒下に毎年ツバメの巣があった事を。
ツバメは目印を見てまっすぐ飛んできた。
2008/05/06(火)

いま何時

5時限目、英語。その最中、常田の腕時計は壊れた。
あ、やばい
途端に常田の"時間"が崩れてゆく。彼は時間というものをうまく認識出来ない男だった。時計の脈動を感じていないと、常田の居る時間の幅はどんどん広がり、最終的にはあらゆる時間に同時に存在してしまう事になる。だが教師は気づかず
「常田、2行目」
彼を指した。
祈る武士と空飛ぶ車が見える。1800~2200年くらいの幅まで膨らんでしまった体を「今」にかき集める作業に必死の常田が訳したのは、同じ日付・時間で1年前にやった古文。
「ふざけるな」
怒る教師。常田は、1年間違っただけじゃん、とむくれた。
2008/05/07(水)

プライド

近頃プードルの機嫌が悪い。言いたい事があれば言えば?と、告げると、プードルはドッグフードを噛み砕きながら
「佐渡。お前は俺の気持ちが全っ然わかってない」
と、ため息をついた。何だよ。判るように言えよ。
「それとも遠まわしなイヤミかアレは。え?オイ」
だから何が。
「防犯ベルだよ!侮辱だ!俺がいるのに、俺がいるのに何で防犯ベルなんだ!」
うわ、メンドクサ…。お前の為なのに。最近、犬を襲う泥棒がいるんだよ、と僕が説明するとプードルは。
「ちっ、お前散歩中、悪漢に襲われねーかな。そしたら俺の実力が判るのに」
何てこと言うんだこの馬鹿。僕は呆れて、プードルの耳の裏を撫でた。
2008/05/08(木)

多足のミューズ

一般にムカデは、人間の全てが嫌いだ。昔々はムカデを神と崇めた事もあるくせに、近年すっかり悪者扱い。善き神や英雄がムカデを退治する物語も気にくわないし、いちいちあげる悲鳴や殺虫剤、家、車、何もかも頭にきている。
勿論その気持ちは百太郎も変わらない。これからも人間に咬みつく事に躊躇はない。
ただ、
百太郎は、今日潜り込んだ場所で初めてそれを目にし、思った。
ただ、これは、なかなか悪くない。
百太郎は「それ」を真似て、3節目の左右の脚をペタリと合わせてみた。
誰もいない御堂。合掌するムカデの前で、悲鳴もあげずしいんと、千手観音像は、ただそこにあった。
2008/05/11(日)

全ては裏切れない

絶望と憎悪に狂う男、灰野は、美しい彫像のような青年に声をかけられた。
「殺人鬼の目だね、君。僕の助手をしないか」
「誰か殺すのか?」
尋ねた灰野に青年は
「誰か、じゃなく誰も彼も」
銃を渡した。以来、灰野は憎しみを込めて毎日撃ちまくった。やがて青年が告げる。
「ご苦労。人間は相当減った。そろそろ他の動物、植物どもも頼む」
ゾッとする灰野。
「…何?」
「生き物全て、殺せ」
「嫌だ。俺が憎むのは人間だけだ!」
灰野は青年を撃った。彫像らしい微笑のまま、青年は大理石の破片となる。
「君なら僕ら無生物の味方につくと思ったんだがな。所詮は君も生き物、か」
2008/05/12(月)

雨森くん

昼間いいとも見てたら友人から電話。
「悪の組織が巨大ロボで街を破壊してんだけど、雨森くん今ヒマ?」
中肉中背の割に何故か人より腕力のある俺は、よく物を壊す所為ですぐバイトをクビになる。だから大概ヒマだ。
Tシャツ、サンダル姿で歩いて行くと、悪のリーダーに、普通すぎる、と言われた。アニメの見過ぎだな。マスクやコスチュームなんて金のかかるモンわざわざ作る方が変だろ。
俺は巨大ロボを片手で投げた。半ば潰れたロボは空に逃げる。俺はその辺のトタン屋根を剥がして翼代わりにし、腕力で羽ばたいて追いかけた。必殺技?ファンタジーじゃねんだから、あるわけないだろ。普通に蹴って壊すっつうの。
2008/05/13(火)

ベイビー

「恋をした。でも相手は生者なんだ。協力してくれ」
500年前から幽霊やってる大先輩の頼みを、去年死んだばかりの僕が断れる筈もない。渋々頷いた僕を引き連れ、先輩はその女の夢の中に侵入った。
男に捨てられ、流産までした傷心の女を慰めようと、先輩は一計を案じたのである。
「僕たちの子だよ。ハニー」
僕は台詞を棒読み。夢の中の女の腕に、先輩の小さな体が収まっている。
「私の…赤ちゃん」
女はおずおずと先輩を撫でた。先輩、あなたは500年前にたった1歳で死んでしまったから、わからなくて当然だけど。
まま、ままだいすき
先輩、これは恋ではないんです。
2008/05/14(水)

イマジン

優れた想像力を持つ娘がいた。あらゆる恋のパターンを想像できる彼女は、恋をしなかった。
ある日娘は同じ能力を持つ男に出会う。
「僕達が恋をしたら3255通りの破局パターンが想像されるな」
娘の想像した破局は3254通り。1つ少ない。
「僕の想像力の方が上だ」
娘は悔しくてつい口走る。
「うまくいくパターンを1個も想像できなかったクセに何よ!」
「何だと?君もだろ」
「勝負よ。先に想像できた方の勝ち。どう?」
「いいぜ」
2人は手がかりを得るため一緒に住み始めた。だが80年たっても、うまくいくパターンは想像できず
「引き分けね」
「引き分けだ」
揃って息を引き取った。
2008/05/16(金)

死にがい

坪井は、子供の頃から難病でほぼ寝たきり。発作で何度も死にかけてた。彼いわく、三途の川の風景は最高に美しく、だから死は怖くないのだとか。でもある時お見舞いに行くと。
「麻子。今オレ、久々に死にかけたんだけどよ、サイテーだ、三途の川にリバーサイドホテルができかかってた」
坪井は建設を妨害し、無理やり生き返されたのだと言う。
「ホテルなんか建てさせてたまるか!」
その後も死にかける度、次こそ止めると誓っていた坪井だったけど、24歳でついに逝った。
それから70年。漸く三途の川に来たアタシは、その美しさに息をのんだ。対岸で坪井が笑う。
「麻子っ!見ろ見ろオレの功績!」
2008/05/17(土)

王国

旅人ユーケイが昨夜から滞在しているこの国の人々は、存在感、人間味など全てが希薄で、みんな似通っていた。不思議に思ったユーケイは宿の少年に尋ねた。
「なんか、薄いですよね?皆さん。どうしてです?」
少年は薄い声でクスクス笑った。
「そんな単刀直入に訊いた人、初めて。アナタ気に入ったな。名前は?」
「ユーケイ。君は?」
「僕の名はきいても意味ないよ。この国では、皆同じ名前だから」
困惑するユーケイに少年は言う。
「本当は1人なんだ、この国の人口は。淋しいから体を分けてるだけ。300体に分けてる訳だから1体1体が薄いのは仕方ない」
更に続けた。
「ユーケイ、アナタずっとここに居なよ」
2008/05/18(日)

ステューピッド

悪の組織に入った時から、この日が来るのは判ってた。俺は重傷、じきに死ぬ。目の前には半機械のカマキリみたいなヒーロー。コイツが俺の死神って訳だ。
「…強いな、アンタ」
俺のムダ口に、カマキリ男はつまらねェ説教を返す。
「ある人に教わった。守るものがある人間は、強い」
俺は悪だ。ヒーローに殺られるのは運命。説教はいらねェ。正義面したヒューマニズムで人が救えるなら悪やってねェよ。答え次第では唾吐いてやろうと思い、尋ねた。
「で?アンタの守るモンって?」
すると奴は答えた。
「交通ルール」
絶句。
「…おいバカ、」
最後に俺はこの、ヒューマニズムなんか飛び越したバカヒーローに一言残した。
「負けんな」
2008/05/19(月)

グッバイアイドル

祥子は、スカウトされてちょっとだけアイドルをやっていた過去がある。
芸名、姫島ルルカ。キララ王国から、生き別れの双子の妹・ルルコを探すため日本にやってきた王女、というしょうもない設定のアイドル。バカバカしくて悲しくなった祥子はブレイクなんかする前に芸能活動を辞めた。
数年引きずっていた、この忌まわしい過去をスッパリ吹っ切れたのはつい先日。洗面所で歯磨きをしていた祥子の目から、突然、涙が溢れた。自分でも理解できないうちに、祥子は鏡に向けて呟いていた。
「ルルコ、ルルコ!やっとあえた…さあ帰ろう」
フッと心が軽くなる。祥子は思った。きっと、ルルカとルルコは王国に、帰ったのだ。
2008/05/21(水)

アンナ、私の子供

アンナは母親と2人で住んでいる。道端の植物に自分だけの名を付けるのが好き。これがジュゼの、アンナについて知っているすべて。
「アンナ、君の事が知りたい」
「充分よジュゼ、それが私の全部」
「嘘はやめて、アンナ」
ジュゼは昨日、父に言われた。
あの家に娘はいない。住んでいるのは気の狂った中年女だけだ。ジュゼ、お前、誰と会ってる?
「君は、誰」
問われてアンナは微笑んだ。
「私はアンナ。母さんの子よ」
中年女は想像妊娠をしていたという。名も決めていたそうだ。
「アンナ、君は…」
「どっちでもいいじゃないジュゼ!私は、いる!いるのよ!」
ジュゼの目の前でアンナは薄く、透けていった。
2008/05/22(木)

混沌の魔術師

奇妙な魔法使いがいた。彼の魔法は、彼だけの魔法だった。地水火風に属する魔法や、黒魔法、白魔法、どれとも違う。他の魔法使い達は彼を異端視し、馬鹿にした。
「お前に何ができる!」
彼はのんびりと答えた。
「ん?なんでも。お望みなら国を1つ滅ぼすとかもできますよー」
皆は、やってみろ!と、近隣で最も大国のペトルラ皇国を指差す。すると彼は杖でほんの僅か空気をかき回した。
空気がかき回されて移動した菌が、小さな虫の体に飛び込み、虫はむずかって飛び立ち、鹿の鼻に入り、鹿はくしゃみをして…凄まじい数の偶然の連鎖ののち、皇国はイナゴの大群に襲われ、滅んだ。

※注:このお話をもとにして「花売りと魔法使い」を書いたのだと思われます。

2008/05/23(金)

売りつくし、反撃

男は、悪魔的なサラ金屋に借金をしてしまった。持ち物全てを売り払っても、まだ借金の残る男にサラ金屋は命じた。
「臓器を売れ」
全ての臓器を次々売っ払って、男の体はカラッポ。だがまだ借金は残る。するとサラ金屋は手足を売れと言う。手足も売ったら、次に胴体と頭も売る羽目になり、とうとう彼の体は脳だけに。
「脳も売れ」
サラ金屋は男の脳も売っ払った。魂だけになってしまって嘆く男に、彼の「悪運」が囁いた。
「俺を売らなくて良かったな。大丈夫、お前はまだ、いけるぜ」
「でも体が無くては…」
「あるさ」
悪魔に魂を売ったサラ金屋の体に、具合のいいスペースが空いていた。
2008/05/25(日)

がらくたの英雄

物を捨てられない男がいた。部屋には、ガラクタがひしめき合っている。
狭い隙間でTVを見る彼の背後の棚は、崩壊寸前。側面の板はしなり、いつ外れてもおかしくない。何故、外れなかったかと言えば、上のティッシュの空き箱が偶然落ちて、板と壁との間に挟まっていたからだった。
だがそれも、限界。トイレから戻ってきた男は、グシャリと箱がつぶれ、棚が崩れるのを目撃した。危なく下敷きになる所だった。
ふと。つぶれたティッシュの空き箱に印刷された字が目に入る。
あなたの鼻をやさしく守る
「…守られたな」
男は、空き箱を丁寧に紙で包むと「英雄、ここに眠る」と書いて保存した。
2008/05/26(月)

思ってはいけない

兄さんはおとなしい。何をされても無抵抗。搾取されても、傷つけられても。
けれど僕の夢の中に出てくる時の兄さんは、巨大な眼のない動物の姿をしていて、この世の鬱屈した、閉じこめられたすべての生き物の憤りの集合体のような、恐ろしい雄叫びをあげるのだ。
兄さん、僕は怖い。あなたがいつかそういうものになってしまう気がして。
教室の窓から、兄さんが理不尽に傷つけられる姿が見えた。僕は怖かった。心の奥で、なってしまえ!と叫ぶ僕自身が何よりも怖かった。ダメだ!そんな事を思ったら本当に、なってしまう!
窓から遠目に見える兄さんが、妙な震え方をした。
2008/05/27(火)

どうでもいい虫

オートメーション化された工場で働く、とある男の頭の中に虫が住んでいた。カブトムシなどでなく、全くどうでもいい虫だ。虫はどうでもいい事をよく喋った。
「ウンコ味のカレーとカレー味のウンコなら俺はウンコ味のカレーだな。腹を壊す事なくウンコの味を知れるもの」
仕事に多少支障が出る程は、煩い。男は虫を捨てる事にした。すると虫は言った。
「いいのか。捨てたらもう、2度と戻せないぜ」
別にどうでもいい。だが何故か男は虫を捨てられなかった。ベルトコンベヤの流れる工場。今日も頭の虫が喋る。
「今ハナクソほじってる奴、全世界で何人かな?」
どうでもいいが昨日と違う話をしている事は確かだった。
2008/05/28(水)

透明です

透明人間になってしまった。原因は不明だ。とにかく両親に電話を、と思ったが通話中。直接実家に行く事にした。
服を脱ぐ。服だけが歩いていたら人が驚くからだ。透明と判っていても恥ずかしい。俯いて、空き地の側を通ると
クリアストアー
と書かれたビルがあった。妙だ。今朝は空き地のままだったのに。中を覗くと、男が走って来た。
「着て下さい!お代は結構です」
男に服を渡されて、気付いた。透明なんだ。ビルも、男も、服も。だが同じ透明の僕には見えるんだ!
「透明世界へようこそ」
男は言った。なるほど。ずっと空き地のままで変だと思っていたが、こういう事だったか。
2008/05/29(木)

ちなる、の話

妹が言った。
「昔…。鼻持ちならない、という言葉を、鼻も、ちならない、だと思っていた」
つまり。妹は、「ちなる」という動詞があると思っていたようだ。せっかくなので「ちなる」について考えてみた。
鼻もちならない、は嫌な人を指す形容だから、つまり嫌でない人を見た時は、鼻は「ちなる」はずである。好きな人の前では鼻以外ももっと色々「ちなる」のかもしれない。
「あの人に会った途端、全身がちなった」
とか言うのかもしれない。そこまででなくとも、私も他人の顔面ぐらいはちならせられる人間になりたいものだが、存在しない動詞で遊んでいるようでは駄目だろう。
2008/05/30(金)

行方知れず

大迷宮の中、エージェントは"一週間前の吹田"を必死に探していた。色々な吹田たちでごった返す螺旋階段を上がって扉を開くと、子供の姿の吹田がローセキで地面に落書きをしていた。エージェントは尋ねる。
「一週間前の吹田が何処にいるか知らないか」
子供吹田は答えた。
「奴らに連れてかれたよ」
「何だと!」
エージェントは慌てて、奴ら、記憶喰いどもの巣に走る。
「そいつを喰う事は許さない!」
死ぬ思いをしてエージェントは"記憶喰い"どもから一週間前の吹田を救出した。
あ。
思い出した俺、一週間前会社から帰ってきて、棚に置いたんだ保険証!
吹田は無事に保険証を見つけた。
2008/05/31(土)

いちにのさんで

ランドセルを揺らしながら小田が言った。
「魔法って、信じてる人にはマジでかかるらしいぜ!」
塾の宿題をしていた俺は思わず顔をしかめた。コイツ馬鹿だ。
「アタシ信じてっから、かかるんだ魔法。ほら、今、狼に化けてんの!毛がフサフサ!」
「産毛だろ…」
「違うっいいから信じてみろよ!じゃ今から消えるぜアタシ!いち、にの…」
振り向くと、小田はいなかった。
翌日、俺は風邪で学校を休んだ。で、その次の日、小田が昨日お別れの挨拶をして転校したと聞かされた。あの時、夕方の教室の中ほんの一瞬、小田が本当に消えてしまう気がしたのがいけなかったのか。マジに消えんなよ、バカ。小田…
2008/06/02(月)

末裔

床に転がったコイツは、シューメイカー、靴屋と呼ばれるチンケな空き巣。ギャングのアジトに侵入るなんてバカな泥棒だ。既にリンチで半死のシューメイカーはスローな動きで這って逃げようとするが、見張り役のオレは蹴りで忠告する。
「無駄だ、オメーは朝イチでコンクリ詰めだ」
するとシューメイカーは
「…なるかよ…靴屋、の末裔だぜ、俺は」
と笑った。何となくゾッとして頭を蹴飛ばすと、奴は失神、
その30秒後、
事件は起きた。
暗がりから突然、何千匹もの何か小さい生物がゾロゾロと現れ、凄まじい速さで意識のないシューメイカーを引きずって行ったんだ。オレは恐怖で動けなかった。ああ、ヤツラは人型だった!小人だったんだ!
2008/06/03(火)

小さな家

小さな家がある。木造の赤い屋根の家だ。その家は、次郎の暮らす辺りより、少し高い場所に建っている。次郎はブランコに乗ってその家を見上げるのが好きだ。
家には白い肌の美しい娘が住んでいて、時折その小さな窓から身を乗り出すように外を眺める事がある。次郎はつまり、この娘のことが好きなのだった。
次郎は娘の名を知らない。けれど窓から姿を見せる時に口ずさむ歌の旋律だけは覚えている。
お姉さん、出てきてよ。あの歌を歌ってほしいんだ。
ポッポ(カチャッ)ポッポ(カチャッ)
「次郎、混乱するから鳩時計のマネはよしてくれ」
飼い主はインコをやんわり叱った。
2008/06/13(金)

さやさや。

男はまた会社をクビになった。自分の無能が悲しかった。必死で職を探すが街は不景気。遂に空腹で斃れかけた所、1枚の落ち葉が目に留まった。何やら文字と地図が記してある。
急募!軽作業。未経験歓迎。
怪しげだったがもう何でもいい、男は地図の場所へ急いだ。
「求人見て来たの?こっちだよ」
山の中。手招きするはクヌギの樹。男はクヌギに緑色の作業衣を配布され、
「じゃ、この水から酸素を取り出して、こっちの二酸化炭素から、こう、糖をね、合成すんのね。ハイやってみて」
「は…はい!」
見よう見まねで光合成。
「君、才能あるねぇ」
さやさや。クヌギは葉で男の頭をなでた。
2008/06/14(土)

開かずの間

城の最奥の廊下を挟み、右と左に向かい合わせに付いた2つの扉。開かずの間だ。絶対開けるなと言われている。だが衛兵の仕事は暇すぎて、俺の好奇心は我慢の限界。右の扉を開いてしまった。すると、
何だ。扉の向こうには廊下を挟んでもう1枚扉があっただけ。丁度誰かがその扉を開けている所。開かずの間だなんつって、いるじゃん、人。
「おい」
俺はそいつに声をかけた。と、同時に
「おい」
俺の背後からも、声。え?と俺は振り返る。いつの間にか廊下を挟んだ左の扉を開けている奴がいて、そいつも、え?と後ろを振り返っていて。俺の開けた扉の向こうでも、え?と声がして…
2008/06/15(日)

邪眼vs千里眼

「手を貸せ。でなければ殺す」
眼力で人を殺せる邪眼の右目を持つ男は、世界を見渡せる千里眼の左目を持つ男に告げた。だが千里眼は陰気な微笑で拒否を示す。
「たかが望遠鏡が、余裕だな。殺されたいか」
邪眼が凄むと、千里眼は妙な言葉を返した。
「猫が鳴く時、ちょうど地球の裏側に立っていた人間は必ず咳をする。本当だぜ…」
「それがどうした」
「そういう、誰も知り得ない、僕だけに見える法則がある…」
千里眼は枯葉を拾った。それにどんな意味があるのか法則を知らぬ者には判らない。
「相打ちの自信はあるぜ。来いよ、邪眼」
たかが望遠鏡、は陰気に笑った。
2008/06/16(月)

やぎの目

ぼくはやぎです。メイメイと鳴く、あのやぎ。昨日、人間にいやなことを言われました。
「他の生き物は神様がお創りになった。だけどお前たちヤギの仲間は悪魔が作ったんだぞ」
その証拠にぼくらの目は悪魔と同じ目なのだそうです。ぼくは泣いてしまいました。するとそこに、人間にツノと尻尾を付けたような変な生き物が現れたのです。生き物はぼくをだきしめて言いました。
「ごめんな、」
生き物は、ぼくと同じ目をしていました。
「でもこの世界にお前たちがいたら素敵だと思ったんだ」
そう言われてぼくはなぜだか、ぼくの目の模様は大切なもののような気がしたのでした。
2008/06/17(火)

リリカルな宇宙

その星には、長命な液状の生命体がいた。けれど絶滅寸前だった。最後の2匹になった時、
「君だけでも逃げな」
1匹が、カプセルにもう1匹を乗せて飛ばした。飛ばされたもう1匹は地球に辿り着いた。
そして30億年。地球には人間の文明が築かれた。飛ばされた1匹はまだ生きていて、現在はNASAで働く博士の体に寄生している。探査機からの受信画像を見て火星を調査するこの博士は「火星には今も水が存在する」と主張する。NASAが調査を諦めかけた時も、博士は強く訴えた。
「彼は、あ、違っ…水は、絶対にある!」
博士は時々夜中に泣くという。あいたい、とすすり泣くのだという。
2008/06/18(水)

虫だから

ある日彼は、プランターで育てていたキャベツの葉に、モンシロチョウの幼虫が1匹乗っているのを見つけ、思わず
「ようこそ」
と囁いた。するとアオムシはあたかも声を聞いているかのように彼を見つめた。彼は愛おしくなって、以降毎日プランターのアオムシに話しかけた。
「僕の名前は、いくろう、です」
「よい天気ですね」
やがてアオムシはサナギになった。
いくろうさん、
サナギになる直前、声なき声でアオムシは呟いた。サナギの中でアオムシの体はドロドロに溶けて蝶に作り変わる。一度溶けてしまったらアオムシの頃の事は忘れてしまうかもしれない。
いくろうさん、
サナギは、どうか、覚えていますように、と祈って眠りについた。
2008/06/19(木)

美しいこころ

彼女の心はとても美しいんだ、と嬉しげに内海は語る。内海には他人の心が見えるらしい。読める、のとは違う。ただビジュアルとして見えるだけだそうだ。
「紺色の山にショッキングピンクの谷がバッと走ってて、上の部分に黄色がシュッと入っててさ」
「こうか?」
俺はカンバスにガッシュを塗りたくる。
「そんな感じ!さすが吉永。美術部!」
俺は内海が羨ましい。内海は特別な人間だ。俺なんかと違って。俺は嫉妬と自己嫌悪に少し苦しくなった。内海はそんな俺を見て
「吉永、今日のお前はすげぇなぁ。黒の中に色んな黒が血管みたいになってて、ほんとに綺麗だ、見せたいぜ」
目を細めた。
2008/06/20(金)

名探偵の恋

結果的に探偵は幾多の殺人事件を解決した。行く先々で殺人事件が頻発するからだ。これは探偵だけの秘密だが、実はそれらの事件は全て、探偵を狙ったものだった。黒幕はヒトではない。死神。何を隠そう探偵には自分を狙う死神の姿が見えていて、死の鎌に斬られた者が24時間以内に必ず死ぬ事を知っていた。見える彼は鎌をかわせる。その結果、偶然斬られた周囲の者が死ぬ事になるのだ。
愛する者をそばに置けない彼はテレクラの、マユミという女に電話だけの恋をしていた。
「会おうよ探偵サン」
「そうだな…」
探偵は。1度だけマユミに会って、もう鎌をよけるのはやめよう、と思った。
2008/06/21(土)

硝子の白

人里離れた山に、アルビノの女が住んでいた。食物は果実と野菜。他の生活必需品は、偶に訪れる唯一の友人が持ってきてくれる。
アルビノは自分を含め、人間の心が怖かった。親に捨てられた彼女は、傷つくのも傷つけるのも嫌で、ただひっそり消えてしまいたいと願った。
「貴方は優しいけれど、世の中には、想像もつかないくらい悪い人もいるのでしょうね…」
アルビノの言葉に友人は頷いた。
「ああ」
「彼らは、苦しいでしょうね」
「どうかな。奴らは汚い。きっと心の逃げ道を用意している」
「逃げ道?」
首を傾げるアルビノから、友人は、何故か目を逸らし
「…狡猾なんだよ」
と呟いた。
2008/06/22(日)

夜の見張り

真夜中の散歩に出た僕は、星空を睨む小柄な男に出会った。
「流星ですか?」
と尋ねると、男は
「ちがう!穴を見張ってる」
真顔で答えた。
「穴?」
「そうだよ!」
男は星々を指差す。僕は苦笑い。
「夜の幕に空いた穴か。ロマンチックだな」
「どこがだ!気になって眠れない!」
空を仰げばオリオン座。3つ並んだ星が特徴的で僕にも判る。と、その時、目の前でその3つの内の1つが突然消えた。男の言葉を借りるなら、穴が、塞がったのだ。すると男は
「のぞくなっつうのーッ!」
叫んで石を放り投げた。何処からかイテッと声がして、穴がまた現れ
「よしっ」
男が笑った途端に夜が明けた。
2008/06/23(月)

宣戦布告

悪党がいた。彼は誰かの為に何かをする、という事を全くしなかったので、神々は天罰を与えることにした。
運の神は彼に1つも幸運をもたらさぬようにした。けれど彼は完璧な計画的犯罪を働き、運の助け無しに日銭を稼いだ。
愛の神は世界中の誰も彼を愛さなくしたが、もとより他人から愛されたいと思っていない彼は一向に平気だった。
災厄の神はあらゆる災難を彼にもたらした。彼は片足を失い盲目になったが死なず、逆にそれを利用して生きた。
ある日、その彼が神殿に足を運んだ。何を祈りやがるのかと神々は耳をすます。彼は祈った。
やれるもんならやってみろ。
2008/06/26(木)

クランクアップ

「あのクソ女の結婚をダメにしてくれ!」
「よかろう。だが望みを叶えたら魂をもらう」
若く、嫉妬と憎悪に狂った男と契約し、願いを叶えて魂を手に入れた悪魔がいた。余命が長くて醜い魂には高値がつく。悪魔は男の魂を地獄に持ち帰り、売ろうとした。が、バイヤーの生前鑑定により男の魂はタダ同然である事が判明。
実は男の余命はどのみち病であと半年。しかも離婚した妻に保険金が入るよう根回ししていた。また、もと妻は危うく結婚詐欺師に騙される所だったが、悪魔のせいで破局したため、幸せに暮らしているらしい。
更にバイヤーは告げた。
「コイツ俳優だよ。騙されたんだアンタ」
2008/06/27(金)

机中の空論

咲子は文具に名前をつけました。ホッチキスの名前はチャクちゃん。ハサミはイソキチ。糊はヤンマ君で鉛筆はヒロシ、ジロ坊、マチコさん…。名前が付いた皆はただの文具ではなくなりました。今日も机の中でお喋りします。
「僕、咲ちゃん大好き」
「私も」
「もし悪者が咲ちゃんを襲ったらみんなで助けようね」
ハサミや鉛筆は、悪者の手をチクチクしてやる、と。ホッチキスは耳をパッチン、のりは顔に体当たりする、と言います。皆はノート達を
「役にたたないから隠れててね」
と笑いました。でもノート達は密かに、重なって盾になろうと決めていました。咲子のノートが机の中できちんと重なっているのは、そのためなのです。
2008/06/28(土)

捨てたもの

あるマンションの一室からポイッと何かが投げ捨てられた。偶然通りすがった男は、何とはなしにそれを拾い上げ
「まじかよ!」
と驚いた。その何か、は誰かの思い出だったのである。どうやら恋人にフラれた時の辛い思い出らしく、眺めるだけで心が締め付けられた。
「捨てたん…だよな」
男は辺りを窺い、素早くそれを懐にしまう。いっそう激しさを増した悲しみに涙が止まらなくなったが、それでも男はその他人の思い出を強く抱え込んだ。
「おー…強…烈…でも何もないよりずっといいぜ」
男は記憶喪失。他人のだろうと何だろうと、やっと手に入った思い出を離す気は無かった。
2008/06/29(日)

意味なし工場

ロボット学者、井月から直ぐ来てくれと呼ばれ、俺は井月が買った島に駆けつけた。なぜか島はオートマチックの工場で埋め尽くされている。何これ?と尋ねると井月は
「工場を作る工場…機械の生命さ」
と答えた。この工場は、自分と同じ工場を自動で複製するロボットらしい。複製が複製を作り、その複製がまた…を繰り返して増えたのだ。しかもプログラムに稀に出るエラーのせいで、偶然少し速く動く型ができ、その型の工場が領土を広げていた。
「進化だ。やがては海に適応した型も…」
興奮する井月には悪いが俺は工場だらけの島を見て、うわ…生命すげー無意味…と改めて思っただけで。
2008/06/30(月)

遺伝子くん

「やめておこう」
と、今アタシをふった阿部くんは複数のグループからイジメにあっている。
「じゃ、せめて何か力になれない?」
彼は腕のギプスを撫でて答えた。
「ない。順調。今や校内の大概の陰湿な輩の標的は僕だ」
「辛くない?」
「全然。僕が標的になれば弟達は無傷だ。幸い弟達は僕を嫌ってるから飛び火も無い」
「弟思いだね」
すると彼は言った。
「全然。弟のDNAは1/2の確率で僕と一致する。2人の代わりに僕がリスクを引き受ければ弟達に分散している僕の遺伝子は全て守られる。だから僕が好きなら弟達と付き合えばいい」
アタシは阿部君のそういう所が好きなんだがなー…。
2008/07/01(火)

自覚するニワトリ

様々なギャング達が各地で町の支配権をめぐる抗争を繰り返していたが、何故かチキン・ビレッジには誰も手を出さなかった。
ある時あえてチキンビレッジを標的に選んだグループがあった。ギャング達が用心した割に町の人々は銃声1発に怯えて家に逃げ込む始末。腰が抜けて動けない若者だけが樽の影でガタガタ震えていた。申し訳程度に銃は構えていたが、まともに撃てそうにない。
「ギャハハ!腰抜けだ」
だが一瞬の後ギャング達は全員、腰抜けの彼に額を撃ち抜かれた。臆病を自覚するチキンビレッジの住人は、自分たちが有事の際、震えて腰砕けで銃を撃つ事になるのも予想済み、練習済みであった。
2008/07/03(木)

緑のこびと

ある家の庭に小さなUFOが降り立った。UFOからは緑色の人型の生物が、逆立ちをしながら降りてきた。彼は庭の植物たちに向かって
「初めまして」
恭しく挨拶をした。彼は人型ではあったけれども、植物に近い生き物であった。根っこから養分を摂取していた名残で、食物を摂取する口が下にある。一見逆立ちしているように見えるのはそのせいだった。
「初めまして。僕はチョチョリ星から来まして…」
自己紹介の途中でヒマワリの花に笑顔を向けた途端に彼は仰天し、
「え、ああああ!あなた…ちょっ…ヤダ恥ずかしい…喋りにくいんで履いてもらえますか」
花にパンツを履かせ始めた。
2008/07/04(金)

安堂くんのlove

アンドロイドの安堂くんは、よく訊かれる。
「君と人間との違いは何なんだい?」
安堂くんはいつも、冷酷な笑顔でこう答える。
「やはり、愛があるかどうか、という部分だと思います」
すると人間は大概、気の毒がるか満足げに頷く。だが彼らは勘違いしている。自らの遺伝子を残すとか、物質的或いは精神的に満ち足りたいという欲、そういう要素を一切抜いて、純粋に、ただシンプルに他者を愛する機能を持つのは、人間ではなく、安堂くんの方なのだ。36℃に保たれた掌で安堂くんは毎晩、手足のない箱型コンピューターに触れる。物言わぬ箱を、安堂くんは愛している。回路が焼け付くほど。
2008/07/05(土)

冴えすぎた勘

「変なんだ俺」
岡田刑事は、部下で後輩の僕に、ちょっと妙な愚痴をこぼした。
「アイツが出て来ると、俺ちっとも考えがまとまんねーの。見当はずれな事ばっか言ってさ、喋り方もいつもと違くなる」
岡田先輩の言うアイツとは、探偵・神山鏡一郎の事だ。確かに彼が関わると途端に先輩の勘は鈍る。言われてみれば喋り方も、意地悪な紳士口調に変わってる。
「まぁ、これは俺の妄想なんだけど…この世界は小説かなんかでさ、俺は主役の神山を引き立てる小道具なのかも」
なァーんてな。と笑う先輩の目は、冴えてる時の鋭さで。僕はなぜか先輩が明日死ぬような気がして、怖くなった。

2008/08/20(水)

噛ませのキング

一度秒殺KOを決めれば自信がついて強くなる選手もいれば、苦戦の末の辛勝が必要な奴も居る。
「お前の時は、確かKO、それもかかと落としで。っつう難しい注文だったねぇ」
彼はそう言って、包帯の隙間から覗く目で懐かしげに俺を見た。その瞬間、俺は、やはり彼が"キング"なのだと確信した。
整形手術を繰り返し、リングに上がる度に別人として登場する、負け専門の格闘家。プロの噛ませ犬、キングは都市伝説ではなかったのだ。
「あの、俺、あのかかと落としがキッカケで、ここまで…」
震える声で礼を告げようとした俺をキングは制した。
「ばか、スター選手が噛ませ犬に頭下げんなって」
2008/08/21(木)

部活の鬼

怪しい部長に押し切られ、似鳥は奇妙な部に入ってしまった。先輩達は毎日、中身のない来年度の計画ばかり立てていて、一向に部活らしい事をする気配が無い。
「…何部なんですかこの部は」
似鳥が尋ねると、部長は真顔で
「もともと何部だったのかは知らん。だが、何の部活をするにしてもだ…」
部室の奥のカーテンをめくった。
「全てはコイツを何とか笑わせ、部室から追い出してからの話だ」
カーテンの向こうには暗い顔をした巨大な鬼が体育座りをしていた。
「先達たちの悲願、我らの代でこそ成功させようぞ!期待してるぜ新人」
部長は似鳥の肩を叩き、来年の話をし始めた。
2008/08/23(土)

フォノリスト・ヴィオリナ

「僕は、機械は、心を持てないのでしょうか」
アンドロイド・フーガ2号にそう尋ねられた博士は、彼に巨大な木箱のような物を見せた。
「これは何です?博士」
「フォノリスト・ヴィオリナ。1900年頃に作られた、バイオリンの自動演奏楽器」
ゼンマイを回すと、箱に内蔵されたバイオリンが、カラクリ仕掛けで自動演奏を始めた。長い紙にパンチ穴で記録された曲を再生しているに過ぎないフォノリスト・ヴィオリナの演奏は、機械的ではあったがどこか、そう、音楽というものに必死で近づこうとしているような揺らぎを含んでいて。
「フーガ、安心おし」
博士はアンドロイドを抱きしめた。
「昔からちゃあんと、機械にも心はあるわ」
2008/08/28(木)

勇者拒否

「ベルル山に封印されし剣を抜き、邪神を倒せるのはこの世でお前だけ。お前は尊い使命のために生まれた選ばれし勇者なのだ」
そのような神のお告げを受けておきながら、彼は使命を果たさなかった。だが体力頭脳容姿性格どこにも特にいい部分がない彼の人生は、善行は裏目に出て、悪行は失敗する転落続き。とうとう彼は最低の生活すらできなくなり、河原に倒れた。死にゆく彼に神は尋ねる。
「なぜ棒に振った?お前の唯一の存在意義を」
彼は言った。
「唯一って言うな!少し運が悪かっただけで俺にだってなぁ…いくら何でも他に何にもねえなんて、そんなこと…」
2008/08/30(土)

怒りゲージ

相手の怒りが判る!?
怒りゲージ5800円!
通販で買ったというそれを手に、遊びに来た生田。早速俺の腹にセンサーを向け。
「何怒ってんだ?」
「は?」
俺は怒ってない。少し呆れているが。生田は今度はセンサーを俺の頭に向ける。
「アレ?頭は怒ってねーな」
どうせ欠陥商品だ、と言ってやると
「おかしい。堺、ちょっと上着脱いで」
生田は首を傾げ、俺の上着にセンサーを向けた。なぜかゲージMAX。
「超ウケる」
調子こいた生田は俺んちの様々な物で試した。タンス、机、絨毯…全てゲージMAX。何でだよ。
で、今。生田が帰った後、俺は唯一怒っていなかった座イスを眺めている。
やさしいな、お前。
2008/09/01(月)

いわしさま

「貴方は神を信じますか?」
駅前の噴水広場で黒い服を着た男にそう聞かれた清水は、信じてます、と答え、差し出されたパンフレットを断った。嘘ではない。清水は神を信じている。ただしそれは清水だけの神様だったけれども。
『だよね!清水には私がいるもんね!』
この頃ではうっすら形を成してきている、清水だけの神が、歩く清水の頭上から嬉しげな声をあげた。
「そうだね」
実験的に信心を持ち続けて20年。清水は、人が信じる事で神は生まれるのだと知った。
『清水、私、今日のお供え物カレーがいい』
信心を得て神となったイワシの頭は、スーパー寄ろうよ、とお告げをした。
2008/09/03(水)

マダム・ホワイト

マダム・ホワイトが死んだ。
このことはアラストール刑務所の囚人全員に、すぐ知れ渡った。デミトリは声をあげて泣き、マルコキアスは発作を起こした。俺も食事が喉を通らない。皆、そうだ。全てが薄汚れた此処でマダムだけが、唯一の美だった。
看守がマダムの亡骸を、気味の悪い物でも触るように運ぶのを見て、キレた俺は看守をブン殴った。懲罰房ゆきだ。
だがもうこの懲罰房にマダムが現れる事はない。格子の隙間から、ふわりと灯りに誘われてやって来た、天使。何もない懲罰房で、彼女の白い、美しい一挙一動に釘付けになった。
俺はそれまで、蛾があんなに美しい生き物だと気づきもしなかったんだ。
2008/09/05(金)

王、帰る

妃は知っていた。狩りにゆく、と馬を駆る時、王には別の目的がある。王は森の奥の沼にゆくのだ。夢遊病のように、幾度も、通うのをやめられない。
ある日、妃は一緒に沼に行きたい、と王に頼んだ。沼に着くと、妃は金の鞠をつき、
「懐かしいわ。昔こうして遊んだの」
鞠を沼に投げ入れた。
「…とってきてくださらない?」
王は悲しい顔で振り返った。
「いいのかい」
「いいの。貴方は優しいから、私や、家来たちのためにこの姿でいてくれたのね」
でももういいの、
「解放するわ」
とぷん
王は沼に飛び込んだ。妃と出会った時と同じ、蛙の姿になって、すい、と緑に消えた。
2008/09/07(日)

巨大なロボ

本州に巨大怪物が上陸した。軍も歯が立たない。パニックでヤケクソの政府は、奇人・有馬博士のもとに役人を派遣した。
「博士、貴方が巨大ロボを発明したというのは本当ですか」
「うん。使う?」
だが狭い研究所に巨大ロボなど置きようがない。あるのは大量の段ボール箱ばかり。やはりガセか、と役人が絶望した瞬間。段ボールから無数の黒いツブツブが飛び出し、開いた窓から上空へ霧のように拡散していった。
「ハーイ整列~」
博士の号令で黒い霧が、巨大な人影を成す。
「何ですコレ…」
「密度低くて霧状だけど、巨大ロボ」
黒く、透けた、巨大な、モヤモヤ漂う人影。
強そう、だった。悪霊みたいで。
2008/09/10(水)

楽園の終わり

真っ白な鳩や兎、美しい女たち、かつて楽園はそういうものに満ちていた。狩人達が来るまでは。
狩人たちは、この善良な楽園とは別の世界からやってきた。突然、空間に穴が開いたと思ったら、もう誰かが狩られている。グイと掴まれ、引っ張られるようにあちらの世界に連れて行かれてしまう。
善良なものたちは抗う術を知らない。狩られ続け、遂に白い鳩1羽を残して誰もいなくなってしまった。
その最後の鳩の頭上にも穴が現れた。手袋をした腕が、鳩を引きずり込む。
最後の鳩はシルクハットから取り出された。楽園はもうない。手品に、種も仕掛けも無かった時代は終わった。
2008/09/17(水)

なかよしアパート

「まだ、ひと部屋空いています。どうぞ」
雨の中、居場所も、帰る場所も無く、公園でただぼんやりしていた僕に声をかけてくれたのは、左足を引きずった男だった。
「…いいんですか?」
僕は戸惑った。だってこんな事、考えもしなかった。男はそれを見透かしたように頷いて
「大家さんが、そうやって使ってくれと遺言を残したんです。どうぞ、この辺りへ」
左足を指し示した。
以来、僕はその左足に宿っている。お隣の右足に住む三枝さんを始め、この死体に住む総勢8人は、皆、僕と同じように体を無くしてさまよっていた魂だ。狭いながらも楽しいアパート。大家さん、ありがとう。
2008/09/21(日)

鎌使いの神

淋しい野原で、堂間は遂に彼を見つけた。
「探したぞ十郎丸」
鎖鎌の達人、堂間は、噂に聞く謎の鎌使い十郎丸をもう50年も追っていた。彼を倒さねば最強にはなれぬ、と考えていたのだ。
「いざ勝負!」
鎖鎌を回転させ踏み込む。経験を積んだ堂間にはどんな鎌の動きも読む自信があった。が、それまで動かなかった十郎丸が鎌を一閃した瞬間、堂間は彼の巨大な鎌と、ギザギザの付いた腕の間に挟み込まれていた。
「え、挟むの…」
言い終わる前に堂間は頭からポリポリと十郎丸に食われてしまった。そこで漸く気づく。
あ、カマキリ…
鎌に捧げた一生のラストとしては悪くなかった。
2008/09/22(月)

彼らが味方する

神の手違いで、トミタカの人生には不運が偏り、幸運が存在しなかった。様々な事故災難、それに伴う失敗。偶然が全て悪く作用する彼には友人も寄りつかない。生まれて25年ずっとだ。いつかイイコトあるさと信じていたトミタカも、さすがに死にたくなった。すると黒猫が横切って囁いた。
「アンタはまだ、いける。いいか、私が横切ったら違う道を通れ。できる限りの不運は教えてやる」
階段の13段目も
「他の段で転びそうになったらオレに飛び乗れ、必ず助ける」
と約束し、切れた靴ひもは
「負けんなトミタカ」
と励ました。その晩、トミタカは少し泣いた。あと100年だって、生きられそうな気がした。
2008/09/23(火)

そういうわけで

銃を手に、裏切り者の家に踏み込んだマフィア達は、中の光景に凍りついた。水槽が1つあるだけの殺風景な部屋の中、標的の李は既に死んでいた。そして隣に、真っ黒な悪魔が佇んでいたのである。絶句するマフィア達に悪魔は言った。
「李の魂は俺が貰った。俺は李と契約をしたのだ」
「け、契約…?」
「魂と引き換えに願いを1つ叶える契約だ。普通は願いを叶えてから魂を抜くのだが、本人が逆を望んだんでな」
マフィア達は息を呑む。
「まさか李は、俺達を殺せ、と願いを…?」
だが悪魔は首を横に振り、
「俺もそう来ると思ったんだが」
ため息をついて、契約通り金魚に餌をやり始めた。
2008/09/27(土)

思球(前編)

思球、それは幽霊達の為のスポーツで、ボールのように思い出を打ち合うゲームだ。これに興じる霊は数多い。彷徨う者達はヒマなのである。
「ひと勝負しないか」
ボクサーの幽霊が私に声をかけてきた。
「いいですよ」
断る理由も無い。私は彼と思球をする事にした。
彼はヘビー級のボクサーと対戦した時の思い出を球にして打ってきた。鋭く熱いその球を、私はある看護婦の思い出で迎え撃つ。柔らかな、しかし芯の通った私の球を、彼は今度は恋人との甘い思い出で打ち返す。とろけそうな球を、私は死にゆく兵隊との思い出で巻き取り、細く切ない球筋で返した。
「やるね」
ボクサーが呟いた。
2008/09/29(月)

思球(後編)

「不思議だな。アンタの球はアンタ自身が登場しない思い出ばかりだ」
ちょうど私が、怪我をしたヤマネコを抱いた男の思い出を打ち出した時、ボクサーがそう言った。
「ええ。私は自分が誰だか、それだけが思い出せないのです」
私は正直に答えた。
「ふうん…」
彼は、少し考えた後、あ。と呟いて
「そう言えばアンタの球、いつも波の音がしてるぜ。船乗りかも」
初恋の女と船に乗った思い出を打ってきた。
「あ…!」
瞬間、私は、ごく自然に、私自身が登場する思い出を打ち返していた。側面に赤十字。病院船だ。初出航の思い出。
「おー」
ボクサーが眩しげに目を細めた。
「アンタ、船だったのか!」
2008/09/30(火)

恋の花

恋をしている間、春子の頭の上には極彩色の花が咲く。秋雪と付き合ってからもそれはずっと咲いていた。ところがある明け方、目覚めると花に元気がない。
嘘!秋雪への恋が冷めたって事!?
春子は慌てた。幸い秋雪はまだ寝ている。そっと布団を抜け出し、ダッシュで花屋へ。店主を叩き起こして栄養剤を投入。だが花は枯れゆくばかり。
「ダメじゃん!」
とスゴむと、店主は土下座。
「そういう不思議な花に効く栄養剤は希少でして…」
「ドコにあんのよ!」
「伝説の島で怪物が守っているとか…」
春子は舌打ちして秋雪にメールを打った。
ちょっとでかけるネ☆冷蔵庫のカレー食べてネ!
2008/10/03(金)

廃屋のナニカ

下校中、ミチロウはクラスメイトの広沢らに捕まり、近所の廃屋に閉じ込められた。絶対何か出る、と言われ誰も近づかない廃屋だ。今までも広沢から散々イジメを受けていたミチロウだが、怖がりの彼にはコレが最もこたえた。
「出してェエ!」
ミチロウは恐怖に泣き叫ぶ。真っ暗な床に巨大な死体があるような気がして、それが今にも起き上がるような気がして、怖い!
その時、ミチロウの耳元で何かが囁いた。
「素晴らしい…この廃屋に俺がいるのは誰もが本能的に気づいていたはずだ。だが俺に形を与えてくれたのはお前だけ。我が父、と呼ばせてくれ」
巨大な死体はミチロウの手のひらに恭しくキスをした。
2008/10/06(月)

やすらぎH2O

「俺、昔、川で不思議な生き物に会ってさ、河童っつうの?」
なぜそんな風に笑えるんだと尋ねた僕に、彼が、水を一口飲んでから語った話だ。
「そいつ言ったんだ。オマエの運命はずいぶんヒドい物だが、河童にはその運命を変えるほどの力は無い。だからせめて、オマエの飲む全ての水に魔法をかけてやる、って。それ以来俺、幸せな気分になれるんだ、水飲むだけで」
黴臭い地下牢の中でどんなに拷問を受けても彼は明るかった。あの話は、彼を救う事も、水以外の食糧をコッソリ運んでやる事もできなかった僕への気遣いだったかも知れない。けれど彼の死に顔が安らかだったのは、事実だ。
2008/10/08(水)

ラブアンドカース

愛してる?と彼女はよく訊いてきた。勿論だ。でも俺はそれを口に出せなかった。代わりに最大限態度で表してたらそのうち訊かれなくなった。幸せの続いたある年、彼女が言った。
「怨念が消えちゃったからかなァ、私、成仏しそう」
彼女の体は透けていて、俺は漸く気づく。昔、心霊スポットを荒らした俺に呪いをかけた幽霊…!彼女はあの幽霊と同じ顔だ!
あの夜俺は"ある言葉"を言うと死ぬ呪いをかけられた。
「てことはお前、最初、俺にアレを言わせようと…」
言いかけて、やめた。言うべき事は別にある。
「ま、いいや。"愛してる"」
俺は彼女にあの言葉を告げ、一緒に昇天した。
2008/10/09(木)

屋上ファイター

剣呑な気を漲らせ、竹村は今日も屋上にいた。僕の姿に気づくと彼は舌打ちしたが、すぐに身構えた。
「…来る!」
そして
「死ね!死んじまえ役立たず!落ちろ!飛び降りろ」
さっきまでの彼とは別人のような声が叫ぶ。やってきたのだ、彼の中の、死への衝動が。彼の足をフェンスに向かわせる。
ああ落ちる!
だが竹村はギリギリの所でフェンスにしがみつく。
「死ぬかよっ!」
一瞬、竹村は竹村の声で叫び返した。だがすぐにまた奴の攻撃。
「死ね死ね!」
竹村の指がフェンスから剥がれた。
「竹村っ」
慌てて駆け寄ると
「勝った…157勝目…」
下の庇にぶら下がった竹村がニタリと笑った。
2008/10/10(金)

大丈夫

ちょっとした人生の狂いから、男は虫にされる事になった。虫になって全ての人間らしさを忘れてしまうことをひどく怖がる男に、彼を虫にする張本人、悪魔だか何だかわからない"それ"は、静かな声で言った。
「大丈夫、泣かないで」
男の意識が溶けた。人を愛する気持ち、激しく怒る気持ち、笑う喜び、生きる悲しみ、死の恐怖、全てがなくなってゆく。
「いやだ!!」
「大丈夫、」
抗う男を"それ"は優しく抱きしめた。すると彼の中に咲き始めた。虫の愛が、虫の怒りが、虫の喜びが、虫の悲しみが。ただし死の恐怖は無かった。代わりに男は、世界はなんて美しいんだろう、と思った。
2008/10/11(土)

ため

ローテンションで無気力、趣味は窓から輪ゴムを飛ばす事だけで、進路指導の翌日にも
「したい事、とか、希望がないわけじゃないんだけど、飛ぶ情熱がわかない」
死んだ魚の目でそう言ってたヒビキくんが、高校入学後、皆に好かれるクラスの中心的存在になるとは思わなかった。明るく快活、まるで別人だ。
「飛ぶ情熱がわいたんだ?」
私が訊くと彼は一瞬、魚の目をして
「輪ゴム飛ばすにはまず反対側に引っ張んないと」
と言った。3年の夏、ヒビキくんは突然学校に来なくなった。引っ張ったゴムを離したんだろう。5年後、彼は独り自作のロケットで大気圏外に飛び、そのまま行方知れずになった。
2008/10/14(火)

動かなくなった佐倉さんが箱に入れられた。黒い服の人々が、佐倉さんの箱に花を投げ入れている。僕は物陰からその様子を見ていた。
佐倉さんは僕が生まれた時からそばにいてくれた。佐倉さんはいつも、僕が誰だか教えてくれた。だから僕だってあなたにちゃんとさよならがしたいんだ。
僕が棺に近づくと、誰かが悲鳴をあげた。僕は悲鳴が苦手だ。でも佐倉さんの言葉を思い出して堪えた。
「ローチ、あなたは人間よ。私の友達」
「罪作りな事をしたものですね、佐倉博士…」
葬儀場のスタッフに始末される前に、助手は棺にたかった1匹の天才ゴキブリを素早くシャーレに移した。
2008/10/15(水)

死のキッスの話

映画だったか小説だったか、以前デス・キッス、死のキスなるものを目にした事がある。猛毒の口紅を塗った女が、接吻の相手を殺害するというものだ。
しかし私は、先日の散歩中に、真のデス・キッスを目撃してしまった。
川岸に、少なくとも4斤以上ある長い食パン(切り分けていない)が放置され、そこに数十匹の鯉が半ば体を陸に乗り上げるようにして群がり、猛烈な勢いで歯のない口を吸いつかせてそのパンをむしっている、という光景を見てしまったのである。
チュバ!チュバチュバッ!という激しい音。まさにデス・キッスだ!と興奮する私の後ろで、近所の外国人が、アメイジング、と呟いた。アイ、シンク、ソゥ。
2008/10/16(木)

面会人

月に1度、彼は面会にやって来る。
「やあ、元気そうだね」
透明な板を挟み、僕は彼に挨拶。
「うるせえ!何が元気そうだね、だっ!なめてんのか!テメェの模倣犯みてぇな奴ら掃除すんのにどんだけ苦労してると思ってんだよクソッタレ!」
被害者でもある彼は僕を憎んでいる。僕に憎悪を突き立てにやって来る。
「胸糞悪ィんだゴミ野郎!この壁無かったら歯ァ全部折れるまで殴ってやるところだ、聞いてんのかコラ!」
彼は毎月やって来る。僕に面会に来る者は彼ただ1人だ。
「…聞いてるよ」
僕は彼の誠実な憎悪を、聴く。それは永遠に友情にはなり得ない、けれど限りなく友情に近い、声。

※注:このお話は確かワイルドヘヴンの番外編的なものだったと思います。

2008/10/17(金)

笑って欲しいんだ

設楽高成は1千万円と引き換えに科学者のモルモットになった。週1度のペースで、身体の様々な部分が少しずつ機械パーツに差し替えられていく。カネのためと割り切っていた高成だが、最終的には全部機械になる、と知った日、彼は科学者に頼んだ。
「なあ先生、少しぐらい生身残せねえのか?」
科学者は言った。
「脳と心臓以外なら、1つ選ばせてやろう」
高成は選んだ。
「じゃあ俺、腎臓がいい」
「ふうん…なぜだね?」
「アンタには教えねぇ」
翌年。設楽高成の弟、幸也のもとに、行方不明の兄から小切手と手紙が届いた。
これ、お前の手術費用に使ってね。兄あらため、腎臓人間タカナリーより。
2008/12/15(月)

クレバーヘッド

クレバーヘッドには、破格の賞金がかけられていた。頭蓋骨と背骨しか無い体の、非力なゾンビに、1億。何故か?アイツが普通のゾンビじゃない、天才だったからさ。
普通、ゾンビってのはバカでウスノロだ。でもクレバーヘッドは違う。軍師なんだ。指揮しやがんだ他のゾンビを。
何人もヤツの作戦の餌食になった。俺たちハンターは血眼になり、ついにヤツと配下のウスノロどもの隠れ家を突き止め、踏み込んだ。すると襲ってきたんだ、意外な事に、ヤツ本体が。頭と背骨しかねぇクセに。勿論1発で粉々だ。
普通のゾンビと違うアイツは、きっと"感情"も持っていたんだな。自分が囮になって他のウスノロどもを逃がすなんてよ。
2008/12/16(火)

黄昏の涙

30年、質素な質素な暮らしを続けて貯めた貯金を全額使って、1粒のダイヤモンドを購入した男がいた。独特な色に因み、黄昏の涙、と銘打たれた名石。それを手に入れるのがずっと彼の夢だった。
だが間もなくして彼の勤める会社が倒産した。彼は路頭に迷ったが、誰も同情しなかった。ダイヤを売れば済むのにそうしない彼を、人々はバカだと蔑んだ。やがてダイヤの噂を知った強盗団に追われて彼は山に逃げ込む羽目になった。
冬の山中、遂に倒れる彼。すると懐から不思議な声がした。
「あのね、」
それが、
「お前ほど私を愛した人間はいなかったよ」
彼の人生最後の記憶となった。
2008/12/17(水)

超戦隊ジェンガマン

「悪の組織を倒す戦隊ヒーローにならないか」
自称"博士"に誘われ、吉永は息を呑む。
「悪って…"奴ら"のことかよ!」
かつて吉永は必死に訴えた。
「見張られてて眠れねーんだって!奴ら、ラジオから命令してきやがるし…何とかしてくれよ…俺、苦しいんだよ…」
あの時は何故か白い服の人々によって白い部屋に閉じこめられた。けれど、今こそ、
「一緒に戦ってくれ。君みたいな悪を憎む男が必要なんだ」
時が来たんだ!
「やるよ!」
これが自分の運命だと吉永は確信していた。
「今から君はジェンガレッドだ!仲間を紹介しよう、まずは自殺願望から戦隊に志願したジェンガブルー…」
2008/12/19(金)

うみのさよなら

引っ越してゆく友達の乗る車が見えなくなってもずっと手を振っていたりすること、あるでしょう?
しずるさんはそう言って海を眺めた。
「ある、のかな。多分」
曖昧な僕の返事にしずるさんは片眉を吊り上げる。
「あります。そんな事も知らないのですか」
「ごめん」
「とにかく、」
しずるさんはおかっぱを撫でつけた。
「とにかく、それです」
「だって僕らの祖先が陸に上がったのはもう何億年も前だよ」
「じゃあ何ですか、海が何の意味もなくこんなふうに揺れているとでも言うのですか?」
小さなしずるさんは僕を睨んだ。
「しずるはお父さんを見損ないました」
2008/12/20(土)

グロテスクなほど豪奢な料理が並ぶテーブルに、僕を含め大勢の人々が着席している。
「今年もこのような席をもうける事ができて嬉しく思っております」
獣のような男がそう言ってニタリと笑った。僕の意識は妙に混濁し、思考が断片化、考えがまとまらない。
これ何の会だったっけ?
「乾杯」
獣男はそう叫んでばっくり口を開けると僕の頭を飲み込んだ。ズルズルと音をたてて僕の脳から様々な記憶が引きずり出され、獣男の喉に吸い込まれてゆく。
あ、忘年会、でしたか。
残ったのは記憶とも言えない、去年だいたいこんなだったよな、という淋しい絞りカスのようなものだけだった。
2008/12/22(月)

雪空

赤三日月はコスモスの頂上で、飛ぶ訳でもなく風に揺られていたりするような変わった奴だったから、暖かな天井の角で冬越しをする皆の輪から、そっと離れて歩き出したのを見ても俺は驚かなかった。
「何処へ行く」
尋ねると彼は答えた。
「外へ」
この寒空、外を飛ぶ事は俺達にとって死を意味する。だが赤三日月は囁いた。
「雪が、降る」
ああ、やはり、と俺は思う。知っている。冬越しの最中に雪に呼ばれる奴が、稀に居るのだという事は。
「赤三日月、」
俺は仲間内で唯一、雪空を飛ぶ機会に恵まれたラッキーなテントウムシの背中に、最後の挨拶を告げた。
「雪に、よろしく」
2008/12/24(水)

彼と蘭

彼とその蘭はもう十数年の付き合いだ。出る新芽を丹念に世話していたから、蘭は毎年生まれ変わり、花を咲かせた。
遂にコイツともお別れか、と、彼は思う。風邪ではない、と気付いた時には遅かった。体が全く動かない。
「悪ィな、俺、死ぬよ多分」
彼は蘭に語りかけた。すると蘭は、へご板から自分で根を引き剥がした。驚く彼に任せろ、と、葉を立て、蘭は細い根で駆けていった。
「まさか医者呼んでくれんの?」
やがて戻って来た蘭は、彼のベッドに、ブスリと花の栄養剤を突き刺した。
「あー…そうきたか」
笑って動かなくなった彼から、蘭は新芽が出るのをいつまでも待っていた。
2008/12/26(金)

ねずみの担当

新しいバイト先、根津法律事務所の主な仕事はギャングの揉め事仲裁。睨みのききそうな強面、だったのは秘書の縞さんで、所長は怯えたネズミみたいな奴だった。頭脳担当なんだなと思ったが、ネズミは頭も悪いようで。え?じゃコイツ居る意味あんの?
「し、視線が冷たいよバイトくん…」
ある日、所長室に覆面の男が3人殴り込んできた。すると縞さんは、なんとオレを連れて素早く脱出。覆面達と所長を残し、扉を閉めてしまった。所長の悲鳴が聞こえたが、縞さんは全く心配していない様子。
「猫を噛むのは"窮鼠"の仕事だろ。俺はブレーンだから」
やがて所長が泣きながら出てきた。無傷だった。
2008/12/27(土)

子犬

PCで写真を整理する僕の膝の上、プードルが言った。
「何だよこれは」
「写真」
マウスを動かしながら適当な返事をすると、プードルは僕の膝を前足で叩いた。
「そんなコト訊いてねえよ!佐渡、お前、何だよこの、子犬の写真っ!」
あ、目やに。取ってやろうとしたら、プードルはスルリと体をかわした。
「まさか、新しく、飼う、のか、子犬…」
巻毛の隙間から、目やにのついた目で僕を見る。
「どこがいいんだあんなブサイク!俺がいるのに、…俺、佐渡、俺…っ」
プルプルしてきた。少し可哀相になったので、耳を撫でて、言ってやる。
「飼わないから」
だってアレお前が子犬の時の写真じゃないか。
2008/12/29(月)

ものごころ

楓ちゃん、将来の夢はなにかな?
「…もの」
楓はほとんど喋らない。笑いもせず怒りもしない。幼稚園でいじめられても、されるがまま。涙も流さず、まるで"物"のように黙っている。娘には感情が無いのでは、と、両親は悩んだ。
ある夜、楓が泣いた。大声で。何事かと母親が部屋を覗くと、蛍光灯が切れたのか、中は真っ暗。
「怖かったね、もう大丈夫よ」
母親は楓を抱きしめ、僅かにホッとした。娘も普通の子と同じく暗闇を怖がるのだ、と。
けれど楓は暗闇など怖くなかった。ずっと見守ってくれていた"彼"が死んでしまった事が悲しくて泣いていたのだ。
「バイバイ蛍光灯さん…」
2008/12/31(水)

年賀状ドロボー

元旦。年賀状を取りに出ると、覆面の男がうちのポストを漁っていた。
「あっ」
急いで取り押さえると、男は
「違う、これホラ、間違いハガキだから、回収、回収なの!」
と弁解。あれ、この声。
「お前」
「わ~イタタ」
無理やりはがしてやった覆面の下の顔は、昨年12月30日に葬儀を済ませた筈の小山田で。
「だってさ、オレ死んだの、年賀状投函した後だから、喪中なのに届いちゃうじゃん?」
相変わらず変なとこ神経質だな、と思いつつ、俺は小山田からハガキを取り戻す。
「返せよ。形見にちょうどいい」
「え~マジで?間違いだし、恥ずいよ」
小山田は笑って、だんだん透明になっていった。
何回かにわたってごっそり抜けている分は、「吸血ヤクザ」や「ガロッツのブルース」「しびとつかい」などを書いていた時期のようです。
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